元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄から「卓球界の賢人」として名高い上田仁が、確かな実力と経験に裏打ちされた深く鋭い洞察力で世界卓球2023ダーバンの攻防を読み解く。
今回は世界卓球8日目に行われ王楚欽(中国)対馬龍(中国)の男子シングルス準決勝を解説してくれた。
▼男子シングルス準決勝
王楚欽(中国) 9,8,3,-6,7 馬龍(中国)
絶対王者対次世代エースの戦いになりました。
馬龍は世界卓球とオリンピックの大舞台では、団体戦も含めてここ数年負けがありません。その馬龍に4月に行われたWTTチャンピオンズ マカオで勝利を収めている王楚欽がこの大舞台で念願の馬龍越えを果たすのか、それとも馬龍が高き壁となるのか注目の一戦でした。
第1ゲームの序盤は、馬龍が安定感抜群のプレーでリードを奪いますが、王楚欽が強烈なチキータとバックハンドで追い付きます。王楚欽は終盤に巻き込みサービスに切り替えて得点を重ね、第1ゲームを逆転で物にします。
第2ゲームも王楚欽の猛攻が止まりません。馬龍も得意のツッツキで王楚欽に持ち上げさせてカウンターやブロックで振り回す展開に持っていきたいところでしたが、王楚欽もツッツキを持ち上げると馬龍にそうされると分かっていたので、ほとんど一発で打ち抜くようなボールで馬龍に時間を与えませんでしたね。ツッツキを一発で強打する技術はミスするリスクが高い技術ですが、王楚欽にほとんどミスが出ませんでした。このプレーに王楚欽の技術力の高さと状態の良さが表れていたと思います。
しかし、王楚欽の強打に押されながらも馬龍が食い下がり、このゲームも競り合いになりますが、王楚欽が第1ゲームの後半に使った巻き込みサービスからの3球目で得点を重ね、ゲームを連取します。
続く第3ゲームも王楚欽が圧倒して迎えた第4ゲーム、このまま終わってほしくない絶対王者に対して、場内から馬龍コールが巻き起こります。その声援に少し動揺して勝ち急いだのか、王楚欽はここまでの完璧なプレーがなりを潜め、馬龍がようやく1ゲームを返します。よく「卓球はメンタルスポーツ」と言われますが、王楚欽のミスが目立つプレーにはその格言がよく表れていたと思います。
第5ゲームはスタートから王楚欽が勝負をかけてきましたね。王楚欽はここまで、慣れさせない目的で馬龍が嫌がっていた巻き込みサービスを各ゲームの後半でしか出していませんでしたが、第5ゲームはスタートから巻き込みサービスを使って得点を重ねます。
しかし、コートをはさんで対峙しないと分からない馬龍の圧があるのか、王楚欽はツッツキを持ち上げて狙われたり、凡ミスが出たりして、なかなか馬龍を突き放せません。このまま馬龍のペースに捕まったら逆転もあるかと見ていましたが、王楚欽は巻き込みサービスが最後まで効いたのが幸いしましたね。
10-6と王楚欽がマッチポイントを握ったところで、またも馬龍コールが会場からわき起こり、1本を返されますが、最後は王楚欽が馬龍を振り切りました。
次世代エースが絶対王者を打ち破った歴史的な瞬間でしたが、その一方で、長年チャンピオンでありつづけた馬龍が敗れる姿に寂しさを感じる瞬間でもありましたね。しかし、同士打ちにもかかわらず場内から馬龍に送られたエールは、それだけ馬龍が特別で偉大な選手であることを示していたと思います。
勝った王楚欽は、この試合でも、ここまでの勝ち上がりを見ても本当に強いですね。男子シングルス決勝は、男子ダブルスでともに頂点に立った樊振東との決勝ですが、混合ダブルス、男子ダブルスに続く三冠なるか注目です。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)