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らくご卓球クラブ監督 林家こん平さんが逝去

 落語家の林家こん平(はやしや こんぺい)さんが2020年12月17日に逝去された。77歳だった。
 林家こん平さんは無類の卓球好きであり、「らくご卓球クラブ」を結成して自らプレーにいそしんだほか、メディアで卓球の魅力に言及するなど、卓球の普及に取り組んでこられた。日本卓球協会からは名誉5段の段位を贈られている。

 「らくご卓球クラブ」は1987年5月13日に発足。発足時のメンバーは35人で、林家こん平さんは監督に就任し、三遊亭小遊三さんがコーチに就任した。以来、バタフライ卓球道場で毎週月曜日を練習日として活動。こん平さんを慕って仲間が増え、追って結成された俳優卓球クラブ、音楽家卓球クラブなどもあわせた月曜卓球クラブとして、33年がたった現在では総勢55人を数えるまでになっている。

1987年、こん平さんを中心にらくご卓球クラブが発足

2007年、らくご卓球クラブ20周年を祝う会にて

2017年、らくご卓球クラブ30周年を祝う会にて


 林家こん平さんは大会にも積極的に参加。らくご卓球クラブが発足した1987年には全日本クラブ卓球選手権大会の3部に招待され、らくご卓球クラブは予選リーグ2試合を戦った。林家こん平さんは第1試合のトップに出場し、スマッシュを連打していた。

こん平さんのスマッシュ

1987年、全日本クラブ卓球選手権大会にて


 世界ベテラン卓球選手権大会は、1998年マンチェスター大会に初参加。試合後、卓球レポートの取材にこうコメントされていた。

「世界中の人たちがウキウキしていました。街にもユニホーム姿の人たちがたくさんいて、見しらぬ人たちがお互い卓球をやってるってことで気楽に手を上げて国際親善。卓球をやっててよかったなと思いましたね。<中略> 今回は、気分的にはメダル獲得。そのメダルの色も金や銀ではなく、ばら色の気分です」

1998年世界ベテラン卓球マンチェスター大会にて


 その後、2000年バンクーバー大会、2002年ルツェルン大会に出場し、2002年ルツェルン大会では三遊亭小遊三さんと組んだ男子ダブルスで記念すべき世界ベテラン初勝利を挙げた。

2000年世界ベテラン卓球バンクーバー大会にて

2002年世界ベテラン卓球ルツェルン大会にて

こん平さんと小遊三さんのペアは、後列左端のペアに勝利


 林家こん平さんは2004年より病気のため『笑点』を休業。療養される中、卓球をする頻度はそれ以前より減ったものの、リハビリも兼ねて続けてこられた。2017年1月には、らくご卓球クラブ創立30周年を記念する会に来場してプレー。2018年1月の新春初打ち会にも来場し、バタフライ卓球道場の改修工事が始まる直前の2018年7月にも練習に姿を見せていた。

2017年、らくご卓球クラブ30周年記念の会にて

2018年1月のプレー姿


 その人柄で多くの人を魅了し、落語はもとより、卓球の普及に多大な功績を残された林家こん平さん。卓球をしながら上げる楽しげな歓声が、今もこだまするような気持ちになる。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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