大会取材で全国さまざまな場所にお邪魔していますが、まだ行ったことがないところもいくつかあります。第45回高校選抜が行われた福井県もその一つでした。選手たちの熱戦ももちろんですが、ご当地グルメも楽しみの一つ。福井といえば、鯖やカツ丼が有名なんだなと事前に情報を仕入れながら取材に臨みました。高校選抜は、主軸を担っていた3年生が抜けて新チームで臨む大会です。どのチームも手探り感があるため、接戦が多くなりがちです。予想通り今回も熱戦が続き、タイムテーブルが押しに押して、会場を出たのが夜の10時近くでした。
会場の外にはタクシーがいるだろうとタカをくくっていましたが、1台も見当たりません。慌ててタクシー会社に何軒か電話し、タクシーを呼ぼうと試みるも、どこも1時間はかかるとの返答。会場は福井駅からやや離れた郊外にあるため、重いカメラ機材を運びながら歩ける距離ではありません。どうしたものかと途方に暮れながら、取りあえず大通りを目指して長い直線道路を歩いていると、バスが走っていることに思い至りました。バス停の場所をスマホで検索してみるもうまく見つからず、誰かに聞こうにも夜の10時近くなのでほとんど人通りがありません。15分は歩いたでしょうか。ようやく大通りらしき道沿いにラーメン屋の灯が見えてきました。店に入り、食べずに失礼と知りつつもバス停の場所を尋ねたところ、若い店員さんが丁寧に対応してくださいました。すると、最寄りのバス停に行くためには来た道を戻るというではありませんか。
店員さんに丁重にお礼をして店を出たものの、またあの長い直線を歩くのかとがっくりしながら重いカメラバッグを引きづり始めると、「すみませーん」と後ろから声がします。誰かと振り向くと、先ほどの店員さんが少しはにかみながら小走りに近づいてくるではないですか。何か忘れ物でもしたかしらと言葉を待っていると、「よければ駅まで送っていきましょうか?」とのご提案。あまりの信じられなさにしばし呆然としましたが、交通手段に縁遠く、取材で疲労している身にとっては神のお告げにしか聞こえません。遠慮するそぶりを見せつつも、送っていただくことにしました。ただ送っていただくだけではさすがに悪いので、ラーメンを食べてからお願いしますと提案すると、「万が一、店が混んだら送っていけなくなるので今行きましょう!」とのお言葉。何たる男気!
というわけで、見ず知らずの人に駅まで車で送っていただくという僥倖に巡り会いました。駅に着いて車から降りる際、店員さんに名前を尋ねると、少し照れながら「オオモリです」と答えてくれました。最初はタクシーの少なさに毒づいていましたが、都会ではありそうもない人情に触れて福井県の印象が一変しました。鯖もカツ丼も食べられなかったけれど、福井県サイコーです!オオモリさん、ありがとう!
(猪瀬健治)