「僕に会いませんか?」
水谷隼選手(木下グループ)がTwitterで投げかけた、この一言からすべては始まった。
アスリートとして、卓球選手として、自分に何かできることはないかーその想いからこの企画は動き出した。水谷選手の「XX県XX市に会いに来てくださいとコメントください。1番いいねが多かった地域に年内中に足を運びます。希望の地域の投稿がすでにある場合はそこにいいねしてね」という投稿に対して、「私たちの町へ来てほしい!」という返信が殺到した。その中でも、過日の台風19号による豪雨被害が甚大だった"栃木県栃木市"に一番多くの票が集まり、12月1日に「栃木市災害復興応援イベント」が実現することになった。
【栃木卓球センターを訪問】
初めに水谷選手が訪れたのは、栃木市平柳町にある「栃木卓球センター」。当初は今回のイベント会場に予定されていたが、参加者が多数になることが見込まれたことから、会場はより収容人数の多い大平体育館に変更になっていた。
しかし、水谷選手は「少しでもいいので訪問したい」と、当日の朝に栃木卓球センターを訪問。栃木卓球センターでは、全国で活躍している「卓桜会」の小中学生らが、朝早くから水谷選手のことを首を長くして待っていた。
水谷選手は子どもたちに練習の重要性を説くと同時に、「卓球を楽しむ気持ちも忘れないように」という温かい言葉を残して、次の訪問先へと向かった。
【イオン栃木店でトークショー&握手会】
「少しでも力になれたらと思って来させていただきました」
イオン栃木店でのトークショー&握手会に訪れた水谷選手が、開口一番発したその言葉に、約500人の観客は盛大な拍手で歓迎した。
さらに水谷選手は「妻が栃木県の人で、相手方のご両親には宇都宮の餃子屋さんで結婚報告をしました」という栃木にまつわるエピソードを明かして、会場を大いに和ませた。
「今日集まっていただいた皆さんにプレゼントがあります!」
水谷選手が発表すると観客は大興奮。来場者全員に、非売品のオリジナルタオルがプレゼントされた。
「初めはボールがいいかなと思ったんですけど、ここには卓球をやっていない方もいらっしゃいますし、復興応援ということで、タオルは何枚あってもいいと思いました。これを見て、今日のことを思い出してもらえたらうれしいです」
「今回の豪雨によって大変な思いをされて、まだ復興も完全ではない中で、自分がここに来て、微力ながらいろいろと呼びかけることによって、市町村の復興が一日も早く進むことを願っています」と水谷選手。トークショーはわずか10分足らずだったが、来場者は水谷選手を間近で見ることができ、とても興奮していた様子だった。また、トークショーの後には握手会が開催された。
【大平体育館で卓球イベント】
イオン栃木店を後にした水谷選手は、約700人が待つ大平体育館へと向かった。台風19号の報道では栃木県佐野市の豪雨被害が多く取り上げられたが、栃木市の被害も甚大だった。特に大平体育館近辺は浸水被害が大きく、近隣店舗は営業ができなくなるほどだった。
大平体育館でのイベントは、栃木市スポーツ振興課の石川多映子さんによる開会宣言でスタート。続いて、大川秀子市長があいさつした。
「今日は栃木市を励ますために、水谷隼選手がおいでくださいました。多くのファンの皆さまや卓球に関心のある皆さまのおかげです。ありがとうございます。栃木市には台風19号の被害にあわれた方、また、親戚や友人が被害にあわれた方が多くいらっしゃいます。(台風19号)発生から50日になりますが、その間、たくさんの人に助けられて、やっと、ここまでまいりました。でも、まだまだです。これからも一丸となって復興に努めていきたいと思います」
イベント内容は「技術紹介」「質問タイム」「ふれあいタイム」という3本立て。技術紹介では、水谷選手が技術を披露したほか、地元卓球選手と水谷選手がボールを打ち合った。水谷選手を前にした地元選手たちは緊張を隠せない様子だったが、水谷選手とのラリーはとても貴重な体験となったに違いない。
質問タイムでは、多くの質問の手が挙がり、水谷選手が丁寧に回答した。水谷選手がどれほど真摯に回答していたかは、こんなやりとりからもお分かりいただけるかと思う。
質問「1点がほしい時に取れない、そんな時はどうすればいいですか」
水谷「やっぱり経験することが大事です。負けないと分かりません。1点が取れずに負けた悔しさを味わうと、必ず、また同じ場面に出くわします。その時に、前にやってダメだった反省を生かして、克服していくしかありません」
ふれあいタイムでは、参加者と水谷選手がラリーをする時間が設けられた。卓球経験の有無を問わず、水谷選手とラリーをしたい人全員が、2~3球のラリーを行った。オリンピックメダリストと卓球ができるということで、たくさんの人が行列をなした。卓球未経験の子どもたちも多く参加し、そうした子たちには水谷選手が後ろに立ち、手を持ってあげるシーンも見られた。このイベントをきっかけに、卓球を楽しんでくれる人が一人でも増えてくれることが水谷選手の願いだ。
また、お楽しみ抽選会も行われ、水谷選手からプレゼントが贈られた。
「本当に素晴らしい時間を皆さんと過ごすことができました。ありがとうございました。来年は、いよいよ東京オリンピックがあります。前回のリオオリンピックではシングルスで銅メダル、団体では銀メダルを獲得することができました。今度の東京オリンピックでは金メダルを獲って、また皆さんにいい報告ができるように頑張りたいと思います」
水谷選手は、感謝の言葉と決意とを述べ、イベントを締めくくった。
今回のイベントにあたって、水谷選手には不安があったという。
「卓球を見せることで、はたして皆さんに喜んでもらえるのか」
だが、水谷選手は不安の中にとどまることなく、実施に踏み切った。
「皆さんの力になるために、自分がそこに行って何かをする。そのことに意味があるのではないかと思ったんです」
復興応援として、どれだけ気持ちが寄り添えるか。これが水谷隼が出した答えだ。
(取材=小松賢)