元日本代表の経歴を持ち、その真摯な人柄から「卓球界の賢人」として名高い上田仁が、確かな実力と経験に裏打ちされた深く鋭い洞察力で世界卓球2023ダーバンの攻防を読み解く。
今回は世界卓球8日目に行われ樊振東(中国)対梁靖崑(中国)の男子シングルス準決勝を解説してくれた。
▼男子シングルス準決勝
樊振東(中国) 5,-7,10,7,-8,8 梁靖崑(中国)
樊振東対梁靖崑は前回大会の準決勝と同じカードです。樊振東は連覇のために負けられない一戦ですし、梁靖崑も昨日の張本智和との激闘を乗り越えて勢いがあります。
お互いに力強いボールを放つので、壮絶なラリー展開を予想していましたが、その通りの試合展開でしたね。結果として樊振東がゲームカウント4対2で梁靖崑を退けるわけですが、とても見応えのある試合でした。
そして、この試合は今大会の中国選手に共通している「ある技術」の精度の高さをお互いに見せつける内容の試合でもあったと思います。
ある技術とは、ずばり「ツッツキ(ボールに下回転をかける技術)」です。ツッツキといっても、ただのツッツキではなく、勢いのある深くて低いツッツキのことです。このツッツキを送られると強打が難しいので、どうしても持ち上げるようなドライブになります。それを見据えて、ツッツキを送った後に台から少し距離を取ってカウンターを仕掛けるパターンをお互いが多く使っていました。樊振東や梁靖崑がこの試合で繰り出し合った精度の高いツッツキは、今後、チキータやストップをより生かすためのトレンドになると思います。
試合内容としては、第3ゲームの攻防が大きな鍵でした。
ゲームカウント1対1の10-8で樊振東リードの場面で、梁靖崑がこの試合で始めてYGサービス(逆横回転系サービス)を出す構えを取ります。そこから一転してロングサービスを出し、チキータで狙おうとした樊振東の思惑を外します。次のプレーでは、ロングサービスを見せたのでチキータはされないだろうと読んだ梁靖崑がYGサービスを樊振東のフォア前に出し、読み通りにストップをチキータで狙い打ってジュースに追い付きました。ゲームポイントを握られている状況でしたが、梁靖崑が素晴らしい読みとサービスの精度を見せたと思います。
この2本の点数の取り方を見る限り、梁靖崑の強気な攻めと読みがはまってこのまま第3ゲームを逆転で奪うと思われましたが、ここからが樊振東がほかの選手とは違うところでしたね。
10-10での樊振東のサービスに対して、梁靖崑はこの場面でもはじめて見せるフォア側への強烈なチキータを放ってきました。普通ならまず取れないボールです。しかし、樊振東は意表を突かれているのにもかかわらずフォア側へ飛びつき、ストレートへ打ち返して得点してしまいました。「このチキータを返すのか」という梁靖崑のあっけに取られたような表情が印象的でしたね。
続くラリーでは、梁靖崑が樊振東のツッツキレシーブに対し、勝負をかけて回り込んで樊振東のミドルへ一撃ドライブを放ちます。このボールも決まってもおかしくありませんでしたが、樊振東が見事なボディーワークとラケットさばきで返球し、ゲームカウントを2対1にしました。
この第3ゲーム終盤の攻防には、樊振東の対応能力の高さや梁靖崑の鋭い読みと仕掛けなど、お互いの持ち味が凝縮されていました。素晴らしい駆け引きだったと思います。結果的に、このゲームが勝敗を分けたと私は分析します。
その後も素晴らしいラリーが続出しましたが、要所を押さえた樊振東に軍配が上がりました。
樊振東の決勝は、ダブルスのパートナーでもある王楚欽です。
樊振東が連覇なるか。それとも、王楚欽が中国選手としては初のサウスポーのチャンピオンになるのか。いろいろと歴史に残る試合になりそうで非常に楽しみです。
※文中敬称略
(まとめ=卓球レポート)