元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄から「卓球界の賢人」として名高い上田仁が、確かな実力と経験に裏打ちされた深く鋭い洞察力で世界卓球2023ダーバンの攻防を読み解く。
今回は世界卓球最終日に行われた樊振東(中国)対王楚欽(中国)の男子シングルス決勝を解説してくれた。
▼男子シングルス決勝
樊振東(中国) -8,9,7,10,-11,3 王楚欽(中国)
ついにあの馬龍が世界卓球で敗れ、新時代を予感させる決勝のカードとなりました。樊振東は連覇をかけて、一方の王楚欽は初優勝と三冠王をかけて双方是が非でも勝ちたい一戦です。
また、もし王楚欽が優勝するとなると、中国男子では初の左利き選手のチャンピオン誕生になります。日本では左利き選手が優位だと言われていますが、中国男子の左利き選手の世界卓球男子シングルス優勝はこれまでなく、中国以外の国をふくめても左利き選手の優勝となると、1993年イエテボリ大会のガシアン(フランス)までさかのぼらなければなりません。左利き選手の世界王者が出にくい理由が何かあるのか、いつか深掘りしてみたいですね。
余談はさておき、大会の最後を飾るメインイベントを分析したいと思います。
第1ゲームは、王楚欽が巻き込みサービスから優位に立って先制します。樊振東に対して相性があまり良くない王楚欽は、これまでの試合で重要な場面でしか使ってこなかった巻き込みサービスを出足から使ってきました。このサービスの組み立てには、王楚欽の「絶対勝ちたい」という気迫が表れていましたね。
続く第2ゲームも、試合は王楚欽のペースで進みますが、樊振東が徐々に対応し始めます。格闘技のようにボールを殴り合うかのような激しいラリーは、9-9まで競り合いましたが、この場面で王楚欽がバック側に来たツッツキに対して、回り込んでストレート(右利きの樊振東のバック側)に一撃ドライブを放ちました。決まったと思うようなボールでしたが、樊振東が反応し、返球しました。このように、樊振東が圧巻の対応力で窮地をしのぐプレーは梁靖崑との準決勝でも光りましたが、本来ならば王楚欽の点数になっているプレーでした。相手が樊振東だったからこそ、取れなかった1本だったと思います。
次のプレーも殴り合いのような激しいラリーでしたが、最後はバックハンドで王楚欽のフォア側を抜き去った樊振東がゲームをタイに戻します。
第3ゲームは、お互いのチキータに威力があるので、それを防ぐために両者ともロングサービスが増えました。また、ボールをフォア側に少し長めに出して、それをかけさせてから狙う展開をお互いがつくっていましたね。
そうした展開でこのゲームも競り合いますが、より王楚欽のボールに対応し、攻めた樊振東が第3ゲームを奪います。
第4ゲームも樊振東が9-6とリードしますが、9-8と王楚欽に迫られたところで樊振東がタイムアウトを取ります。樊振東としては王手がかかるゲームをなんとしても物にするための妥当なタイムアウトでしたが、このタイムアウト明けの王楚欽のプレーがすごかった。台上争いからバック側に来たツッツキを回り込みフォアハンドでクロス(右利きの樊振東のフォア側)にぶち抜いたのですが、王楚欽は第2ゲームの終盤でストレートを狙って樊振東に返されたプレーが頭にあったのだと思います。さすがの樊振東も完全にバック側を待っていたため、反応できませんでした。「同じ手は食わないぞ」と言わんばかりの、王楚欽の修正力の高さが表れた回り込みでした。
スーパープレーで王楚欽が追い付きましたが、樊振東がチキータと見せかけたバックハンドストップからの展開と、取っておいた投げ上げサービスを生かしてジュースを物にし、王手をかけます。
第5ゲームは樊振東の勢いが加速し、10-5でチャンピオンシップポイントを握ります。誰もが樊振東の優勝を確信し、試合を見つめる顔が緩んだと思いますが、この窮地で力の抜けた王楚欽が逆転でこのゲームを奪い返します。
これは逆に王楚欽に流れがいったかと思いましたが、やはり樊振東はただ者ではありませんでしたね。私だったら優勝まであと1本というところで大逆転を許したらかなり動揺したと思いますが、樊振東は何事もなかったかのように第6ゲームに入り、圧巻のプレーで優勝を決めてしまいました。トップレベルになるほど技術や戦術の差はそれほどなくなるのでメンタルが勝敗に大きく関わってくるものですが、優勝を決めた第6ゲームは、樊振東のメンタルの強靱さがよく表れていたと思います。
メンタルのほかに樊振東の素晴らしかった点は、まずラリー力です。これまでの王楚欽の対戦相手は、王楚欽にサービス・レシーブからの仕掛けで崩されて太刀打ちできませんでした。しかし、樊振東は仮に崩されたとしても持ちこたえ、盛り返すプレーをたびたび見せました。王楚欽がいくら厳しいコースに攻めてきても、優れたボディーワークとフットワークで対応した樊振東のラリー力は見事でしたね。
加えて、王楚欽のチキータを封じるようなサービスの組み立てをベースにしながらも、要所で王楚欽のチキータを誘うようなサービスを出して、もくろみ通りに狙い打つ駆け引きのうまさも、樊振東の大きな勝因だったと思います。
いずれにしても、この決勝で交わされたラリーのクオリティーは世界最高峰にふさわしいものでした。
そして、馬龍を下して決勝まで来た王楚欽に対し、「まだまだ世界一は後輩に譲らない」といわんばかりの樊振東の力でねじ伏せるようなプレーに、先輩として、またディフェンディングチャンピオンとしての意地を大いに感じる試合でもありました。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)