元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄から「卓球界の賢人」として名高い上田仁が、確かな実力と経験に裏打ちされた深く鋭い洞察力で世界卓球2023ダーバンの攻防を読み解く。
今回は、世界卓球3日目の男子シングルス2回戦に出場した吉村真晴、樊振東、宇田幸矢の戦いぶりを解説してくれた。
▼男子シングルス2回戦
梁靖崑(中国) 5,5,-10,4,12 吉村真晴
吉村対梁靖崑は、両者の力からすると本来であればもう少し先のラウンドで当たってもおかしくないカードでした。
吉村は今年の1月に行われたアジア大陸予選で馬龍(中国)に勝っていることもあり、梁靖崑はスタートから気合いが入っていましたね。序盤からほぼ凡ミスをしない梁靖崑が2対0とリードする展開でしたが、吉村のプレーも決して悪くなかったと思います。3ゲーム目の7-10から、バックハンドで回り込んでのストップを機に逆転で取った時は流れを引き寄せたかなと思いましたが、ここで流れを渡さないのが梁靖崑の、そして中国の強さでした。
梁靖崑は4ゲーム目のスタートからサービスをYGサービス(逆横回転系サービス)に切り替えてきました。このサービス変更には、吉村にストップをさせず、チキータをさせて大きなラリー展開にしたい意図があったと思います。このサービス変更に4ゲーム目を奪われて1対3とされ、吉村は後がない状況に追い込まれました。
続く第5ゲーム、バックサイドの展開で有利にゲームを進められていなかった吉村は、バックハンドで思い切ったストレート攻撃を使って7-1と大きくリードしました。このままゲームを返すかと思われましたが、梁靖崑のプレーが素晴らしかったですね。鍵となったのは、何気ないかも知れませんが吉村のバック側へのツッツキでした。吉村はこのツッツキからのパターンで3点失いましたが、ツッツキが頭に残って台の中へ入るのが少し遅れて先手を取りにくくなり、梁靖崑に巻き返されてしまった印象です。
吉村は第5ゲームを取り、ゲームカウント2対3にできれば勝機を見い出せたと思いますが、それを許してくれないあたりに、中国選手に勝つ難しさを改めて痛感する試合でした。
▼男子シングルス2回戦
樊振東(中国) 4,4,-9,2,8 ジオニス(ギリシャ)
第1シードで前回王者の樊振東の初戦の相手は、カット主戦型のジオニスでした。
連覇を目指す樊振東がどのように初戦を戦うのか注目しましたが、最初の2ゲームは余裕すら感じさせる内容でジオニスを圧倒しました。しかし、ジオニスも43歳を過ぎて今なお世界のトップで活躍し、長年世界の猛者たちと戦ってきている百選練磨のカットマンです。樊振東に完璧に打ち込まれる展開から、リスクを負った攻撃やナックルカット、さらには樊振東の感覚を狂わすかのようにテニスのロブのような高いボールなどを織り交ぜて1ゲームを奪い返したあたりはさすがでしたね。
しかし、1ゲームを奪われたことで樊振東がさらにギアを上げて攻めを強くし、危なげない内容で勝利を収めました。まだまだ序盤ですから、樊振東はこれからさらに状態を上げてくると思います。
▼男子シングルス2回戦
宇田幸矢 7,16,-7,9,9 コズル(スロベニア)
宇田は、昨日及川(及川瑞基)に勝利して良い状態にあるコズルとの対戦となりました。
1ゲーム目から好ラリーが連続する展開になりましたが、サービス・レシーブで宇田が少し有利に試合を進めていたので、コズルよりも高い打球点を捉えることができ、押し切る展開が多かったですね。要所でのロングサービスも有効でした。
2ゲーム目は8-4と良い形でリードをしますが、コズルもじわじわと追いついて長いジュースになり、何度もゲームポイントを握られる苦しい展開でしたが、ツッツキやチキータの細かいコース取りでポイントを重ねてしのぎました。結果的に、このゲームを取ったことが大きかったと思います。
3ゲーム目は、コズルがハイトスサービス(投げ上げサービス)と巻き込み系サービスをうまく使い分けて宇田のチキータを封じる戦術で1ゲームを返します。
続く4ゲーム目は互いに一進一退の攻防が続きましたが、宇田が中盤で使った下回転サービスと、9-9の場面で強気のロングサービスが効いて、このゲーム競り勝ちました。
5ゲーム目も4ゲーム目同様の展開になり、7-9とリードを許しますが、ここでまたも下回転サービスを相手のフォア前に出してエースを2本取れたのが大きかったですね。宇田は、全ゲームを通して、競り合いでの思い切りの良さの中に、中盤で有効だったサービスを最後に持ってくる冷静さがあったことが勝負の決め手となりました。また、「サービスを相手のフォア側に少し出して相手が持ち上げてきたボールを回り込んで攻める」というパターンが宇田は得意なのですが、そのパターンがほとんどなかったのは珍しかったですね。自分の得意な展開をあまり見せずに試合を勝ち切ったところは評価できるのではないでしょうか。加えて、ラリーになる前にバックハンドでしっかりブロックできていたことで台から不用意に下がらず、得意のフォアハンドにつなげることができていました。要所でのフォアストレートもよく決まっており、状態は少しずつ上がってきたかなと思います。宇田には「及川のリベンジありがとう」と、この場を借りて及川の先輩として感謝を伝えたいです。
初戦の戦い方も含め、この2回戦も自分の得意ではないところで点数を取れていたあたりに宇田の成長を感じました。自分の得意な展開も増えていけば、さらに状態は上がっていくと思います。
勝った宇田の次戦は、戸上(戸上隼輔)と王楚欽(中国)の勝者との対戦になりますが、できることなら戸上との同士討ちを見たいですね。宇田は状態が上がってきていますから、どちらが勝ち上がってきても良い試合をしてくれると思います。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)