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「作戦あれこれ」第55回 ヨーロッパ選手権男子シングルス決勝ヒルトン対ドボラチェク

 今回は、つい先日スイスのベルンで行なわれたヨーロッパ選手権の男子シングルス決勝戦、アンチトップスピンラバーと裏ソフトラバーを巧みに使うヒルトン(イングランド)とグランパ、ダグラス、ベンクソンの強豪を次々と倒したドライブ主戦のドボラチェク(チェコ)の試合を紹介しよう。

 アンチを使う選手が昨年の全日本大会でV5

 日本でも1~2年前から裏ソフトとほとんど同音、同色のアンチトップスピンラバーが開発されたことでアンチを見直す選手が増えてきた。吉田勝之選手(九産大→日本楽器、'79年全日本学生No.1)がイボ高ラバーからアンチに変え、和田理枝選手(中大、'79年全日本No.1)が表ソフトからアンチにかえて見事に成功した。高校時代から使用している川東加代子選手(第一勧銀)は、昨年全日本社会人で単、複、全日本で複の3種目に優勝、昨年1年間だけでなんとアンチを使った選手が全日本と名のつく大会で5タイトルを取った。
 昨年の平壌世界選手権でも、アンチを使うカットマン李成淑選手(朝鮮)が、優勝候補の張立・張徳英選手(中国)を破ってシングルス準優勝したのも記憶に新しい。中学生、高校生の大会でもアンチを使う選手が増えてきている。したがってこれからはアンチラバー対策を十分にやらなければならない時代に入った。この試合をとおして対アンチ作戦を学んでほしい。

 ヒルトンはバックハンド攻撃のとき両面使う

 では、はじめにヒルトンの戦型を紹介しよう。ヒルトンは、以前はイボ高ラバーを使っていたが、現在は主にフォア側裏ソフトラバー、バック側アンチトップスピンラバーのオールランドプレイヤーだ。アンチと裏ソフトの両面でプッシュ気味のバックハンドがうまい。変化サービスからの3球目ドライブもうまい。コートから離れたときはカットでしのぐ。日本のアンチを使うシェークハンドプレイヤーはカット主戦だが、ヒルトンはコートについての攻撃が主戦。
 ドボラチェクは、188センチの長身で裏ソフトラバー使用。中陣から両ハンドドライブで打ち合うのが得意。守りが固くロングマンに強い。平壌世界大会でもベスト8に入っている。

 試合前、ミコ監督にカットに追い込め、ストップをするなとアドバイス

 男子シングルスは大会最終日に行なわれた。ドボラチェクがベンクソンをストレートで破り、ヒルトンがセクレタンを3対1で破って両者の決勝進出が決まったとき、チェコのミコ監督が観覧席にいた私を見つけて「ハセガワー」と呼んだ。
 ミコ監督は「キミならヒルトンに勝てるよ。ドボラチェクにかわって試合に出てくれないか」と真顔で話しかけてきた。
 まさか私がかわって出場することなどできはしない。そこで私は「OK」と笑って答えたあと、すぐに「ドボラチェクにも十分チャンスがあるんじゃないですか?」とたずねてみた。するとミコ監督は「ドボラチェクはノーチャンスさ。過去にも2度対戦して2度とも10本ほどで負けているんだから。ドボラチェクはヒルトンがどちらのラバーで打っているのかまったくわからないんだ」とゼスチャーをまじえながら答えた。
 このあと、ミコ監督は私にアンチを使う選手に対してはどのように戦ったらよいかとアドバイスを求めてきた。
 そこで私は、'67年のストックホルム世界選手権以来の知り合いであるミコ監督に次のように答えた。
 「ヒルトンは攻撃はうまいが、カットに追い込まれたときに弱い。ゲルゲリーに15対6とリードしながら19対19に持ち込まれたときもそうであった。だからレシーブからの4球目、サービスからの3球目をパワードライブで積極的に攻め、カットに追い込めばいい。そしてどうしても変化がわからないカットやドライブをかけずらいカット以外はツッツキを使わないでドライブで攻め、チャンスボールを作ってスマッシュで決めるべきだ。打てないときもストップは使わずツッツいたほうがいい。
 サービスもドライブロングサービスを多く使い、ショート変化サービスはあまり使うな。アンチを使う異質ラバー選手は台上のボールに鋭く変化をつけるのが得意だ。しかしカットに追い込まれると裏ソフトラバーとアンチと反発力のちがいからあまり頻繁にラケットの面を変えて打球することができず、どちらのラバーでカットしているかわかりやすい。それに回転の変化も少ない。もちろんすべてロングサービスからのドライブばかりだとコースを読まれるので、忘れたころにストップを入れてストップからの速攻もまぜる。ドライブ攻撃を効果的にするからだ。こうして試合を単純化させるとアンチを使う選手は攻略しやすいものだ」
 しかし、「ドボラチェクは、カットの変化がまったくわからないんだ」と再びミコ監督。
 そこで私は自分の経験から、ボールの見分け方には4つの方法があるといった。「相手のインパクトのとき、どのような音かよく聞きわけること。ラバーの色をしっかり見わけること。インパクトのときのボールの飛び具合をよく見ること。それとボールをよく見てボールのマークを見ることだ」と答え、続けて「切れていないカットはマークの回転が見える。切れているカットはボールの回転が速くほとんど見えない。そのためにもカットを打つときには、打ちやすい位置まで早く動きボールをよく見ることが大切だ。そうすればふつうのカットと同じだ。どちらのラバーでカットしたかがわかればもう勝ったも同然だ」と話した。
 これを聞いてミコ監督は思わずニッコリした。
 「その他の注意点も教えてくれ」と聞いてきたので、最後に次のように答えた。
 「変化カットを怖がって打っていたのでは入るボールも入らない。勇気と自信を持って打つことだ。それと試合球を選ぶときできるだけ新しくて、マークの色が濃いのを選ぶことだ」ミコ監督は再びニッコリ笑って「どうもありがとう。今のアドバイスをそっくりドボラチェクに伝えるよ。でもドボラチェクは、変化のあるカットマンに弱いからな」と言って帰っていった。

 第一ゲームでドボラチェクの敗戦が濃厚

 決勝は、準決勝が終わってから5時間後に行なわれた。女子のシングルスはすでにポポワ選手(ソ連)がユーゴの新人ペルクチンを倒して優勝が決まっていた。
 試合は午後4時に開始された。
 私は、準決勝終了後にミコ監督とあんな話をしていたので、ドボラチェクがヒルトンとどのように戦うか非常に興味深かった。
 ところが試合の行方は第1ゲームの中盤でドボラチェクの負けを予想させた。さらにそれは、ゲームをドボラチェクが17本で負けたときに確実なものと思われた。

 闘志に欠け、作戦にまとまりがなかった

 2人の試合を見て、はじめに強く感じたのはドボラチェクに闘志がなかったことだ。
 過去2度以上続けて負けている相手とやるときは、綿密な作戦も気力も闘志も信念もすべて相手を2~3倍も上回らなければ勝てないものだが、ドボラチェクには「ヒルトンを必ず倒すんだ」という闘志がまず感じられなかった。
 2つ目には、過去の試合に比べると善戦したのだろうが作戦にまとまりがなかった。
 ドボラチェクはカットを攻めるより、ヒルトンの攻撃をしのいだほうが勝ち目があると考えたのかレシーブを安全にバック側に返し、ヒルトンがプッシュぎみのバックハンドやドライブでバック側へ攻めてくるのを中陣よりややさがった位置からバックハンドドライブでバック側に返球した。
 これ自体は悪い戦法ではない。しかし、前後にしっかり動いてドライブに変化をつけて粘り倒すとか、チャンスボールは前に動いて思い切り攻めるとか、ヒルトンをバックサイドに寄せてフォアを打ち抜くという工夫がなかった。
 カットに追い込んだときも、ドライブで2~3本攻めるとすぐツッツいてしまう。強いドライブで攻め抜くとか、ドライブからスマッシュをするとか、またはドライブに変化をつけてミスを誘うとか、という戦法がなくただ単調なプレイ。ときどき思い出したようにバックハンドドライブに強烈な回転をかけたり、カットを攻めるときに速いドライブをかけるぐらいであった。
 このために、ヒルトンのアンチと裏ソフトラバーをたくみに使い分けるバックハンドとツッツキの変化にミスが多くでた。
 ドボラチェクがロングの打ち合いをしのいでヒルトンをカットに追い込んだあと、前後にしっかり動いて3~4本安定性のあるふつうのドライブで攻め、次を速いドライブで決める戦法をとっていたら、もっといい試合になっていたと思う。

 ボールを最後まで見なかったのも大きな理由

 ドボラチェクの敗戦のもう1つの理由にはボールを最後まで見なかったことがある。
 アンチを使う異質ラバー選手と対戦する場合、ボールをしっかり見て打つということは最も重要なことだ。しかし、ドボラチェクはインパクトまでボールを見ないで30センチぐらい手前で見ることをやめてしまった。それでなくても変化に弱いのにこれでは変化にひっかかるのも当然だった。
 一方のヒルトンは、2度続けて勝っていながら32才のベテランらしく一球一球コースを考えながらアンチと裏ソフトラバーの両面を使ったバックハンドでまったくちがった球質のボールを出し、前後にゆさぶった。しかも攻められたときはカットでしのぎ、ストップをドボラチェクの動きを見ながら両面で変化をつける。前陣で攻撃できるボールは足を使ってバックハンドとこれまたアンチ面を使ったフォアロングでも攻める積極的なプレイでドボラチェクにチャンスを与えなかった。
 第2ゲームは、ドボラチェクが第1ゲームより攻守ともに積極的なプレイをして14対11とリードしヒルトンから初めて1ゲーム取るかと思われたが、ここからドボラチェクは勝敗を意識したのか再び消極的なプレイになり20対22で逆転負け。ますます苦手意識を持ってしまった。第3ゲームは一方的に敗れた。

 やはり相手のインパクトのときの手首の使い方、音、ラバーのツヤ、ボールのマークを見ることが基本

 私は試合を見て、また今年の2月に西日本選手権で学生チャンピオンの吉田選手とやってみて感じていることがある。確かに新しく開発された裏ソフトと同音、同色のアンチは目と耳で見分けるのが大変むずかしい。が、インパクトをよく見ていると少しだがわかる。もしそれでわからなければ、ボールのマークを見ればわかるものである。
 もちろん、ぶだんからそういった訓練をしなければマークのスピードについていけない。したがってカットを打つときにマークをよく見て打つ訓練や、レシーブのときもツッツキのときもマークをよく見て打つ訓練が必要だ。またボールの飛び方も判断の材料になる。
 それと、アンチを使う選手は両面裏ソフトを使う選手より前でカットすることが多い。それだけにカットにスピードのある選手が多く、できるだけ早く動くことも大切だ。

 ストップを使わないで打ち抜く練習をやろう

 それから、ゲルゲリーがヒルトンに第5ゲーム14対6から19対19に追い上げたとき、ドライブからのスマッシュ1本やりで成功したように、アンチを使う選手にはストップやショートを多く使わず反撃されない程度のロングやドライブで攻め、プレイを単純化させたほうがいい。
 いくらツッツキのうまい選手でも、アンチを使う異質ラバーの選手にツッツキで対抗したらラバーの変化になかなかついていけないだろう。ストップなしでカットを打ち抜く練習を多くやることが大切だ。



筆者紹介 長谷川信彦
hase.jpg1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960~70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1980年6月号に掲載されたものです。
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