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「卓球は血と魂だ」 第三章 七 情熱と努力

第三章 卓球の炎をかかげて

七 情熱と努力

 栃木県真岡女子高校の卓球監督として三〇年間、インターハイや国体で優勝準優勝の活躍をしてこられた大島俊之助先生が今春で定年退職された。今後はご自宅に卓球台一台を新設され、小学生の英才訓練に新しい情熱を注がれる。高潔な人格者であり、県下初の知事表彰も受けられ、日本代表チームの監督まで務められた先生が、自宅で小学生と取組み、将来の大選手への基礎づくりをと決意されているのである。卓球日本の将来と取組むテストケースとしての期待も大きい。「握り方はシェーク第一主義でいく。ラバーはいろいろ積極的に使わせる。練習法も古い考え方にこだわらない」という、先生独自の発想にも興味がある。韓国や中国にも行ってみたいが、まずある程度体験してからだ。体験からにじみ出る欲求があってこそ見学が生きる、と言われるところも流石である。

 学校スポーツのあり方の論議の中には、弱いクラブに多くの予算をやるべし、という意見もあるそうだ。私は、あるベテラン記者の話をした。「モントリオールのオリンピック村を退去した時のことだが、日本選手団の部屋のあと始末ぶりは、バレーとか体操とか、メダルを獲得した強い日本選手団の部屋は整然としており、弱いチームほどちらかっていたそうです」と。大島先生は大きくうなずかれた。「私の合宿指導は、いつでもサッと退去できるように常に清潔にしておけ、と命じます。どんな合宿に入っても、まず私も一緒に雑巾がけをやります」。

 世の中には何が公平か、なにが平等なのかで混乱することがある。学校スポーツの問題の一つは予算の配分である。また、日教組関連の主張の一つは、一定の勤務が終ったあとの余分なスポーツ指導なんかやるな。日曜日が試合でつぶれたら代休をとれ、との指導?があるが「そんなことを考えているようではよい指導はできません。指導者は進んで選手と起居行動を共にしなければならぬ」のだ。いまの社会は、どうかすると学歴偏重の幣害があり、授業はほどほどにして塾の副収入に熱を入れる先生も多い反面、運動部員の指導に打込む先生には持出しはあっても収入はない。素晴らしい学校スポーツの指導者のあるところに真に健康な全人間教育がある、と言ってよいのではなかろうか。

 最近“人間・その無限の可能性”という本を読んだ。著者は平沢興先生。新潟県の農村出身、医学を志し脳細胞研究の大家。元京都大学総長。自称バカ誠実な人間の由だが、優れた人格者、教育者としてしられる。「誰の頭脳の中にも一四〇億の神経細胞があるが、最大の努力家でもその人の一生に半分強しか使っていない。学校の成績は大してアテにならぬ。人生で最もすばらしいことは、何かに情熱をもやし、努力することだ」と言われる。

 先生ご自身、大学一年生の時、学問のみの人生に行きづまりを感じて自殺を決意したが、夢に出てきたベートーベンの言葉に励まされて再起し奮励努力した、と詳しく述べておられる。平沢先生のご体験からすれば、勉強のみの人生からは真に価値ある創造的人間はできないそうだ。何かにつまずいて苦しんだり、また、スポーツで苦難とたたかい、それを克服してきたような人間が世の役に立つ、と語られている。

 指導者も選手も、自らの情熱と努力の質をかえりみ、もう一度再出発を考えてみたいものである。
(卓球レポート一九八二年四月号)

 

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