間もなく世界卓球2023ダーバンが5月20より南アフリカのダーバンで開幕を迎える。
アフリカ大陸での世界卓球開催は1939年のカイロ大会以来で、南半球での開催は初だ。
卓球レポートでは大会に先駆けて、元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄と優れた技術・戦術力から「卓球界の賢人」として名高い上田仁に、男子シングル、男子ダブルス、混合ダブルスの見どころを聞いた。
男子シングルスの見どころ後編では、日本選手についてと、世界卓球をより深く楽しむための試合の見方について話してくれた。(前編はこちら)
張本はやってくれそうな予感
戸上は左利き対策が鍵
前編でも触れましたが、張本智和は世界卓球2022成都で中国から2点取りし、世界中の卓球ファンや卓球関係者にその力を知らしめました。最強中国を追い詰めた思い切ったプレーは見事でしたが、その一方、世界卓球では思うように勝てない試合が続いていました。しかし、今大会の張本はやってくれそうな気がします。その予感のもとは彼のコメントです。
張本は先日のWTTの初戦で勝った後、試合後のインタビューで「一戦一戦しっかり戦った上で結果はついてくる。相手へのリスペクトを忘れず、一試合ずつ頑張りたい」という内容のコメントをしていましたが、メンタル面というか人間的な成長を感じさせる言葉でした。この張本のコメントには、あの馬龍(中国)も「張本は成長している」とコメントしていました。ビッグタイトルを総なめにしている馬龍は、そのために必要なものを知り尽くしているはずで、恐らくそれはプレーではなくて人間力のようなものだと推察します。その馬龍がわざわざ反応するということは、絶対王者だらこそ分かる張本の本質的な成長が感じ取れたのだと思います。
私の予感はさておき、張本が誰にでも勝つ力があることは証明済みですから、本人が言うように、一戦一戦集中して自信を持って戦えば、結果は必ずついてくると思います。
全日本を連覇し、直前に行われたパリオリンピック選考会を制した戸上隼輔も好調です。特に、選考会では決勝で対戦した張本が「中国選手と同等かそれ以上の攻めだった」と脱帽したほどの攻撃力を見せました。その攻撃力が発揮できれば、一気にメダルも見えてくると思います。
戸上が注意したいのは、左利きの選手です。彼の試合を見ていると、左利きの選手に少し苦手意識がある印象があります。戸上は右利きの選手のフォア側への強打が大きな得点源ですが、右利きのフォア側は左利きにとってのバック側なので、強打しても返されて不利になってしまうケースがあります。世界には強い左利きの選手が大勢います。戸上が左利きの選手と対戦した際は、攻撃時のコース取りを工夫して、しっかり勝ちきってほしいと思います。そうして、左利きの選手に取りこぼさなければ、上位が見えてくるでしょう。
及川は自信を持つこと。吉村は台風の目になるか
宇田には巡ってきたチャンスを生かしてほしい
及川瑞基は「自信を持って戦う」ことです。青森山田中高の先輩として彼にエールを送るとするなら、その一言につきます。及川は、技術力は高いし戦術を考える頭もいいし、何しろ頑張り屋です。しかし、試合で技術を発揮したり、戦術を考えたりするには、自信が必要なんです。最近の及川は国際大会で思うように勝てていませんが、試合を見るとどこか自信なさげにプレーしている印象です。
私は及川が自信を持ってプレーしたときの強さをよく知っています。ですから、及川には「自分は絶対にやれるんだ」と自信を持って世界卓球に挑んでほしいと思います。
今大会で台風の目になると私がひそかに思っているのが、日本男子最年長の吉村真晴です。日本勢の中では戸上と同等かそれ以上の爆発力があるし、サービス力は世界でもトップクラスです。混合ダブルス世界チャンピオンという実績に代表されるように、経験も豊富です。加えて、とにかく明るい吉村は大舞台に臆することなく、楽しむメンタルを持っています。
吉村の世界ランキングは高くないので、初戦から強豪との対戦が予想されますが、あのサービス力と両ハンドの鋭さがあれば、誰にでも勝つ可能性がありますし、対戦相手も脅威だと思います。吉村には、年長者として日本男子を引っ張りながら、思い切り暴れてほしいですね。
腰痛により直前で棄権を発表した篠塚大登は、勇気ある決断をしたと思います。本人の無念さは計り知れませんが、この決断は彼のこれからのキャリアにとってはきっとプラスです。世界卓球で篠塚のプレーを見られないのは残念ですが、今は治療に専念して、このうっぷんを次のステージで晴らしてほしいと思います。
一方、篠塚が棄権したことによる繰り上がりで男子シングルスに出ることになった宇田幸矢にとってはチャンスです。国内での成績が振るわず、こうした形での出場になりましたが、本来であれば代表権を獲得してしかるべき世界ランキングの高さと力を宇田は持っています。5月の選考会では良いプレーをしていたので、宇田には巡ってきたチャンスをぜひ生かしてほしいですね。
世界卓球の男子シングルスを
より深く観戦するための3つのポイント
見どころの最後に、世界卓球の男子シングルスをより深く見るためのポイントを3つ紹介したいと思います。
1つ目は、「チキータ」です。台上のボールをバックハンドドライブするチキータは攻撃力が高い技術で、トップ選手のほとんどが質の高いチキータを身に付けています。その一方で、トップ選手たちのチキータ対策もかなり進みました。チキータの威力を弱めるような下回転を強く切ったサービスやそのコース取り、仮にチキータされたとしても両ハンドでカウンターを狙うプレーなどが磨かれ、以前ほどチキータが効かなくなりました。実際に、WTTの試合では、無理にチキータしたことが敗因だと感じる試合をしばしば見るようになりました。もちろん、チキータが決め手になる試合もありますが、少し前に比べれば確実に減ったと思います。
このことを踏まえると、今の男子シングルスでは「自分からチキータで先手を取っているのか」、それとも「相手にチキータをやらされているのか」が勝敗の大きな鍵を握ります。とはいえ、この違いは、チキータの前後のプレーも関わってくるため、なかなか分かりにくいと思います。
そこで、単純に「チキータした選手が得点しているかどうか」に注目してみてください。そこを1つの軸にして試合を見ていくと、勝因や敗因がより深く分かると思います。
2つ目のポイントは、1つ目のポイントと関連するのですが、「バックハンドでのストップ(ボールを相手コートのネット際に短くコントロールする台上技術)」です。先に述べたように、今はチキータしにくいサービスや、チキータしたとしても待たれていることが多いため、チキータする体勢でボールに近づきながら、チキータではなくてストップをするプレーが増えています。一見すると地味な技術ですが、相手からすると「チキータが来るぞ」と待ち構えているところからストップされるので自然とフェイントになり、対応がどうしても遅れてしまうのです。そのため、最近のトップ選手たちの試合ではバックハンドでのストップを起点にして先手を取るシーンを多く見るようになりました。
バックハンドでストップとチキータを使い分けるプレーは張本や王楚欽(中国)などが得意としていますが、バックハンドでストップしたプレーを見逃さないようにすると、選手たちの駆け引きの一端が分かって面白いと思います。
最後に紹介する観戦ポイントは、「自分に置き換える」ことです。自分の推しの選手でも、その推し選手の対戦相手でも誰でも構わないので自分に置き換え、実際に自分が相手と試合していると思って見てください。そうすると、「ここでロングサービスは想定外」「そんなコース取りをしてくるのか」など、何かしらの気づきがあり、より踏み込んで試合を見ることができると思います。
世界卓球は文字通り世界最高峰の戦いですから、もちろん、あれこれ考えずに単純に見るだけでも十分に楽しめます。しかし、紹介したポイントに注目して選手たちのプレーを見ると、より深く試合を味わえると思います。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)