数少ないカット主戦型の攻略が世界で戦うカギになりつつある
―バタフライ・アドバイザリースタッフの朱世赫(韓国)は、2003年世界選手権パリ大会男子シングルスでセンセーションを巻き起こしました。銀メダルに輝いたとはいえ、当時の朱世赫は世界ランキング61位で、まったくの無名というわけではありませんでした。また、年齢も23歳で、とりたてて若いというわけでもありませんでした。どうして朱世赫が話題になったかといえば、カット主戦型としても珍しいタイプの選手だったからです。朱世赫の成功をどう考えますか?また、今後のカット主戦型はどうなるでしょうか?
マリオ 朱世赫の世界選手権パリ大会での活躍は、一面では驚きでしたが、逆にそうではないともいえます。
今、トップレベルではカット主戦型の数がどんどん減っています。しかし、その結果として、トップレベルに上り詰めようとする若い選手にとっては、カット主戦型攻略が関門となっているともいえるでしょう。なぜなら、毎日の練習だけでなく、国際トーナメントにおいてさえも、カット主戦型と戦う機会がほとんどなくなってしまっているからです。
―昔は違いましたか?
マリオ あまり古い時代に戻るつもりはありませんが、1970年代には今よりずっと多くのカット主戦型がいました。しかし、その後ドライブ技術が急速に進歩し、用具(ラケットとラバー)も進歩し、卓球がどんどん高速化していきました。1970年代末には、弾む接着剤も登場しました。
こうしてカット主戦型は減っていき、1980年代半ばには、ほとんどまれな存在になってしまいました。生き残ったのは、本当にハイレベルな選手たちです。代表的なのは、陳新華、王浩(ともに中国)、その少し後の松下浩二(グランプリ)、丁松(中国)、そしてマシュー・サイド(イングランド)などです。彼らは全員、「例外的な選手」といって良いかもしれません。
ですから、今後もトップレベルにカット主戦型が残ることができるなら、5年後にも世界選手権パリ大会のような驚きがあるかもしれません。
―朱世赫の例に戻りましょう。彼にはもう1度世界チャンピオンになるチャンスが巡ってくるでしょうか?
マリオ 残念ながら、少し難しいかもしれません。というのは、すべてのチームが彼のプレーを詳細に観察し、分析しただろうと思われるからです。すでに対策は出来上がっているでしょう。
カット主戦型でも攻撃的になる必要がある
―それでは、現在のような状況は、カット主戦型を目指す子どもたちにとってどのような影響がありますか?あなたは、若くて才能のある選手に、カット主戦型という戦型を勧めることができますか?
マリオ 難しい質問ですね。例えば、試合で受け身の傾向を示す選手がいます。ツッツキを好み、下がってプレーし、自分から攻撃を仕掛けることを好まず、むしろ待ち受けるようなタイプです。このような選手には当然、カット主戦型という戦型を勧めます。
ただし、レベルの問題はあります。初~中級レベルのカット主戦型ならば、受け身のプレーをしていても、私は「オーケー、彼の好きなようにゲームをやらせよう」と言うでしょう。
しかし、国際レベルを目指している選手を育てているなら、次のように考える必要があります。カット主戦型は完ぺきな用具を備えた攻撃選手に立ち向かわなくてはなりません。受け身のプレーでただ返球しているのでは、明らかに不十分なのです。朱世赫は、世界選手権パリ大会でこれを証明しました。カット主戦型として素晴らしい守備をする一方で、彼の勝利は攻撃的なカウンタードライブによって得られたのです。
朱世赫の積極性と松下浩二の積極性とは少し性質が違いますが、いずれにせよ、受け身のカット主戦型は、世界のトップレベルではノーチャンスです。カット主戦型であっても、攻撃的でなければならないのです。
―カット主戦型で世界ランキング10位以内に入ることは可能でしょうか?
マリオ 可能です。丁松を思い出してください。彼が少し前までそうでした。
しかし、次のようにいうこともできます。「特別な選手」というものはいるのです。そういう選手は距離を取ったときには安全に、卓球台の近くでは攻撃的にプレーできます。全般をよく見通すことができ、2つの異なる方法をうまくコントロールして、自分の中に取り入れて卓越したプレーができるのです。このような選手は賞賛に値します。
現代のカットプレーは、攻撃プレーよりもずっと複雑です。使用するラバーは裏ソフトラバーか表ソフトラバーかツブ高ラバーか、ツブは高いものか低いものか、スポンジはあるものかないものか、それらを踏まえて反転プレーをいかに効果的に使うか...など、非常に複雑なのです。
また、カット主戦型の運動量は多くなければなりません。1番効果のあるときに攻撃のイニシアチブ(主導権)を取り、卓球台から離れたら安全策を取るのです。そして、フォアからもバックからも攻撃できなくてはなりません。
優秀なカット主戦型というのは、どのような状況でも正しい答えを出すことができる、本当のオールラウンドプレーヤーなのです。そして、卓球というスポーツを豊かにするのは、そのような選手だと思います。
カット主戦型への対策
―攻撃型の選手は、カット主戦型対策として何をすれば良いのでしょうか?
マリオ 日ごろ練習しているかどうかが問題だと思います。カット主戦型が1人か2人いるチームでは、攻撃選手はカット主戦型と戦う能力を身につけ、カット主戦型がいないチームの選手よりも上手に対応できます。
中国や韓国ではどんなグループにもカット主戦型がいますが、今のヨーロッパにはカット主戦型がほとんどいません。そのため、ヨーロッパ選手は、カット主戦型対策という点でアジア選手よりも問題を抱えています。
―なぜ、ヨーロッパにはカット主戦型が少ないのですか?
マリオ これはあくまでも推測でしかありませんが、コーチが望まないのかもしれませんし、選手自身が好まないのかもしれません。模範とするモデルの問題もあるでしょう。
ドイツの子どもたちは誰もが、ティモ・ボル(ドイツ)のようになりたいと思っています。スウェーデンでもフランスでも、ヨーロッパではどこも同じような状況です。ヨーロッパにはカット主戦型としてお手本にする選手があまりいないのです。
―朱世赫の驚異的な活躍のおかげで、初~中級レベルではカット主戦型が成功しているように見えますが。
マリオ その通りです。しかし、レベルが高くなるに従って、カット主戦型で成功することはより難しくなってきます。週に1~2回の練習では、十分なカットプレーができるようにはなりません。
―最後に、カット主戦型の美学について教えてください。世界選手権パリ大会の男子シングルス決勝では、チャンピオンとなったシュラガー(オーストリア)と朱世赫の間で、観客を魅了する試合が行われました。あの試合をどのように思いましたか?
マリオ 世界選手権パリ大会の男子シングルス決勝は、観客にとって夢のような試合でした。2人の素晴らしい役者が正面からぶつかり合い、存分に技を披露しました。長い見ごたえのあるラリーで満ちていました。
しかし、攻撃選手と守備選手が対戦し、悲劇的な試合になってしまう場合もあります。それは、相手のプレーが読めず、一方的な内容になってしまう場合です。
(2005年7月号掲載)