第二章 どうしたら勝てるか
一 感謝はするが満足はせず
ホ、打点、打振で球威がきまる
藤井則和選手を語るついでに、打点、打振について私の見解を述べてみたい。昭和二十一年度から四年連続日本一になった藤井は一年休んで昭和二十六年度も五度目の日本一に輝いた。その二十六年度の全日本決勝は新鋭の中恒造選手(早大)との対決だった。
もちろん、藤井の勝利と多くの人が思ってはいたが、思い切った強打で絶好調にあった新鋭の中が、捨身で当れば面白い決勝になるぞ!と期待した向きも多かった。
さて、どんな試合展開になるか、みんな静まりかえってプレーボールを待った。相手が守備とか、オールラウンド型の選手であれば、藤井は決して無理な強攻策はとらない。当時、佐藤博治、中田鉄士、田舛彦介などが相手なら、藤井はじっくり腰を据えて仕事にかかり、相手をカットに追い込み、ストップをかけては攻撃に出てくる。(中田選手が一度藤井を破ったが、これは藤井の用心深さが過ぎて固くなったため、と思う。)しかし、猛攻撃に出てくる相手とわかっていれば、スタート前から一瞬のスキも見せず、自分から先制攻撃に出るのが藤井である。
さて、試合は中のサーブで始まった。中は、彼がよく使う短いサービスを藤井のフォアの前に小さく出した。ライオンがネズミを狙うように、腰を低く、バックサイド深めに構えていた藤井の上体がスルスルとフォア前へ伸び、彼の長い右腕が右前一杯に伸びた。その一瞬、藤井のスナップショットで、打球はフォアのコーナーを見事なノータッチで走った。
みんなアッ!と声をのんだ。中は慎重に次のサービスの構えに入った。また、フォア前だ。藤井の上体は全く前と同じフォア前に走り、またも目の醒めるようなノータッチなのだ。みんなもびっくりしたが、中も驚いたことだろう。
第三球目のサービス。これがまた、判で押した様にノータッチなのであった。そのあとをくわしく覚えていない。たしか中選手はサービスミスなどで0-5の最悪のスタートとなってしまったのである。試合はまったく、ワンサイドゲームで終った。
後世に、藤井は豪快なロング選手、と云われているが、彼の柔軟なボディワークで、長い腕を伸ばし切ってやっと取るときの彼の打球は、手首とヒジの働らかせ方が素晴らしかった。中陣の打合いでフォアサイドに走らされた時、ギリギリに伸ばした右腕から相手の両コーナーを狙うことが彼には出来た。
また、私がバックへ彼を追い、彼のボディにスマッシュを浴びせた時、グッと腰を引き、上体をさらに後ろへ引いて腹の上スレスレにボールをかわして、腰の横から打球して私の両サイドを狙うことも、彼には出来た。
私がここで指摘したいのは、打点のとり方のうまさだ。どんなショートサービスでも、球はネットを越えて入ってくるのであるから、その球のバウンド頂点はネットより高くなるのが普通だ。その頂点をとらえるフットワークとボディワークがあれば、レシーブスマッシュが出来るはずだ。
それが出来ないのは、レシーブの構えが悪いか、または出足が悪いか、もっと原点であるカンとか反射神経とか、発進のバネがおそいのである。そのポイントをきびしく徹底的に探究して、レシーブの創意工夫を自らやっている選手が、今の日本に果して何人あるのだろうか。
戦前の全盛期に無敵を誇った今孝選手は、フォアハンドは得意ではなかったが、バックハンドでレシーブスマッシュ(スナップショット)を時折り見せていた。ネットより低い球でもスナップ処理が、今選手には出来たくらいだ。ここにくわしくは述べないが、攻撃戦での打点は、できれば一センチでも前でよい打振をした方が勝ちだ。作戦上わざと後陣でとる場合を除いて、攻撃戦での打点は、一センチでも後退したら負けだと知るべきである。
最近行われた一九八三年世界選手権東京大会では、中国は六種目に優勝した。中国の強さは圧倒的のように見えた。しかし、よく注意して見ると、中国が、女子単や男子単で追い込まれたゲームにおいては、例外なく彼らは意外にもろい一面を見せていた。
追い込まれた時には、サービスミスも多く出るし、スマッシュミスまで出るところはどの国の誰でも同じだ。心境が平静で、リードしている時は、中国は減法強く見え、あれでは到底どうにもならぬと考えさせるが、せり合った時は弱味を見せる。この時が本当の中国選手の力である。
日本選手のレシーブがもっと巧みになったら、中国選手のサービスミスが出るか、サービスが甘くなるはずなのだ。藤井が中との対決で、試合開始直後に三本のレシーブスマッシュを決めた時、中選手はもうすっかり自信を失い、ガックリときたのである。「日常の生活においては、やさしさとか、弱さの見える藤井君がいったんコートに向う時、どうしてあれほどの強さを示すのか」と西山恵之助さんと語合ったこともある。
サービスとレシーブには、相手を恐怖させる威力が必要だ。これが出来るかどうか。ラリーに入ってからの打合いの研究とはちがって、この訓練は焦点がしぼられていて大してむずかしくはない。要はやる気になってやるかどうかだ。
ラリーに持込めば、日本の力は中国に負けないだけの基礎がある。ラリーが第五球以後になったら、日本側のフォアハンド長打力が有利に展開しているのが、過去のデータで云える。
このラリーのスイング(ストローク)について一言したい。大体スイングというのはどの位大きく振ればよいのか。小さい振り方がよいのかどうか、等の議論が時折り交される。この原則をよく考えておこう。
ネット際や、コートに接近したところでのスマッシュは、バックスイングを小さ目にし、シャープに振るのがよい。しかし、台から離れれば離れるほど、しっかりしたバックスイングを持たなければ、威力のあるボールにはならない。
一般的に云えば、中国選手は前陣型で、プレーの速さで勝負するタイプだから、一様に小さいバックスイングで、上体ととヒジと手首そしてゆびまで合理的に使う。日本は、手首やゆびの動きは少なく、足腰と全身で大きな打ち方になっており、動作のにぶい点が中国に狙われる点になっている。しかし、長いラリーになったら日本の本領が発揮される、場合が多い。
ここでもう一度しっかりとスイングの合理化を考えておきたいものだ。前陣戦では、バックスイングは出来るだけ短く、シャープに。長いラリー戦では大きなバックスイングで、迫力ある打球を相手コート深く叩き込んで戦わねばならぬ。その長打、短打とも、自己のスイングを十分研究し、もっと迫力を出すにはどうしたよいのか、の研究を各自が怠ってはならないのである。
藤井則和選手はこの点が実に合理的であった、と思う。ネットプレーはスナップでやり、中間のプレーはバックスイングを短くとって、実によい打点でピシッ!と打った。そして長打は十分なバックスイングをとっていた。打点が最善であること、振りがシャープであるので実に威力ある打球になっていた。
では、どんな点がシャープといえるのか。スイングの速さ(ラケットの動きの速さ)が第一だが、打球点とそのあとの振り(フォロースルー)が十分迫力あるスイングになっているか、これが大切な点だ。即ち、ボクシングで相手をなぐっても、その打点のあとすぐ力が抜ける様な打ち方では、相手は痛くない。卓球も、打点のミートがラケットの芯でとらえ鋭いスイングで、フォロースルーに迫力がなければ球の威力はない。
長打では相手コートに入ってグーンと球の威力が増すのでなければならないが、ここにバックスイングのとり方と十分なフォロースルー、そして体勢全体の働きがあらわれる。ちょうど、ネットプレーはピストル型(短銃)打法で、長打は大砲のような長い銃身が必要なのだから。
カット打法でも、フォロースルーは非常に重要で、打球の切れ味や変化はフォロースルーのとり方で自由に変化させることができなければならない。
[卓球レポートアーカイブ]
「卓球は血と魂だ」 第二章 一-ホ、打点、打振で球威がきまる
2013.06.20
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