名勝負になった2021年全日本卓球男子シングルス決勝・及川瑞基(木下グループ)対森薗政崇(BOBSON)の攻防を、水谷隼(木下グループ)が解説するスペシャル企画。
第5ゲームは積極性で上回った及川が物にしたが、依然、森薗が王手をかけた状況は続く。追い付きたい及川と、このまま逃げ切りたい森薗。両者の思惑が静かに火花を散らす第6ゲームの攻防を、水谷が鋭く深く読み解く。
圧巻の度胸と発想で窮地をしのいだ及川が、土壇場で追い付く
及川 0-1 森薗(森薗がフォア前サービスで得点)
前のゲームまで、森薗がフォア前にサービスを出すときは、横下回転を多めに出していましたが、ここで横上回転を出してきました。
横上回転サービスに対してツッツキでレシーブするのは難しいし、フォア側にもレシーブは来ない。森薗は完全にそう読み切って、バック側に来るフリックやドライブをフォアハンドで狙い打てるよう、サービスを出した後、すぐに(バック側に)回り込んでいます。
森薗の方が思い切っていますね。
及川 1-1 森薗(及川がツッツキレシーブから4 球目で得点)
森薗が、今度は横下回転と横上回転の中間くらいのサービスを出しましたが、及川がツッツキレシーブから森薗の3球目バックハンドドライブを狙い打って得点しました。
森薗は得点できませんでしたが、及川がバック側にツッツキしてくるのを読んでバックハンドドライブしました。この読みはすごくいいと思います。
及川 1-2 森薗(森薗がストップレシーブから4球目で得点)
及川が縦回転系サービスを出して失点しました。一言で言えば、このサービスは「ない」です。これまで1度も効いていません。及川は逆横回転系サービスと逆モーション気味の横回転系サービス、それとロングサービスの3つでいいのに、選択肢をわざわざ4つに増やしてしまっています。
森薗からしても、縦回転系サービスはレシーブが楽だと思います。
及川 1-3 森薗(森薗がバックハンドフリックレシーブから4球目で得点)
得点できませんでしたが、及川は逆横回転系サービスを出しました。(逆横回転系サービスを)出せば、3球目を必ず強く攻めることができています。攻め切れないだけで、展開はいいので、及川は逆横回転系サービスを出し続けるべきです。
及川 1-4 森薗(森薗がフォア前サービスからラリーで得点)
森薗がバックハンドでストレート(及川のバック側)を攻めました。うまいですね。1-1の時にクロス(及川のフォア側)へ打ってカウンターされていたのでコースを変えました。森薗の方が及川をしっかり理解してプレーしている印象です。
加えて、森薗はこれまで、バック側に来たツッツキをフォアハンドで回り込んで点数になっていないので、バックハンドで3球目して、5球目以降で勝負という考えでしょう。
及川 1-5 森薗(森薗がフォア前サービスから4球目で得点)
フォア前に長めに出してきた森薗のサービスに対して、及川がうまくストップしましたが、4球目でチキータをミスしました。
及川としては「チキータでいったん持ち上げてから次を狙おう」という意図があったと思いますが、ちょっと守備的です。チキータそのもので勝負すればいいのに、先のことを考えすぎていますね。
逆転に望みをつないだ及川の逆横回転系サービスから3球目
及川 2-5 森薗(及川が逆横回転系サービスから3球目で得点)
及川がサービスをフォア前に出そうとしてネットにかけた後、今度は逆横回転系サービスに変えて得点しました。サービスがネットした後、必ず違うサービスを出すという、僕のお気に入りのパターンです(笑)。
言い方を変えれば、及川のサービスは、実にいいタイミングでネットにかかっていますよね。ネットしてサービスを変えたときは100パーセントに近い確率で点数を取っています。
及川は、仮にここで失点していたら(ゲームカウント2-3のポイント)1-6になり、逆転はほぼ無理になるところでした。もうそろそろ最後の仕上げに入る時間帯なので、僕だったら、この逆横回転系サービスを効かなくなるまで出し続けます。
及川 3-5 森薗(及川がバック前サービスから3球目チキータで得点)
及川は、逆横回転系サービスを使えばいいと思うのですが、また(バック前のサービスに)変えました。どうしてもサービスを変えたがります。前に述べたように、新しいサービスが得点になるかどうかは、相手のレシーブも未知なのでフィフティフィフティです。今回は運よく50パーセントを取ることができましたが、僕だったらもう逆横回転系サービスしか出しません。
「及川は効いている逆横回転系サービスを使うべきだ」とくどいように述べているのには理由があります。この場面まできてサービスが効いていたら、そのサービスに対する相手(森薗)のレシーブはもう絶対によくならないからです。唯一、警戒しなければいけないのは、勝負どころで相手が思い切ってきたときだけですね。
このようなことから、僕だったら逆横回転系サービスを出し続け、9-9や10-10などの勝負どころでサービスを変えると思います。
及川 3-5 森薗(森薗がタイムアウト)
ここでの森薗のタイムアウトは、次にサービスを2本出せるのでいいタイミングだと思います。勝負どころですね。タイムアウトを終えて1本目のサービスでロングサービスを出したらすごいと思います。間があって嫌なタイミングでのロングサービスは、及川だったら出しそうですね。森薗にそういうところがあれば、勝てると思います。
森薗のタイムアウトは、一方で及川にとっても邱さん(邱建新木下マイスター東京総監督)からアドバイスを受けられるタイミングでもありますが、ここまでくると戦術が劇的に変わるようなアドバイスはないと思います。ただし、プレーに集中しているとアドバイスが飛んでしまうことが多々あるので、同じアドバイスでも改めて聞くことは大切です。
及川 3-6 森薗(森薗がバック前サービスからラリーで得点)
森薗は賢かったですね。ずっと(及川の)フォア前にサービスを出していて、この場面でいきなりバック前にサービスを出してきました。
このサービスには、邱さんも「1本取られたな」という感じではないでしょうか。
及川 4-6 森薗(及川がストップレシーブから4球目で得点)
及川が4球目でバックハンドドライブをクロス(森薗のフォア側)へ決めました。4球目でクロスへ思い切り引っ張ったのは初めてじゃないでしょうか。このあたりから、及川が思い切って攻撃的にプレーしていますね。
及川 5-6 森薗(及川がバック前サービスから3球目で得点)
及川は、タイムアウト前に効いたバック前のサービスを続けて出して、そこから得点しました。非常にいいと思います。
及川 6-6 森薗(及川がバック前サービスで得点)
3本続けて及川がバック前にサービスを出しました。今度は、ちょっと伸びるサービスに変えてきましたね。ここにきて、新たな点数の取り方を見つけることができたことはいいですね。
おそらく、「効いているからバック前にサービスを出していこう」という邱さんからの指示があったのだと思います。
及川 6-7 森薗(森薗がフォア前サービスで得点)
森薗が、フォア前への少し長めのサービスでエースを取りました。相変わらず、及川はこのサービスに苦しんでいますね。
及川がうまくレシーブできないのは、森薗が横下回転と横上回転をうまく混ぜながら出しているからです。また、森薗はサービスの長さも、ボールが台からワンバウンドでぎりぎり出るかどうかの長さと、明らかに台から出る長さの2種類を使い分けていますね。これらの微妙な変化によって、及川はレシーブの判断が遅れてしまっています。
加えて、及川からすると「安易にバック側にドライブしたら森薗に狙い打たれる」というプレッシャーも大きいでしょう。
及川 6-8 森薗(森薗がフォア前サービスから3球目で得点)
森薗がフォア前サービスからバック側に来たツッツキを回り込んで狙い打ちました。前のラリーで、(フォア前のサービスに対して)及川はドライブでレシーブしようとしてミスしているので、「バック側にツッツキしかないだろう」と森薗が完全に読んでいました。ここまで、全体としては森薗が優位に立ち回っています。
及川 6-9 森薗(森薗がチキータレシーブからラリーで得点)
及川はさっきまで効いていたバック前サービスではなく、逆横回転系サービスでもなく、なぜかミドル前にサービスを出しました。わざわざ(森薗に)点数をあげてしまったかのような1本ですね。
(森薗のように)チキータが得意な選手は、こういう競った場面で絶対にチキータしようとしてきます。案の定、チキータされてしまいました。
及川としては、これは避けたいところです。
及川 7-9 森薗(及川が逆横回転系サービスから3球目で得点)
及川は、ここでようやく逆横回転系サービスを出しました。森薗にチキータされましたが、甘くなったので得点できました。
及川としては、逆横回転系サービスしかありません。このサービスでずっといくべきです。
及川 8-9 森薗(及川がフォア前サービスをチキータレシーブして得点)
ここにきて、及川のチキータがようやく入りました。このラリーのように(チキータのスピードが)ゆっくりでいいんです。ゆっくりでも、入れることに意味があります。
及川は、初めから(試合の序盤から)このチキータが入っていたら、もっと楽に試合できていたと思います。
及川 9-9 森薗(及川がフォア前サービスをチキータレシーブしてからラリーで得点)
及川が、今度はチキータのコースをミドルに変えて、いいプレーをしました。森薗もうまくチキータを打ち返して、その後の及川のブロックが(ラケットの)カドでしたが、それもうまくタイミングを合わせて返しました。そして、最後は及川がストレート(森薗のフォア側)を突くという、かなり奥深い1本でしたね。
次の及川のサービス、僕だったら逆横回転系サービスを出して(森薗の)チキータを待ちますが、はたして。
及川 9-10 森薗(森薗がチキータレシーブで得点)
ここで及川は、もう2ゲームくらい前から効いていなくて「1番だめだ」と言っていた縦回転系サービスですか。3本連続で効いていたバック前のサービスは出さないし、逆横回転系サービスも出さない。「ここで縦回転かよ」って、もうイライラが止まらないですね(笑)。
こんな組み立てをしていたら(及川は)負けても仕方がありません。
及川 10-10 森薗(及川がミドル前サービスからラリーで得点)
これは及川が頑張りました。本当によく攻めたと思います。この試合で初めて及川がバックハンドで上からプッシュしました。森薗がずっとやっていたプレーと同じですね。
一方の森薗もよく粘りました。及川のミドルかフォア側を攻めていたら決まっていたと思います。森薗にとっては「なぜ、ミドルかフォア側に打たなかったのか」とずっと悔やむことになる1本だと思います。
とはいっても、森薗はどのコースにも攻めることができた中、カウンターされにくいバック側にボールを集めてしまうのは仕方がありません。そこを及川が見事に持っていきましたね。
勝敗を大きく分けた及川のファンタスティックな「横入れ」
及川 11-10 森薗(及川がフォア前サービスをフォアハンドドライブでレシーブし、得点)
フォア前から長く出てきた森薗のサービスに対し、及川がネットの横からレシーブを入れる、いわゆる「横入れ」で得点しました。いや、よくこの場面でやりました。ボールの質といい、実行する度胸といい、素晴らしかったですね。
森薗としては、「絶対に及川はクロス(森薗のバック側)にレシーブしてくるだろう」という読みで、サービスを(フォア側に)長く出し過ぎたことが裏目に出ました。そこを、及川が見逃しませんでしたね。この場面では、及川がどれだけいいループドライブ(回転量の多いドライブ)でクロスにレシーブしたとしても、森薗に狙い打たれていたでしょう。
勝敗を分ける大きな1本だったと思います。
及川 12-10 森薗(及川がミドル前サービスからラリーで得点)
初め、及川はバック前にサービスを出そうとしてネットしました。これでもうバック前はないですね(笑)。やり直してミドル前にサービスを出した後、ラリーで得点しました。しかし、サービスがネットすると、100パーセントに近い確率で及川は点数を取ります(笑)。
このミドル前のサービスは、(ゲームカウント)9-9で森薗にチキータされたサービスと同じですね。おそらく、これが今の及川にとって最も冷静に、そして安定して短く出せるサービスなのでしょう。
これまで及川は、森薗にチキータされるのを嫌がってバック側にロングサービスを出すような逆モーションを入れてからサービスを出していましたが、このサービスでは逆モーションを入れていません。「森薗にチキータされてもいい。それを狙おう」という落ち着きが感じられました。
●男子シングルス決勝
第6ゲーム 及川瑞基 12-10 森薗政崇
焦らず冷静にペースを握った及川。森薗は、サービスからの展開で後手に
(ポイント)5-1リードから逆転された森薗は苦しいですね。森薗のプレーが特に悪かったわけではありませんが、少し策がなくなってきた印象です。効いていたフォア前のサービスでエースや3球目で得点する率が下がってきているので、まずサービスからの展開をどうするかですが、難しいですね。
一方、追い付いた及川ですが、チキータや横入れ、ストップなど、いろいろなバリエーションのレシーブが決まるようになってきました。サービスから3球目もしっかり攻めることができているし、森薗がチキータしてきても台から距離を取って打ち返せています。及川は、全然焦っていませんね。試合のペースを握っています。
(まとめ=卓球レポート)