13年連続の決勝進出の末、自己の持つ全日本の優勝記録を更新し、10度目の優勝を果たした水谷隼(木下グループ)。なぜ、彼だけがトップで居続けられるのか? その裏側にはどんな思いがあったのか? また、全日本引退の真意とは?
試合後の記者会見で水谷が胸中を明かした。
●男子シングルス決勝
水谷隼(木下グループ)-11,6,7,6,-9,5 大島祐哉(木下グループ)
―優勝した今の気持ちは?
去年、張本に負けてから、今年は絶対優勝するぞと思ってこの1年間練習してきたので、優勝できて、まだ実感がないですね。やはり、張本にはまだ勝てないんじゃないかという不安もあったし、彼が決勝に上がって来なかったので、自分としてはちょっとラッキーでした。
―10度目の優勝は今までとどういう違いがありますか?
今までも本当に苦しい全日本選手権だったんですけど、今年もめちゃくちゃ苦しかったです。
―ここまでの10度の優勝を振り返っての道のりは?
最初に優勝したのが12年前なので、当時のことはそんなに覚えていないんですけど、今やっと10回目の優勝を達成して、1回優勝するだけでもこんなに大変なのに、よく今まで9回も優勝して来たなと思います。
―若手の追い上げにも壁になりたいと言っていたが、勝ち続けられている理由とはどこにあるのでしょうか?
一番大事なのは気持ちですね。絶対誰にも負けないんだという強い気持ちを持って臨めたことだと思います。
―昨年、張本選手に負けてから、苦しいシーズンでもあったと思うが、ここまで照準を合わせてこられたのはどういうイメージがあったのでしょうか?
自分の中では、他の大会に比べて全日本選手権への思いがすごい強くて、他の大会でどれだけ負けても全日本選手権では絶対に他の日本選手には負けないという気持ちがありましたし、確かにこの1年、苦しかったですけど、これからもその苦しさは続いて行くと思います。
―思い入れのある全日本選手権になりましたけど、11度目、12度目とみんな期待していると思うが、最後の全日本と言ったその真意は?
この全日本選手権が始まる前から10回優勝したら自分の中で満足というか、前回、2年前に優勝して9回目の優勝を達成して、記録を更新してからなかなか全日本への思いが強く持てなくて。やはり、周りが優勝をすごく期待するので、正直そのプレッシャーにもう勝てないというか、自分がこの全日本でラケットを振るのはちょっと無理なんじゃないかなという気持ちです。
―今シーズンは大事なシーズンだと思うが、2020東京オリンピックに向けての自分のイメージの中での最後の全日本という意味もあるのですか?
日本代表としてプレーするのも来年が最後だと思うので、自分の中で今回優勝できて、V10を達成できて、引き際としては悪くないんじゃないかなと思います。やはりこれから、自分は年齢を重ねていって、パフォーマンスも落ちてくると思いますし、自分の中にも今までの全日本選手権みたいに強い気持ちで臨むことっていうのが難しくなってきています。その分、今回、本当に優勝したい、今回の全日本にかける思いっていうのはものすごく強かったですし、その思いがあったからこそ今回優勝できたと思うので、今回優勝したことによって何か自分の中で全日本への思いっていうのがプツンと切れました。
―次に目指すところ、目標は?
来年いよいよ東京オリンピックが始まるので、まずはその東京オリンピックに出場する権利を勝ち取ることです。
―優勝した後、観客席に飛び込み、ファンにユニフォームを渡したりしたが、あの行動の意味は?
オリンピックが終わってから、本当に追っかけというか、すごく僕のことを好きでいて下さるファンの方が増えて、今回飛び込んだ場所に主婦の方々が5人ぐらい、本当に毎回来て下さるんですね、Tリーグも本当にすべての試合に来てくれているというぐらい熱心なファンの方がいてくださって、本当にその方たちのおかげで今の自分があると思うし、こうやってオリンピックでメダルを獲った後も燃え尽きずに頑張っていると思ったので、自然と「ありがとう」という意味を込めて、あそこに飛び込みたくなりました。
―客席に飛び込んだのは、元々決めていたのか、ふとそうしようと思ったのか?
ふと頭をよぎりましたね、行け、と。誰かに命令されたかのように。はい、もう、飛び込みたい気分だったんです。
―昨日までは、張本がいる限り自分が優勝する確率は25%と言っていました。今日の決勝で張本選手ではなく大島選手との対戦になったことをどう思いましたか? また、大島選手との試合の勝因は?
大島が決勝に上がって来て、自分の優勝確率は50%に上がったなと思いました。単純に相手か自分のどちらかが勝つので50%だなと思いました。ただ、張本だったら25%かなと、分もあまりよくないですし。
大島戦の勝因は、サービス・レシーブで常に先手を取れたことですね。ラリーでは相手の方が分があったと思うんですけど、サービス・レシーブの早い段階で自分がかなり試合を優位に運べたんじゃないかと思います。
―ずっとトップで居続けられる理由はどこにあるのですか?
自分でもわかんないですね。とにかく、全日本では負けたくないという、そのプライドと、あとは、みんな注目する大会なので、そこで張本が優勝するだろうなとか、水谷が勝てないだろうなとか、そういういろんな声が入ってくる中で、自分の存在をアピールする本当に唯一の場だと思うので、そこでのプライドがあるからこそ頑張れているんじゃないかなと思います。
―10度優勝した水谷選手が感じる、伊藤美誠選手の2年連続の三冠の凄さとは?
彼女のメンタルは素晴らしいですからね。僕みたいなのとは比べ物にならないですよ、ほんとに(笑)。彼女の試合をたくさん見ますけど、アドバイスが欲しいです。自分は本当にいっぱいいっぱいなんです。ホントに1試合1試合がいっぱいいっぱいで、1試合勝つことも苦しいのに、彼女のプレーを見てると、すごく試合を楽しんでいるし、見習いたいことが多いですね。
―全日本で張本選手との対決を見たいと思う人がいると思うが、来年は出ないのですか?
僕は天邪鬼なので、周りが見たいと思えば思うほど出ない確率が上がるんですけど(笑)。あんまり、盛り上げないで下さいよ。今日みたいに大島が勝つということもありえますし、正直、僕じゃなくても他の日本選手がいい試合を繰り広げてくれると思うので、張本に立ちはだかる選手は日本にもたくさんいます。
―張本選手を破った大島選手はダブルスのペアで良く知った間柄だと思うが、大島の最近の成長についてはどう見ていますか?
非常に戦術の幅が増えたと思います。今日、試合をしている中で、自分が良い展開を作ってこのまま行こうと思った時に大島が上手く戦術を変えてきて、なかなかリードできなかったりとか、あとはバックハンドがすごく上手くなっていて、バック対バックでは自分の展開が悪かったですね。
―13年連続して決勝に進出していたが、来年以降はそれが見られなくなります。自分がずっと立ってきた全日本選手権という舞台を後輩たちに託すということになるかと思いますが、10度目の優勝を成し遂げて、来年以降、後輩たちに期待することは?
自分が13年連続決勝に進出して、決勝の舞台に立つっていうことが、本当にどれだけつらいことかということを経験して欲しいですね。勝つことももちろん大変ですけど、決勝の舞台に立つことも本当に苦しいし、僕の場合は早く全日本選手権終わらないかなと思っちゃうんですよね、苦しすぎて耐えられなくて、全日本が始まる初日から「早く全日本終わらないかな」って毎日思うんですけど、やっぱり、その苦しさを乗り越えて優勝をつかんで欲しいです。
―試合直後のインタビューで同世代の選手たちと壁になると言っていました。ただし、全日本は引退。壁になるとはどういう意味で壁になるのでしょうか?
今、男女ともにすごく若手の選手が力を付けて来ていて、また卓球のスタイルも最近は前陣速攻しか勝てないと言われて来てる中で、僕らの世代はなかなか今の卓球のスタイルに対応することができてなくて、また年齢を重ねていくほど、パフォーマンスが落ちてくるので。ただ、自分たちが後輩たちの壁にならないと、日本のレベルアップは望めないと思いますし、まだまだ僕たちが、僕らの世代がいろいろ海外で学んできたこと、いろんなプロリーグを経験して回って来たことを伝える意味があると思うので、全日本選手権は出ない予定ですけど、でも世界の舞台ではまだまだ戦いたいですし、もっともっと自分は強くなりたいと思っています。
―大会を何度も連覇してきたし、連覇を止められたこともあります。そういう経験をしてきた水谷選手にとって、全日本で連覇することの難しさと張本選手が連覇をできなかったことをどういうふうに見ているのでしょうか?
張本が連覇できなかったのは......、ちょっと調子に乗りすぎてたかなと思うんですよね(笑)。それは絶対あると思うんですよ。
試合前から結構話したりするんですよ。「簡単に勝ってきます」みたいな感じで言ってたので、「お前、ちょっと調子に乗りすぎだ」と思って。やはり謙虚にいかないと足をすくわれるなというのは、彼が僕に教えてくれました(笑)。
(まとめ・写真=佐藤孝弘)
詳しい試合の結果は大会公式サイトでご確認ください。
全日本卓球:http://www.japantabletennis.com/zennihon2019/