十 卓球の発展を考える
-ラバー問題、サービス問題、ネット問題-
1982年4月、欧州卓球選手権大会の会場(ハンガリーのブダペスト市)で、私は国際卓球連盟のエバンス会長からある相談を持込まれた。
「田舛さん、欧州では卓球の観衆が減ってきた。英国ではテレビの視聴率が低下した。何年か前までは中国選手が来たらテレビが放映してくれた。今では中国が来るといえばテレビは逃げる。この理由は卓球のラリーの美が失われ、つまらないレシーブミスなど一般の人にはわからない。その原因はラバーにある、という人が多くなった。あなたは世界のリーディングメーカーだし、卓球人だ。ラバーのルールを変えると一時的には売上にひびくかもしれないが、長期的には卓球を発展させなければ、もっと深刻な問題になる、ということをどうか理解して協力してほしい。私は重大な決心をした。これまで私自身はラバー規則改正には中立の態度をとってきたが、もはや私自身が先頭に立って動かなければならぬ状態になった-」
私は直ちに回答した。「エバンス会長に協力します。実は私自身、一年前にその改正は必要と決心したのです。私自身も元プレーヤーであり、卓球の正常な発展のため、現状は問題がある、と考えています。ラバーの進歩向上は卓球の技術をスピードアップし、ダイナミックなスポーツにした、と思っています。しかし、最近の両面異質ラバーによるラケット反転技術は、スポーツとして正しいかどうか疑問があるし、観客やテレビには悪い影響が出てきたことは十分理解できます。そのため、今この問題に関して世界の指導者や一流プレーヤー400人にアンケートを実施中です。その結果をもとにハッキリした態度をとります。会長に協力して世界に呼びかけましょう」
エバンス会長は大変よろこばれ、握手を求められた。
今回、5月7日東京で開かれた国際卓球連盟の総会において、「ラケットの両面にはるラバーの色は異色」という提案が可決され、来年一月から公認の国際競技大会において実施されることになった裏にはこうした経過もあった。
だが、欧米の指導者たちにとって、問題はこれで解決されたわけではない。たしかに、サービスの規制がきびしくなり、ラケットの両面が異色になったことにより、次の世界大会では、東京大会よりもラリーの美が若干プラスされることになるが、これが根本的な解決とはならない、と彼らは見ている。
即ち、卓球はもっと観衆にとって美しいものにならなければならない、という意見が欧米では強いのである。この問題も含めて、私は今回の世界大会の期間中、多くの各国の指導者と話しあった。エバンス会長はもとより各大陸の役員やコーチ諸氏と。特に国際卓連のクレメットルール委員長(英)と5時間、ハリソン用具委員長(米)と6時間、ベルチック監督(ハンガリー)とは10時間話しあった。
彼らの共通した考え方は「ラバーは両面同質というのが理想だ。または両面同質の場合は同色、両面異質の場合は異色というのが正しいあり方だ。そしてサービスの規則はもっときびしくするべきだ」という点で同じである。
もう一つ、ネットの問題があり、「ネットはもっと高くした方がよい。ラリーの美の問題、次にディフェンス選手にもう少しチャンスが与えられるべきだ」という議論がある。これらの点では私も同感できるのであるが、ただ机上で議論しただけで結論を出してはいけない、と私は主張した。
もちろん、彼ら指導者もそれに賛成であり、「多くの人々がいろんな意見を云うが、誰も実験しようとはしない」という。そんなことがあって、バタフライ卓球道場がその実験をやることを、全員が要望されたのである。
卓球がより美しいスポーツとして発展することを望むのは、世界中の卓球人の願望だと思う。しかし議論の中には行きすぎもある。例えば、私は1955年の世界第2位のドリーナー博士(現在スイス大学の教授)と数時間話しあったが、彼は「卓球のコートをもっと大きくすべきだ」、という。テニスは一球を打つのに14メートル走る。という論理を持ち出した。ドリーナー氏はすぐれた意見をもつ人だ。しかしこの提案には私は直ちに反対した。「台を高くしたら、大きくしたら、アジアの選手を卓球からしめ出すことになる。卓球は世界の人々に公平でなければならぬ。それに卓球には卓球の良さがあり、魅力があり、それを捨ててはならぬ」と云ったら、彼は賛成してくれた。
事実、第二次大戦中に政府筋のアイディアで、卓球を屋外でやるスポーツにすべきだという意見が出て、日本卓球協会でも真剣に論議されたことがあるが、こうした行きすぎに陥ってはならない。
こんな意味で、私達は当面の問題、すなわちラバー問題、サービス規則問題、次にネットの問題に取りくみ、ここ1~2年間バタフライ道場で各種の実験を行い、その実況をVTRにとって国際卓球連盟に提出する考えを抱いている。私は国際卓連の役員主脳に提案した。「次の世界大会で、ラバー両面同質、ネットを若干高くした新種目(男女単のみ。A級にある各国から各一名の選手出場)を設け、実験してみては如何」と云ったが、「さあ、それはちょっと困難だろう」、という答だった。
[卓球レポートアーカイブ]
「卓球は血と魂だ」 第四章 十 卓球の発展を考える
2013.11.20
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