元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄から「卓球界の賢人」として名高い上田仁が、確かな実力と経験に裏打ちされた深く鋭い洞察力で世界卓球2023ダーバンの攻防を読み解く。
今回は世界卓球5日目に行われた、王楚欽(中国)対宇田幸矢の男子シングルス3回戦を解説してくれた。
▼男子シングルス3回戦
王楚欽(中国) 9,11,-4,1,3 宇田幸矢
昨日の王楚欽と戸上(戸上隼輔)の試合を見る限り、スタートから離されると厳しい戦いになると思っていましたが、スタートからサービス・レシーブでかなりアグレッシブな攻めを見せた宇田が5-2とリードを奪いました。宇田は最高のスタートダッシュだったと思いますが、王楚欽はさすがに簡単に点差を離させてくれませんでしたね。戸上戦同様、コース取りのうまさが際立ちました。
スタートは宇田のサービスからの強烈な3球目回り込みが冴えわたりましたが、競り合いになると王楚欽がうまくレシーブのコースを外してきました。そして、戸上戦でもそうでしたが、ミドル(左利きの宇田にとって左腰あたり)への攻め方が見事でした。それでも宇田も良いプレーをしていましたが、第1ゲームは9本で落としました。
2ゲーム目も、宇田はかなり良いプレーをしていたと思います。時折見せるフォアハンドでのフリック(払い)やチキータ、ツッツキ、ストップなど持てる技術を駆使してどうにかして王楚欽を崩そうという気概が見えました。王楚欽の得意なバック対バックでも引けを取っていませんでしたが、ジュースでフリックから相手を下げた後のミスが痛かったですね。あと一歩というところでこのゲームも落としますが、結果的にこの2ゲーム目を落としたのが響きましたね。
3ゲーム目の宇田は、回り込んでのストレートやバック対バックからのストレートで王楚欽のファア側を突く展開を増やしました。このフォア攻めにより、バック対バックやミドルへの攻めが効きましたね。宇田も王楚欽のミドルを攻めることをかなり意識していたと思います。単にバック対バックのラリーではなくお互いが必ずと言っていいほど1回はミドルを入れつつバック対バックを行っていました。宇田が王楚欽のフォア側とミドルをうまく突いて、一気にこのゲームを奪い返します。
しかし、4ゲーム目は、王楚欽が宇田のミドルへの攻撃の質をさらに上げてきました。ミドルからバック側への攻めで宇田のミスを誘い、宇田がバック側を意識した頃合いを見計らってミドルからフォア側を突いてノータッチを奪います。このあたりが王楚欽のうまいところでしたね。
一方の宇田は、この王楚欽のコース取りによってどこを待つのか迷ってしまい、それにつれて足も止まって一気にゲームを奪われました。
追い込まれた5ゲーム目、宇田もミドルへの仕掛けや攻撃の質を上げましたが、このゲームで王楚欽は、宇田のフォア側にワンバウンドでぎりぎり出るかどうかのストップを混ぜてきました。ミドルを起点にした両サイドへの攻めが慣れられ、対策されてきたと察したら、このように戦術をがらりと変えてくるのは中国選手に共通する強さです。新たに長めのストップからの展開を意識させておいて、そのあとはミドルを起点にした両サイドへの攻めに戻す。この駆け引きの差があったと思います。
結果的に宇田は1対4で敗れましたが、しかし、もっと違った展開でリードを奪い、流れを変えていた可能性も十分感じさせる試合内容でした。王楚欽に対してかなりいい仕掛けを見せていましたし、打ち合いで押す場面もたくさんありました。敗れはしましたがとても内容の濃い試合でした。ミドルを含めたバック対バックをさらに強化できると、宇田はもっと強くなるし、王楚欽のように強い相手に勝つチャンスも増えると思います。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)