バタフライの高品質を支えるラケット製造の進化
この間にバタフライのラケット製造も大きな進化を遂げる。
「私は『5グラムの壁』と呼んでいましたが、『ビスカリア』発売当時の技術ではラケットの重量管理が難しく、国内で需要の多い軽めのラケットを安定して供給することができませんでした。というのも、木は生き物なので、ロットによって重量も木目も、時には色などの見た目も一定ではないからです。
そこで、ラケットの材料の一部である木材を重量によって選別することで、最終的な製品の重量をコントロールするという方法を取り入れました。また、材料業者さんとも深く連携して、仕入れの段階から材料の重量を絞り込むようにして、最終的に狙い通りの重量にコントロールできるようになったのです」と岩瀬は振り返る。
もう1つ、特筆すべき変化として触れておかなければならないのが「機械測定」だ。機械測定の指標が限られていた時代から、大きな変化を実感している研究開発チームの早瀬満はこう語る。
「バタフライではトップ選手であるアドバイザリースタッフに試作品を試打してもらい、その評価をラケットづくりにフィードバックしています。以前は、選手の感覚的な表現を、その選手のプレースタイルなどを参考に、ある程度こちらで想像して理解するしかありませんでした。複数の選手に試打してもらった場合、全員の評価が一致すれば問題ありませんが、その評価が異なるどころか、真逆になるようなこともしばしばありました。
例えば、ボル選手は『ラケットAがラケットBよりも弾む』と評価して、水谷選手は『ラケットAはラケットBよりも弾まない』と評価するような場合です。そうした場合、私たちは『ボル選手にとっての弾みとはこういうことで、水谷選手にとっての弾みとはこういうことを意味するのだろう』と推測するしかありませんでした。
しかし、機械測定がより精密にできるようになってからは、客観的な評価、つまり、共通のモノサシができたわけです。そのモノサシを基準に、『この選手のこういう評価は、このような意味を持つ』と判断できるようになりました。
このように選手の感覚的な表現を数値化しやすくなったことで、『このような性能ラケットをつくりたい』と思ったときに狙った性能通りのラケットをつくることができるようになってきたのです」
こうした改善の積み重ねで、『アリレート カーボン』を搭載したラケットは、世界中でますます受け入れられていった。
早瀬満 株式会社タマス 研究開発チーム
「ときには、選手の要望に応えられるようなラケットがなかなかできないこともあります。でも、時間がかかっても納得して使ってもらえるものができたときは、本当にうれしいですね」と早瀬。自身もなかなかの腕前ながら、選手の細かい感覚的な要望に的確に応えることは簡単ではないという。「自分がつくったラケットを渡した選手とは一緒に戦っているような感覚ですね。だから、勝ってくれたときは選手と同じくらいうれしいです」
プラボール時代に見直される『アリレート カーボン』の性能
もう1つ、『アリレート カーボン』が、今、再評価されている理由がある。それはプラスチックボールに対する適性だ。研究開発チームの上條正樹はこう分析する。
「プラスチックボール導入後、弾みを抑えた用具を好む選手が増えてきているのは事実です。選手ごとのプレースタイルの変化もあると思いますが、前陣で速いプレーをする方が勝ちやすくなってきている。長らく『ZLカーボン』を使ってきた水谷選手が、『アリレート カーボン』に変更したのもそうした流れの一環かもしれません。
また回転をかけやすいラケットの方が、『テナジー』シリーズの高い回転性能を引き出しやすいということも言えるでしょう。『テナジー』シリーズとの親和性の高さも『アリレート カーボン』ラケットの特長の1つです」
さらに、自身もトップ選手の試打の相手を務める早瀬はこうつけ加える。
「ここからはデータに基づいたものではなく私の個人的な意見ですが、ボールの素材が変わり、少しサイズも大きくなったことで(注:40ミリボールといってもすべて厳密に40.00mmに製造することは現実的に困難なため、大きさの許容範囲が設定されている。セルロイドボールの大きさの下限は39.60mmだったのに対し、プラスチックボールの下限は40.00mm。下限が引き上げられたことで、若干大きくなったといえる)、競技から回転の要素が少し減ったと感じます。試打でたまにセルロイドボールを打つことがありますが、プラスチックボールに慣れた今は、セルロイドは回転がかけやすい、また、相手の回転の影響を受けやすいと実感します。例えば、相手のドライブをブロックするときなどに、プラスチックボールの感覚でボールを受けると、ボールが上の方に飛んで行ってしまうのです。もちろん、カウンターはブロックよりもさらに難しい。
言い換えると、セルロイドボールに比べてプラスチックボールの場合は、ブロックもカウンターもやりやすい。台上プレーや前陣でカウンターが決まればそれでどんどん先手が取れる。まさに張本選手のようなプレーですね。
そうした傾向を踏まえて、前陣で回転がかけやすく、コントロールもしやすい『アリレート カーボン』を搭載した『ティモボル ALC』や『張継科 ALC』のようなオーソドックスなタイプのラケットが、今また注目されているのかもしれません。女子やジュニアの選手にインナーファイバー®仕様ラケットのユーザーが増えているのも同様の理由からだと思います」
プラスチックボールが導入されてから満足できる用具に出合っていないという選手は、『アリレート カーボン』搭載ラケットを試してみない手はないだろう。
上條正樹 株式会社タマス 研究開発チーム
卓球未経験でタマスに入社した上條は、トップ選手の用具に対する要望の細かさに驚いたという。「機械でも測定できないような繊細な感覚をラケットづくりに反映しなければならないこの仕事は本当に難しいと思います。でも、今はそこにやりがいを感じています」。2016年発売の、『インナーフォース レイヤー ALC.S』は上條も開発に携わった自信作だ
『アリレート カーボン』の向こうにバタフライが目指すもの
もちろん、『アリレート カーボン』がバタフライの目指すゴールではない。バタフライのラケットづくりのこれからを岩瀬はこう語る。
「新製品も市場に出た瞬間に過去のものになるので、私たちは常に新たな目標を持って前進し続けたいと思っています。
これまでバタフライでは、ラバーはラバー、ラケットはラケット、とおのおのが最高のものをつくろうと開発に取り組んできました。それはそれで成果を出してきましたが、今後は、ラバーがラケットの、ラケットがラバーの性能をより引き出せるような商品を開発できたらと考えています。皆さんの期待を超えるような用具をお届けできるように頑張っていますので、楽しみにしていてください」
次なるイノベーションは必ず近い将来やってくるだろう。その革新性を十分に味わうためにも、世紀をまたぐ定番商品となった『アリレート カーボン』搭載のラケットを試してみるのは「今」なのかもしれない。