感情のコントロール
―良い選手は感情をどのようにコントロールしていますか。例えば、相手の打球がネットインした後など、良い選手は冷静でいるのでしょうか。このようなときに怒りを表すのは、良くない選手なのでしょうか?
マリオ 感情のコントロールの仕方について、一概に言うことはできません。冷静にしている選手もいれば、戦意をコントロールするために感情を表現することが必要な選手もいます。
後者のような選手はぶつぶつ独り言をつぶやいたり怒ったりするので、相手は「彼はもうあきらめてしまった」と思うでしょう。しかし、実際は逆で、こうした選手は自分の戦意を高めるために感情をむき出しにしているのです。
どの選手にも当てはまる法則というようなものはありません。選手のどのような行為に意味があって、どのような行為に意味がないのかは、コーチをしていると徐々にわかってきます。
―良い選手の心理的な特徴とは、どのようなものですか?
マリオ 良い選手は自分の感情をコントロールすることができます。良い選手の多くは、調子が良いのか悪いのかを相手に悟られません。あたかも「かくれんぼ」しながらプレーするような感じです。
プレッシャーをどのように処理するか
―プレッシャーを重荷と感じる選手もいれば、励みにする選手もいます。これについてどう考えますか?
マリオ 選手の個性によって、プレッシャーに対する受け止め方は千差万別です。
プレッシャーの原因はいろいろあります。まず、選手自身によってプレッシャーが生まれます。試合に何を求めているのか、どのような準備をしてきたのか、その試合が将来のためにどのような重要性を持つのか...などの要因がプレッシャーとなるわけです。
また、プレッシャーは外部からももたらされます。チーム、コーチ、観客、父母など。彼らはどのような期待をしているのか...というようなことが、プレッシャーとなることもあるわけです。
このような状況にある選手を、試合前や試合中、そして試合後に助けるのがコーチの役目です。そのためには、まず選手をよく知ることです。いい加減になりやすい性質の選手ならば、厳しいくらいの態度で接しなければなりません。しかし、他の選手の場合には、ただ静かに見守っていた方が良いかもしれません。
例えば、ある選手の場合は厳しい声をかけて目を覚まし、試合に集中させてやる必要があるでしょう。しかし、同じことを他の選手にすると、イライラさせて集中力を落としてしまうことになります。また、機械のように感情をコントロールできて、コーチの心理的な助けを必要としないクールな選手もいます。
その状況で何をするのが適切なのかは、選手をよく知ればわかってきます。
―若い選手の場合、プレッシャーを処理できなくて、決定的瞬間に委縮してしまうということがありませんか?
マリオ 決定的瞬間にはもちろん非常なプレッシャーがかかりますが、うまくいかないのは準備が不足しているからです。
プレッシャーを処理できずに決定的瞬間に委縮してしまうという現象は、ジュニアからシニアへの移行期によく現れるようです。選手が肉体的に鍛えられていなかったり、シニアレベルの卓球ができなかったりなどの理由で壁にぶつかると、恐怖心が出てしまうのでしょう。
良い選手ほど重要な局面で単純にプレーする
―多くの選手にとっての問題は、試合での集中力です。例えば、9対5でリードしていると「絶対に負けるはずはない」という考えが浮かび、6対10でリードされていると「もうダメだ」と思ってしまう。このように集中力を乱すような考えが浮かぶのを、どのようにしたら防ぐことができますか。
マリオ 集中力を乱すような考えが浮かぶ...このようなことは数限りなく起こります。良い選手でも同じです。重要な試合になればなるほど頻繁に起こり、より大きなプレッシャーがかかってきます。
私が見る限り、こういう決定的瞬間には、本当に良い選手はただプレーすることに集中します。単純なサービス、単純な打球をし、無用なリスク(危険)は犯しません。良い選手ほど単純にプレーしますが、そうでない選手は無駄に複雑なプレーをして、自分でリスクを増やしてしまうのです。
練習が試合にもたらす心理的効果
―大会を目指して準備を行ってきたということは、心理的にどのような役割を担いますか?
マリオ 答は簡単です。より良く準備すれば、成果も大きいのです。良い選手は十分に準備して試合に臨み、文句を言いません。
心理的、あるいは精神的弱さというものは、同時に肉体的弱さの反映でもあるのです。例えば、ある選手は疲れてくると、独り言を言うようになります。また、別の選手は自分のプレーに自信がなくなると、ラケットのせいにしたり、照明のせいにしたりします。また、観客、その他、何にでも文句を言います。
十分に準備をしてきた選手は、自信と冷静さを持って、すっと試合に集中していきます。
劣勢を立て直すには?
―次のようなアドバイスを耳にすることがあります。「相手の目をじっと見なさい。そうすることで、相手にこちらの力を感じさせられる」。このように、相手とアイコンタクトしようとすることは、意味があると思いますか?
マリオ いいえ、私はそれほど効果があると思っていません。ただし、一概に否定してもいけません。ある選手にとっては効果がなくても、別の選手にとっては、試合中の不利な状況を打開するきっかけになる場合もあります。
―試合で劣勢になったとき、選手はどうすれば良いのでしょうか。例えば、9対5でリードしていたのに、連続で失点して9オールまで追いつかれたとします。流れを変えるためには、タイムアウトを取った方が良いのでしょうか?
マリオ それこそ選手によっていろいろで、必ずこうすれば良いというような方法はありません。タイムアウトを取って勝つ選手もいれば、タイムアウトを取ったことによって負ける選手もいます。
1番大切なことは、プレー中に自分のミスを分析して修正することです。仮に、100パーセントの準備を行い、精神的にも最高の状態だったとします。しかし、相手がさらに2パーセント良ければ、相手が勝つわけです。
繰り返しますが、最後に分かれ道となるのは、肉体的コンディションと試合に向けて行ってきた準備です。体の状態が整っていて練習も十分に行ってきた選手は、精神的にも強さを発揮します。そのような選手は、準備が不十分な選手とはまったく違う状態で試合に入っていけるのです。これは、どのようなレベルの選手についてもいえることです。
マリオ・アミズィッチ
1954年10月31日生。元クロアチア(旧ユーゴスラビア)代表選手。
24歳でプロコーチとなり、プリモラッツ(クロアチア)を発掘して世界レベルの選手に育てた。1986年にドイツ・ブンデスリーガのボルシア・デュッセルドルフのコーチに就任し、ロスコフ(ドイツ)やサムソノフ(ベラルーシ)などを育て上げた。2000年より日本卓球協会ナショナルチームコーチとしてジュニア選手などの育成に取り組み、現在は坂本竜介、村森実(ともに青森大学)、岸川聖也(仙台育英高校)、水谷隼(青森山田中学)らの指導に当たっている。
(19●●年●月号掲載)