スポーツライターの高樹ミナ氏がダーバンから選手の声と現地の様子をお届けする本企画「高樹ミナのダーバン便り」。国内外で選手たちを間近で見続けてきた高樹氏の目に、大舞台でプレーする選手の姿はどのように映るのか。デイリーで配信中!
今回は大会5日目は、混合ダブルスで準決勝進出を決めた張本智和/早田ひなと、メダル獲得を期待されながら3回戦でドイツペアに惜敗を喫した宇田幸矢/戸上隼輔の2ペアの明暗に焦点を当てた。
世界卓球2023ダーバン(2023年世界選手権ダーバン大会ファイナル〔個人戦〕)も折り返し。大会5日目の5月24日は日本勢の試合ラッシュで、現地時間午前11時から午後9時過ぎまでほぼ引っ切りなしに10試合が行われた。
こうなってくると取材も立て続け。最終の試合が終わった頃には朝一番の試合が昨日のことのように感じられ、記憶もおぼろげだ。一日が長い「世界卓球あるある」である。
その中にあってこの日、日本代表チームが最も沸いたのは張本智和(智和企画)/早田ひな(日本生命)の混合ダブルスのメダル確定だった。
ダブルス種目に強い韓国の林鐘勳/申裕斌をストレートで下しベスト4入り。順位決定戦のない世界卓球で日本勢最初のメダルを決めた。
2人の世界卓球でのメダル獲得は前回、個人戦で行われた2021ヒューストン大会の銀メダルに次いで2大会連続となる。
当時に比べ早田とのコンビネーションが格段に良くなった張本は試合前、早田から共有された情報を念頭に「1球目から相手の女子選手のフリックレシーブがあると思っていて、その通りのボールが来た。そこが読めていたので調子が上がっていきました」と明かし、この第1ゲームを競り合いで取れたことが勝利に繋がったと話した。
一方、早田が警戒したのは林鐘勳のパワーボール。
「ビデオで見ると左(利き)の林選手は結構思い切ってパワフルに振っているんですけど、今日はそれを自分達が抑えることができて、相手に全く卓球をさせないまま3対0で勝つことができた」と自信を深めた。
ところが世界卓球2大会連続のメダルが決まっても、2人はほとんど表情を変えない。目指すのはただ一つ、金メダルだけだという思いがあるからだ。
「日本は金メダルを取ったこともあるので、メダル1つ目というのは少し嬉しい気持ちもありますけど、ゴールはここじゃない」と張本が言えば、「(自分達の目標は)最低メダルというのはもう無くなってきている」と早田。
2017年デュッセルドルフ大会で日本勢48年ぶりの混合ダブルス金メダルに輝いた吉村真晴(TEAM MAHARU)と石川佳純さんの快挙に並ばんと意気揚々だ。
その一方で、やはりヒューストンに次ぐ連続メダルを目指していた男子ダブルスの宇田幸矢/戸上隼輔(明治大学)は3回戦で敗退。このラウンドで当たるにしては強敵のオフチャロフ/フランチスカ(ドイツ)にフルゲームで悔しい負けを喫した。
ヒューストン大会では銅メダルを獲得し、今回は金メダルが目標と宣言していただけにメダルにすら届かなかったショックは大きい。
「まさかここで負けると思っていなかった。本当に悔しい」(戸上)
「もっともっと高いところを目指していたので、悔しい気持ち」(宇田)
第3ゲームまでコンビネーションが良く、競り合いにも勝って、ゲームカウント2-1でリードしていた。ところが第4ゲームに入ってすぐ、2人の動きがおかしくなった。
理由はゲームポイント1-3の場面で、サービス側のオフチャロフが宇田/戸上に対し「(レシーブの構えに入るのが)遅いのではないか」と主審に訴えたのがきっかけだ。
これでイエローカードをもらった宇田/戸上はポイント間の話し合いが十分にできなくなり、コミニュケーションが取れなくなってコンビネーションが崩れたという。その時の状況を2人はこう振り返っている。
「冷静に我慢してプレーした結果、2ゲーム目と3ゲーム目を競り勝って、でも4ゲーム目の途中から相手のペースに引き込まれてしまった。相手のサービスで、こっちがレシーブのときにオフチャロフ選手から『遅い』というようなことを言われてイエローも出てしまって。そこから頭が真っ白というか、早く(レシーブに)入らないとって」(戸上)
「イエローカードがあって、それまではコンビネーションについても喋れたので、お互いのことを理解しながらという感じだったんですけど、(イエローカードが出てからは話し合いも)簡単にまとめないといけないというふうに頭の中がシフトしてしまって、(戸上に)伝えるべきことも伝えられないまま試合に入ってしまった。4ゲーム目からはすごく焦ってるプレーが多かった」(宇田)
海外の選手の中にはプレー以外でプレッシャーをかけてくるケースがしばしばある。そうした心理的な揺さぶりも戦術の一つなのだ。
世界卓球でいえば2017デュッセルドルフ大会で、当時まだ13歳だった張本が男子シングルス4回戦でベテランのピスチェイ(スロバキア)から、レシーブの構えに入るときに出す声について再三抗議を受け、そのゲームを落としたことがあった。
戸上は声を絞り出すように言う。
「アジアではなかなか見ない光景だと思うんですけど、僕もブンデスリーガへ行ってそういう経験もしてきた。でも、こういう大舞台では初めてに近い形だったのでプレッシャーを感じて(自分を)見失ってしまった」
戸上も宇田も、この世界卓球に向け右肩がりに調子を上げてきた。それだけに悔やまれる結果だ。
しかしこれも世界王座を争う世界卓球の洗礼。2人にはこの苦い経験を糧に、またさらに強くなってほしい。
(文=高樹ミナ)