アテネオリンピックを振り返る
―アテネオリンピックの結果で、何か驚くようなことはありましたか?
マリオ イエスともノーともいえます。男子の金メダリストになった柳承敏(韓国)は、確かにそのタイトルに値する選手でした。しかし、もし大会が1週間遅かったら、別の選手がチャンピオンになっていた可能性もあります。トップの選手同士の差は本当に紙一重なのです。
今回は、中国が男子シングルスのタイトルを取らなかったことも良かったと思います。私は中国という偉大な卓球大国に反対しているのではなく、むしろ大いに尊敬しています。しかし、柳承敏の勝利は「中国選手も敗れる」ということを証明しました。これは中国以外の選手にとっては大変な励みとなったでしょう。
―ワルドナー(スウェーデン)の劇的な復活をどう思いますか?
マリオ 馬琳(中国)、とボル(ドイツ)を大試合で破った後、ワルドナーにはもうエネルギーが残っていませんでした。ですから、柳承敏との試合ではそれがはっきり出てしまいました。
彼は確かに素晴らしかったと思います。ただ、ヨーロッパという立場から見ると、38歳の彼がヨーロッパのベストだったというのは残念です。
ヨーロッパの野望に燃えた若手選手はどうしたのでしょう。非常に残念です。ワルドナーの素晴らしいパフォーマンスはいくら強調しても足りないほど賞賛します。しかし、若い選手はどうしてしまったのかと言わざるを得ません。
―年齢についてですが、何歳までトップ選手としてやれるものでしょうか?
マリオ すでにワルドナーが答えを出していると思います。彼は100年に1人の天才ですが、大切なのは彼がオールラウンドプレーヤーだということでしょう。技術的、戦術的柔軟さで、どのような戦型に対しても戦えます。これは、成功するためには、柔軟に学ぶことがいかに大切かということを証明しています。
彼は天才ですから、まだまだトップレベルを保つことができると思います。彼にとって、年齢は問題ではありません。彼に限らず、スポーツに年齢は関係ありません。強いか、弱いかだけです。
強い精神力を会得するには
―それでは、次のテーマに移りましょう。強い精神力を持っている選手とはどのような選手でしょうか?
マリオ これは大変複雑で難しい問題ですが、精神的な部分を鍛えることは可能です。それには専門家の助けが必要となる場合もあるでしょう。ただし、若い選手は少し違います。もしコーチが選手と緊密な関係を築くことができていれば、コーチは選手から信頼され、精神的な面にも影響を与えることができるでしょう。
例えば、コーチが選手に勧めて、とても難しい複合コンビネーションの技術に挑戦させるとしましょう。そして、100回までずっと失敗したけれど、101回目に成功したとします。そうなれば、試合中に9対9のような高リスクの状況になったとき、選手には絶大な自信になるでしょう。また、それを達成したことによる精神的な成長も計り知れないものがあります。
もとの質問に戻ると、強くて良い選手はもともとプレッシャーに強いのです。卓球台を挟んで2人の選手が向かい合い、戦うとなれば、それぞれの心の内外ではそれこそいろいろなことが起きるに違いありません。
選手の精神状態がどうなっているかは、体の様子、表情、態度などでわかります。手の動き、ボールを拾いに行くときの歩き方、好打の後の喜び方、ミスや不運なボールの後のがっかりしたそぶり...これらのちょっとしたことに、精神状態が表れてくるのです。
ただし、試合中は本当の感情を隠すことが、非常に重要な場合があります。そのときは、コートの中だけでなく、頭の中でもゲームができなければなりません。今までどのような練習やトレーニングをしているかにかかわらず、この頭の中のゲームをうまくコントロールできる選手が競技でのプレッシャーをうまく処理できるのです。これがトップになれる基本です。良い選手はプレッシャーの下でもベストのプレーをするのです。
―101回目で成功し、それが選手を成長させるという例を挙げあられましたね。最後に勝つためには、負ける必要があるということなのでしょうか?
マリオ 今、私は15歳から20歳の若い日本選手を教えています。彼らはカデットでは飛び抜けていて、ジュニアでは国際級ですが、これからシニアに入っていかなければならない時期にあります。大物を負かすときが来るまであと1~2年、「負ける」といことを精神的にうまく処理していけるようなら、プレーをずっと続けていけるモチベーションができるでしょう。
そして、これは本当になりそうです。彼らはトップのプレーができますし、トップレベルになれるでしょう。そうすれば彼らには自信がつきますし、私もコーチとしての自信がつきます。そして、彼らは何事かを成し遂げるというわけです。
アテネオリンピック金メダリストの柳承敏を例として見てみましょう。彼はジュニア時代にすでに実績がありました。今、彼は22歳で、ここ3年ほどは停滞していました。しかし、今年に入って彼の心に何かが起こり、「スイッチ」が入ったのです。春にはプロツアーで3勝し、これは彼にとって大きな弾みとなりました。そして、「誰とやっても勝てる」と考えるようになったのだと思います。
この気持ちで彼はアテネにやってきました。そしてチャンピオンになりました。彼は3年前にすでに勝てる能力はあったと思いますが、本当の頂点に立つには谷を越えなければならなかったのです。
―ある人は、強い精神力は生まれつきのもので、子どもでさえ勝者と敗者に分けられているといいます。しかし、柳承敏の例では、何度も敗戦を繰り返した苦しい時期をあきらめずに切り抜けて頂点に達したそうですね。
マリオ それは当り前のことです。いつも勝てるわけではありません。ですから、自分の自信や信念が崩れないように、自分の中で負けを消化する方法を学ばないといけないのです。
―強い精神力や心理的強靭(きょうじん)さというのは訓練で会得できるものですか?
マリオ それについて、ちょっと変わった表現をしてみたいと思います。これは秘密でも何でもありませんが、トップスポーツでは「うまく演技すれば良い結果が得られる」のです。もちろん、本当の演技のことではありませんが、とても重要なことなのです。
例えば、土壇場で逃げてしまい、相手に「勝ちたい!」という気持ちを示せなかったとしたら、相手はあなたが困っているのを見抜いてしまいます。
別の例を挙げましょう。調子が悪く、勝てそうもないと思っているとします。この場合は次のような具合に、悲観的な考え方を振り払うことから始めます。
「そうだ、調子が悪くて今日はほとんどチャンスがないかもしれない、それでもベストを尽くそう、そして、(ここからが1番大切です)相手に調子が悪いことを悟られないようにしよう。自信たっぷりに強く振る舞おう」
こういうやり方は、学んで訓練することで会得することができます。オーバーに振る舞うことによって怖れと委縮を克服し、ピンチを切り抜けていった選手を、私は何度も見てきました。
マリオ・アミズィッチ
1954年10月31日生。元クロアチア(旧ユーゴスラビア)代表選手。
24歳でプロコーチとなり、プリモラッツ(クロアチア)を発掘して世界レベルの選手に育てた。1986年にドイツ・ブンデスリーガのボルシア・デュッセルドルフのコーチに就任し、ロスコフ(ドイツ)やサムソノフ(ベラルーシ)などを育て上げた。2000年より日本卓球協会ナショナルチームコーチとしてジュニア選手などの育成に取り組み、現在は坂本竜介、村森実(ともに青森大学)、岸川聖也(仙台育英高校)、水谷隼(青森山田中学)らの指導に当たっている。
(2005年2月号掲載)