元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄から「卓球界の賢人」として名高い上田仁が、確かな実力と経験に裏打ちされた深く鋭い洞察力で世界卓球2023ダーバンの攻防を読み解く。
今回は世界卓球7日目に行われた早田ひな対王芸迪(中国)の女子シングルス準々決勝を解説してくれた。
▼女子シングルス準々決勝
早田ひな -4,3,9,-6,9,-8,19 王芸迪(中国)
日本選手最後の砦となった早田は、前日に平野美宇をストレートで下して勝ち上がってきた王芸迪とメダルをかけて対戦しました。早田は、張本智和、伊藤美誠が相次いで敗れる中、伊藤の次の試合ということで気合いが入っていたと思います。
結果から述べると、ゲームカウント4対3、最終の第7ゲームは21-19で早田が勝利を収めるという、梁靖崑対張本を上回る歴史的な死闘になりました。
いくつかのポイントを挙げながら試合を振り返りたいと思います。
スタートから高速ラリーの連続でしたが、早田は王芸迪にうまく攻められて得意のフォアハンドを使わせてもらえない展開が続きました。フォアハンドが打てないならばということで、早田は王芸迪のフォア側に少し長めに出すサービスで相手にかけさせてからの展開やバック対バックなど、無理してフォアハンドを打たない選択をとりました。
そして、フォアハンドを打てたときの早田がうまかった。早田といえば強力なフォアハンドが武器ですが、その印象を逆手に取るかのようにフォアハンドで遅いボールを送って王芸迪のタイミングを外し、その次を強打するというパターンで得点を重ねました。遅いボールを送ってからの強打はバック対バックでよく見る戦術ですが、それをフォアハンドで実行するのはできそうでなかなかできることではありません。早田のレベルの高さがよく表れた戦術だったと思います。
このフォアハンドの緩急によって、王芸迪のリズムが少し乱れ、次第に早田がフォアハンドを打つ回数が増えていきました。
しかし、王芸迪も中国の代表を張るだけあり、早田のフォアハンドの緩急に対応してきます。そうすると、早田はバックハンドでも遅いボールや軌道の高いボールを送って緩急をつけ、王芸迪のリズムを乱しにかかります。また、早田は前陣に固執せず、台から少し離れて打ち合っていましたが、自分の良さである強打を生かすという点で、このポジショニングは良かったと思います。
一方の王芸迪も、早田の強打と緩急にしっかり対応し、互角に打ち合っていたのはさすがでした。
試合は一進一退の攻防が続いてゲームオールまでもつれますが、最終の第7ゲーム、早田は8-10と王芸迪先にマッチポイントを握られます。ここから早田が必死のプレーでジュースに追い付くと、両者とも神がかったプレーを連発し、ジュースを繰り返します。集中力も精神面も極限状態だったと思いますが、早田は9回のマッチポイントをしのいで21-19という試合の壮絶さを物語るスコアで勝利し、メダルを確定させました。早田と王芸迪が繰り広げたとんでもない死闘は、勝ち負けをはるかに超えた感動がありましたね。素晴らしい試合をありがとうと両者に伝えたいです。
そして早田と、早田のベンチに入った石田大輔コーチをはじめチームひなの皆さん、日本代表選手団に心からおめでとうと伝えたいです。早田には、このまま一気に金メダルまで駆け上がってほしいですし、そのポテンシャルが十分あることをこの試合で示してくれました。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)