15年、179回続いた「作戦あれこれ」も今回が最終回。12月に群馬県に設立予定の卓球道場に専心するためで、長い間ご愛読くださった皆さんには、この誌面をかりてお礼申し上げたい。
さて、最終回ということで、今回の作戦あれこれは、次代を担う中高生の読者に、私が一番伝えたいことを述べて、終わりとしたい。
若い選手が将来大成するために常に心がけるべきことを集約すると次の5つになると思う。
1、基本技術を鍛える
2、体力作りをする
3、フットワークを強化する
4、グリップを研究する
5、目標を持つ
この5つを忘れずに努力することが何より大切だと思う。
基本技術のレベルアップ
最近気になっているのは、小中学生の時に強かった選手が、大学生、社会人になってから伸び悩む傾向があることである。
これは、第一には精神面の問題がある。小さいころから卓球、卓球でやってきて、大学になって自由になるとホッとしてしまう。強烈な向上心がないとトッププレーヤーになるのは難しい。これが第一の要因に思える。
しかし、技術面にも大きな問題がある。それが、基本技術の深さ(レベルの高さ)がないことである。
小さい頃からサービス、レシーブや勝つためのテクニックは身につけている。前陣両ハンドで合わせ打って相手のミスを待つのはうまい。しかし、ひとつひとつの打法に威力と安定性がない。より速いボールを打つ。より回転のかかったドライブを打つ。より速いタイミングで連打する。絶対に凡ミスしない。こういったことを、基本練習の時に深くつきつめてやっていないため、強い相手と対戦するとフォア対フォア、バック対バックの互角の打ち合いで打ち勝つことができない。
威力のあるボールを打つ体の使い方ができない。一発で抜ける決定打が打てない。基本打法の安定性がない...。こういったことでは、たとえ向上心があっても大成することは難しい。
大学生、社会人になってから悪いクセを直すために時間を使うのはもったいない。すんなり強くなる倍の時間がかかってしまう。
1、構えはいいか
2、バックスイングはいいか
3、膝の使い方はいいか
4、腰の使い方はいいか
5、重心移動はいいか
6、手首の使い方はいいか
7、フリーハンドはいいか
8、足の動きはいいか
9、振りきっているか
10、ボールをよく見ているか
―ビデオや連続写真の一流選手のフォームを参考に、自分の個性、戦型に合った合理的な体の使い方を常に研究しよう。そして、こま切れの練習ではなく30分なり、1時間なりじっくり使って、体の正しい使い方を体に覚え込ませる練習を取り入れることである。
体力作りがスポーツの基本
基本技術のレベルアップ同様若いうちから取り組んでおかなくてはならないのが体力づくりである。
卓球は激しいスポーツである。したがって、トップレベルの卓球の試合で勝つためには絶対に高いレベルの運動能力が必要になる。
人より速く動ける。人より長時間動ける。人よりバランスがよい。人より速い振りができる。何かひとつ特長があれば、それを中心に個性的な卓球を作りあげることができる。
体力は急にはつかない。長い期間かけての地道な努力が最後に花を咲かせる。
トレーニングについての話は卓球レポートの「トレーニングの実戦」で松本先生が詳しく述べているので、そういったものを参考にしてほしいが、中高生であっても、1日数キロのランニング、ダッシュ、腕立てふせ、腹筋...などの基礎的なトレーニングは、毎日20~30分、欠かさずにやりたい。
一升(いっしょう)の枡(ます)には一升の米しか入らない。
体力の器(うつわ)を大きくすることで中に入る技術レベルも高くなる。将来にむけ、体力づくりを心がけよう。
攻める時のフットワーク練習を
中国式前陣速攻の代名詞、前陣で両ハンドを同等に振るプレーをする荘則棟さん(元世界チャンピオン)が「卓球は足7、腕3」と語っている。どんな戦型であっても卓球にはフットワークが本当に大切である。
足が動いて、いい位置で常にボールが打てればボールに威力と安定性がでる。最近のパーソン、アペルグレンらヨーロッパのトッププレーヤーが極めて凡ミスが少ないのは、前陣、中陣、後陣で、日本選手を上回るようなフットワークを見せるからである。
フットワーク練習には幾つかの方法がある。
ひとつは、正確な足の動きと体の使い方をマスターするため、ゆっくり打球を続けながら、前後、左右に正しく動き正しく体を使って打つ練習。
もうひとつは、相手にロングやプッシュでランダムに回してもらい、両ハンドでしのぎ、つなぐ練習。これは守備的なフットワーク練習であり、前陣ではボールに近いほうの足を一歩動かして打つ逆足の打法が多くなる。
そして、もうひとつは威力あるフォア強打、フォアドライブで連続して攻める、攻勢をとって時のオールフォアのフットワーク練習。
これらのフットワーク練習の中でも、若い選手には特に、攻勢をとった時のオールフォアの動きを十分にやっておいてほしい。というのは、チャンスボールに対するストライクゾーンを広げておくこと、しっかり動いてチャンスボールに対し凡ミスしないことが、強くなった時に絶対に必要になるからである。
十分な理想的な体勢で打てるボールがふえるように、フットワーク練習を十分やろう。
グリップで卓球が決まる
若い選手が意外と気づいていないのが、グリップ(ラケットの握り方)によって、その選手のプレーが大きく変わってしまうことである。
グリップが固くて手首が使えないと、打球にスピードがでない、台上処理がうまくできないなどの欠点がでる。バック系技術をいくら練習してもうまくできない選手、フォアハンドが安定しない選手なども、グリップに原因のあることが多い。
グリップによって、その選手のフォームが変わる。得意の技術が変わる。自分が求める戦型に適したグリップを研究し、若いうちから正しいグリップで練習することである。
一流選手のグリップを本を見て研究するのもよいが、考え方としては、自分の主戦技術が最もやりやすく、かつ死角(しかく)のでない(ある技術が極端にやりにくいことのない)グリップがよい。フォア主戦のドライブマンがバック技術がやりやすくてフォアのやりにくいグリップにしたり、カット主戦型がカットのやりにくいグリップにするのは感心しない。無理な力が入らず自然に握れるグリップ。自分が一番速く動ける姿勢の時に合わせたグリップが望ましい。
目標をもってがんばろう
若い選手は誰もが希望に胸をふくらませている。
実際、筆者にしても中学時代はクラス一のドン足だった。が、大きな夢があった。向上心を持つ選手は誰もがチャンピオンになる可能性を持つ。
強くなりたいと思ったら、目標を持つことが大切である。ひとつは大きな目標、そしてもうひとつは身近な目標。そうすると自分の行動をその目標に合わせていきやすい。
大きな目標とは、将来オリンピックに出るぞ、とか、世界一になるぞ、といった夢である。人によっては、東大に入って全日本に出るぞ、といったものであるかもしれない。
相撲の世界では「3年後を考えて相撲をとれ」と言われる。3年後の成長した自分の姿を目標にして、スケールの大きな、チャンピオンにつながる相撲をとれという意味である。中学生の卓球の選手であれば、さしずめ「5年後を考えて卓球しろ」ということになるのかも知れない。「5年後には18歳で世界選手権にでる」という大きな目標があれば、そこから逆算して、今年は学校一、来年は地区大会へ、次は県NO.1...とチャンピオンになるために必要な道すじが見えてくる。体力作り、基本練習など、スケールを大きくする努力をしていきやすい。
次に身近な目標である。筆者の経験からいうと、この身近な目標を常に持つことがとても大切である。
大きな目標だけだと、ばく然としてしまい、いつまでに何をするか具体的なプランがたてにくい。ところが、「学校で一番になろう」という身近な目標だと、「A君の横回転サービスがとれなくちゃいけない」とか「B君のドライブを処理できなくちゃダメだ」とか、具体的な目標が見えてくる。そうすれば「学校一になるために1ヵ月後にはA君のサービスがとれるように、2ヵ月後にはB君のドライブが処理できるように」といったはっきりした練習計画がたつ。
これは何も技術練習だけに限らない。「今、二十回しかできない腹筋を一ヵ月後には三十回にしよう」といったトレーニング、その他の目標でもよい。
次代の日本を支えるのは若い読者の皆さんである。目先のことにとらわれることなく、目標を持ち、大きな飛躍を目指してほしい。
筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960~70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960~70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1991年9月号に掲載されたものです。