史上稀に見る激戦になった男子シングルス決勝・宇田幸矢(JOCエリートアカデミー/大原学園)対張本智和(木下グループ)の攻防を、水谷隼(木下グループ)が圧倒的な分析力と説得力で読み解くスペシャル企画。
第6ゲームは張本が奪って勝敗は最終の第7ゲームへ委ねられたが、結果はご存じの通り、宇田が張本を9本で振り切って初優勝を果たす。二人の明暗を分けたポイントはどこにあったのか。
水谷が、最終ゲームに交わされていた両雄の攻防の真実に、深く鋭く迫る。
果敢に回り込んだ宇田が張本を振り切り、初優勝を果たす
宇田 0-1 張本 宇田がツッツキからのカウンターをミス。張本が得点
宇田 0-2 張本 宇田がストップからのバックハンドドライブをミス。張本が得点
出足の2本、張本はそれほどリスクを負わずに点数を取り、いいスタートを切りました。
宇田としてはチャンスボールを2本ミスしたので、序盤の流れは完全に張本です。
宇田 0-3 張本 宇田が回り込み3球目攻撃からの連打をミスし、張本が得点。宇田がタイムアウト
ここで宇田がタイムアウトを取りました。宇田は、張本にチキータされた時に点数が全く取れていないので、バック側へロングサービスか全面にハーフロングサービスなど、張本にチキータをされないようなサービスの配球を考えていると思います。
仮に僕が宇田のベンチだったら、サービスの組み立てを「フォア側に少し長めに出す」か「バック側にロングサービス」、あるいは「バック前」の3つに絞るようアドバイスします。
一方、張本のベンチだったら、レシーブはチキータできるならチキータ、できなければフォア前にストップ。サービスを持った時は、フォア前に縦回転系サービスを中心に出す。そうすると、宇田はフォア前にストップかバック側に長く(ツッツキ)しかレシーブしてこないので、バック側に長いレシーブが来たらストレート(左利きの宇田のバック側)にドライブ、フォア前にストップが来たらフリック(払い)かチキータでいくようアドバイスします。
宇田がタイムアウトを取るタイミングとしては、この場面まで来たら少し遅かったと思いますが、救いは「サービスがある」ことです。タイムアウト明けでレシーブだったら、タイムアウトで考えたことができるかどうか分からないのであまり意味がありません。
宇田はタイムアウト明けにサービスから始められるので、自分がやりたいことを1本目からできます。
張本が読み合いを制してフリックを決め、宇田を引き離す
宇田 0-4 張本 張本がフリックレシーブからのラリーで得点
張本は、宇田がフォア前に出してくる低いトスからのアップ系(横または上回転)のサービスに対し、初めてフリックレシーブが成功しました。宇田のこのサービスに対し、張本はこれまでチキータではなく、全てフォアハンドでレシーブしてミスしていたので、宇田からするとベストなサービス選択でしたが、張本がきっちり修正しました。
宇田はタイムアウトを経て点数が取れず、0-4とされてかなりきつい。仮に、次のポイントを奪われて0-5になったら、ほぼ勝負ありという局面です。
この試合の各ゲームの序盤から中盤にかけては、ほとんどがこのように張本リードで進みます。試合自体にそういう流れがありました。
最終ゲームも、6ゲーム目と同じで、今のところ宇田にチャンスがありません。張本はサービス・レシーブがうまく修正できていて、流れが来ています。これが本来の展開であり、実力差だと思います。
宇田がチキータからの展開で反撃の狼煙
宇田 1-4 張本 宇田がフォア前に来たサービスをチキータして得点
宇田 2-4 張本 宇田がチキータからの連続攻撃で得点
この2本は宇田がチキータから連続得点しました。この状況(優勝がかかる最終ゲーム)では攻めた方が間違いなく有利です。宇田は、出足で凡ミスが続きましたが、ミスせずチキータをしっかり入れました。
特に、宇田からすると1-4からの1点はことのほか大きい。ここで失点して1-5になるのと2-4とでは天と地ほどの差があります。
一方、張本としては、これまで宇田のチキータをブロックして得点しているので、ストレートへブロックしたかった。特に、張本は0-4でチキータをバックハンドでカウンターしようとしてミスしているので、なおさらブロックで点数を取りたかったところです。
張本に追いすがる、宇田の鮮やかな連続回り込みカウンター
宇田 3-4 張本 宇田がチキータを回り込んで3球目カウンターして得点
宇田 4-4 張本 宇田がフォアハンドドライブを回り込んで3球目カウンターして得点
宇田は、久しぶりに張本のチキータに対して回り込みました。序盤に1回あったくらいで、チキータに対しては回っていませんでしたが、よく回り込みました。
3-4にしてからも、宇田のスーパープレーです。張本は2本ともいいレシーブをしましたが、宇田が上回りました。張本は、あのレシーブを打たれたら仕方がありません。
宇田 4-5 張本 宇田がチキータからの連打でミス。張本が得点
宇田は完全にチキータでいこうとしていますね。一方、張本はそれをブロックで得点しようという狙いです。お互い「そこで勝負だ!」みたいになっています。二人とも変えようという気はあまりなさそうですね。
宇田 4-6 張本 張本がフォア前への横回転系サービスで得点
張本のサービスはすごくいい選択でした。縦回転系サービスは宇田にチキータされていたので、サービスを横回転系に変えて見事にはまりました。
宇田 5-6 張本 宇田が回り込み3球目攻撃で得点
このラリーは、宇田が完全に狙いにいっています。
僕が、吉村和弘(東京アート)と(平成28年度全日本卓球男子シングルス)決勝を争った時を思い出しますね。あの試合も、僕は和弘に対して、サービスをわざとフォア側へ長めに出してフォアで(ドライブを)かけさせてから攻めるという、宇田が張本に使っている戦術と同じ戦術を使いました。
張本はチキータしたいがために、「チキータ優先でボールに近づく」→「サービスが長いのでフォアハンドに切り替える」というロスがもったいない。初めから「チキータを捨ててフォアハンドで攻める」と決めておけば、もっといいレシーブができたはずですが、毎回チキータできるかどうかの可能性を探ってからフォアハンドに切り替えるので、どうしても下からのスイングで甘いレシーブになってしまっています。
宇田 6-6 張本 宇田がバック側へのロングサービスで得点
宇田のバック側へのロングサービスもよかったし、それに対する張本もいいレシーブをしました。さらに宇田がいい3球目を決めました。お互いにいいプレーが出たラリーです。
宇田 6-7 張本 張本がチキータをフォアハンドでカウンターして得点
張本は、ここでようやく「宇田のチキータを狙う」という新しいプレーが出ました。これをされると宇田はチキータがしにくくなるので、張本はこのプレーをもう少し早い段階でやっておきたかったところです。
宇田 7-8 張本 宇田が回り込み3球目攻撃で得点
宇田は本当に調子がよかったですね。回り込みのパターンを使った時に、1回くらいラケットの角に当たったり、ミスしたりしてもおかしくないところをミスしなかったのは、すごいの一言です。
宇田 8-8 張本 宇田が3球目バックハンドドライブからの連打で得点
フォア側に少し長めに来たサービスに対する張本のバックハンドでのレシーブは悪くありませんでしたが、4球目をバックハンドでつないでしまい、攻めることができませんでした。本来の張本であれば、このボールをバックハンドでフォア側へ抜くシーンをよく見るのですが、弱気になってしまいました。
宇田 8-9 張本 張本がバック側へのロングサービスで得点
このロングサービスは、張本がよく出したと思います。宇田もよく回ったと思いますが、張本が本当にいい選択でした。さすがです。
勝敗に大きく響いた、張本のツッツキに対するバックハンドドライブの不調
宇田 9-9 張本 張本がツッツキに対するバックハンドドライブをミス。宇田が得点
張本は、ロングサービスを続けて出すと見せかけてフォア前に出し、宇田のチキータを完全に封じました。宇田はレシーブに困ってバック側へツッツキしかできませんでしたが、そのツッツキに対し、張本はバックハンドドライブをミスしてしまいました。
これまでの解説で、張本のツッツキに対するバックハンドドライブの不調についてたびたび触れてきましたが、最後までそれが響いてしまった形です。
さて、大詰めの9-9ですが、サービスを出す宇田としては、フォア側に少し長めに出すか、バック側へのロングサービスの二択です。
対する張本もそれは分かっているので、フォア側にサービスが来た時のことを考えていると思います。フォア側にサービスが長く出てきたら理想はストレート(左利きの宇田のフォア側)を狙う。そのことをずっと考えているでしょう。
宇田 10-9 張本 張本がフォア側に長めに来たサービスをストレートに狙ってミス。宇田が得点
推測通り、張本がフォア側に少し長めに来たサービスをストレートへ狙いましたが、ここまでの試合の中で、ストレートへのレシーブが効果的に決まっていなかったので感覚がありませんでした。
狙いはすごくよかったと思いますが、ゲームオールの9-9という点数で狙わざるを得ないという状況が厳しいですね。もう少し早い段階で、ゆっくりでもいいのでストレートを狙っておきたかった。そうすれば、宇田も足が止まって、思うように回り込めなくなったと思います。
宇田の強烈な回り込みカウンターが引き出した決勝点
宇田 11-9 張本 張本がフォア側に長めに来たサービスをクロスにフォアハンドドライブし、ミス。宇田が勝利
最後は張本の凡ミスです。これまでの張本は、チキータしようと意識し過ぎて、フォアハンドでの対処が遅れていましたが、このレシーブでは早い段階からフォアハンドでいこうという姿勢が見られました。
それにもかかわらず、ミスしてしまった原因は、やはり宇田です。
張本はここに至るまで、このパターンで宇田にさんざんカウンターを食らっているため、そのイメージが頭に残っていて「少しでもいいボールを打とう」と気負った結果です。
宇田の強烈なカウンターのイメージが、張本のミスを誘った決勝点だったと思います。
●男子シングルス決勝
第1ゲーム 宇田幸矢 13-11 張本智和
第2ゲーム 宇田幸矢 11-9 張本智和
第3ゲーム 宇田幸矢 8-11 張本智和
第4ゲーム 宇田幸矢 12-10 張本智和
第5ゲーム 宇田幸矢 11-13 張本智和
第6ゲーム 宇田幸矢 6-11 張本智和
第7ゲーム 宇田幸矢 11-9 張本智和
(まとめ=猪瀬健治 動画=小松賢)