R高校との対抗試合。シェーク攻撃型のS君は思わぬ逆転負けを喫した。ゲームオール19-16でリードしていながら、あと1本が取れず5本連取されてしまったのである。
19-16までは、無心で積極的に攻めていたS君だが、「あと2本」と思ったとたん、ホッとして消極的になった。「入れておけば相手がミスするだろう」とミスしないように返したツッツキレシーブを、5本とも攻められてしまったのである。
せっかくのリードをフイにし、悔やんでも悔やみきれないS君。リードした時に逆転されないためには、どうしたらよいのだろうか?
失敗を良薬にする
リードしていて逆転される。実に悔しいものである。
実は筆者も中・高校時代に悔しい逆転負けを何度も経験している。その原因は、自信過剰であったり、固くなったり、読みがはずれたり...と色々であった。
一流選手といえども、何度かは逆転負けを喫しているものである。逆転されたことは仕方がない。それを良い薬にして、同じ誤ちを犯さなければ、その分確実に強くなることができる。一流になった選手は、みんなそうして強くなってきたのである。
では、その悔しい逆転負けを喫しないためにはどうしたらよいのか?勝負強い選手になるため、S君の例を参考に考えてみよう。
油断は禁物
19-16というのは危険なカウントである。
レシーブ番であれば「全く互角」、サービス番であっても「やや有利」という程度。本試合ではいっそうひきしめなくてはいけないカウントである。
ところがS君は「あと2本」と思いホッとしてしまっている。これでは逆転負けするのが当然とさえいえる。
19-16に限らず、逆転負けしやすい選手というのは、カウントによって気持ちが動揺し、消極的になったり、その逆に自信がないためムチャ打ちしてしまうケースが多い。
勝負強い選手というのはその逆である。相手のプレーをよく分析し、自分のペースを崩さない。カウントによって攻め方を変えることはあっても、精神面はいつも安定した状態にある。
では、19-16でリードしている時、S君はどんな気持ちでプレーすればよかったのだろうか?
勝ちを意識しない
「勝ちたい」とか「あと2本取りたい」と強く思いすぎると、気持ちばかりが先にいって体とプレーがそれについていかない。
得点するためには良いプレーをすることが大切なのであり、いくら念じても気持ちばかりではどうにもならない。逆に体が固くなり、プレーが消極的になる。
16-19というようなカウントでは、負けている選手は「このままではダメだ。思い切ってやろう」と自然に開き直りやすい。そこにリードしている方が「勝ちたい」と意識し、相手のミスを期待する消極的なプレーになるから、練習どおりに打たれてしまう。追いつかれてからあわてても、もう遅い。勢いが違うから止められない。こうして、思わぬ逆転劇が生まれるのである。
そこでリードしている選手としては、カウントを気にせず「1本」、「また1本」と、その状況で一番良い手を考え、無心でプレーすることが大切である。競ってもカウントを気にしないようになれば、逆転負けを喫する確率はグッと低くなる。
相手に向かっていく
しかし、かなり場数を踏んでいる選手でも、やはり人間。「カウントを気にしないようにしよう」と思ってもやはり気になり、固くなることもたまにはあるだろう。
そんな時にはどうしたらよいのだろうか?
「カウントを気にするな」と思えば思うほど気になる、そんな勝ちを意識してしまった場面では「相手に卓球を教えてもらおう。思いきって向かっていけ!」と気持ちを切り換えてプレーするのが良い。それも競ってしまってからでなく、リードの大きいうちに早めに積極的なプレーをすることである。ムチャ打ちさえしなければ、たとえそれで積極的なミスが出たとしても最後には必ず入る。勝負強い選手は確率を考え、勝負どころでは必ず積極的なプレーをするものである。
効いているプレーで押す
さて次に、作戦面、技術面を考えてみよう。
心構えがしっかりし、肩の力が抜ければ8割方は成功だが、レベルが上がるにつれ、それだけでは勝てなくなる。勝負強くなるには頭を使わなくてはならない。
19-16。「あと2本」といような場面では"それまで一番効いているプレー"を積極的に使うのが良い。
選手の中には「それまで効いているプレーは相手も待っているので効かないのでは?」と考える選手もいることだろう。しかし、効いている技術―例えばループドライブとか、ナックル性のロングサービスとか―は、待っていても効く可能性が高い。相手がうまく処理できないので得点に結びついているのである。どの技術を使うか相手には悟られないようにし、自分としては「待たれている」ことを前提に効いている技術で思いきって攻める。そうすれば予想以上にうまくいくものである。
ところが、試合であれこれ考えすぎ、迷ったままプレーする時は結果が良くない。中途半端なプレーになりやすい。強い選手というのは、大切な場面では効いているプレーをドンドン使ってしまうものである。
試合のやり方を決めておく
「試合運びがうまいな―」と感心する選手がいる。こういった選手は試合前に"試合のやり方を決めている"ケースが多い。
「出足はこのサービスで」「20オールはこの攻めで」等序盤、中盤、終盤の戦い方、リードした時とされた時のプレー、ヤマ場での新しいサービスと攻め...等を日頃から研究・練習しているのでプレーに迷いがない。
たとえば19-16でリードしているケースなら、まず相手は思い切って攻めようとしている。そこで、例えば筆者の場合は「強気で攻めよう」とする相手の動きの逆をつくストレート攻撃や、体を使っての逆モーション打法を多くするようにしていた。「攻めよう」とする相手は単調な待ちになるため、このプレーは良く効いた。
ただし、こういったストレート攻撃や逆モーション打法はミスもでやすい。19-16のようにリードし、余裕をもって思いきって使える時に使うのがよく、19オールのように緊張しやすい場面では、よほど自信のある選手以外は使わないほうがよい。また、初心者の場合は19-16でも安全策を優先させるべきである。
基本に忠実に打つ
19-16のような終盤で逆転されないためには"基本に忠実に打つ"ことが大切である。これは追い上げる時にも言えることだが、リードしているとつい雑にプレーしやすい。そこから逆転負けが始まる。
リードしていても油断せず「ボールの回転を良く見る」「正しいラケット角度を出す」「しっかり動く」「正確にスイングする」「打った後は素早くニュートラル(ラリー中の基本位置・姿勢)にもどり次球に備える」...等、基本に忠実なプレーを心がけなくてはならない。集中力を欠いて台についたり、作戦ばかりに頭がいっていると思わぬ凡ミスがでることがある。積極的なミスはプラスに働くが、終盤での凡ミスは絶対に禁物。基本に忠実なプレーを心がけよう。
緊張して練習する
今まであげたように、終盤になって逆転負けしないためにコツは数多くある。精神面、作戦面、技術面...。さらに細かいチェックポイントはまだまだある。
こういったことを試合できっちりやり、「勝負強い」と人から言われるためには何といっても日頃の練習、心構えが大切である。
普段やっていないことは試合でもできない。試合でやる何倍も練習して初めて試合でできるのである。
基本に忠実に打つこと。リードした時の作戦を立てておくこと。競った時に油断せず、自分のプレーを思いきってやること...等。これらは普段から試合のつもりで緊張した練習をしていなくてはマスターできない。
しっかり練習し、勝負強い選手になろう。
19-16までは、無心で積極的に攻めていたS君だが、「あと2本」と思ったとたん、ホッとして消極的になった。「入れておけば相手がミスするだろう」とミスしないように返したツッツキレシーブを、5本とも攻められてしまったのである。
せっかくのリードをフイにし、悔やんでも悔やみきれないS君。リードした時に逆転されないためには、どうしたらよいのだろうか?
失敗を良薬にする
リードしていて逆転される。実に悔しいものである。
実は筆者も中・高校時代に悔しい逆転負けを何度も経験している。その原因は、自信過剰であったり、固くなったり、読みがはずれたり...と色々であった。
一流選手といえども、何度かは逆転負けを喫しているものである。逆転されたことは仕方がない。それを良い薬にして、同じ誤ちを犯さなければ、その分確実に強くなることができる。一流になった選手は、みんなそうして強くなってきたのである。
では、その悔しい逆転負けを喫しないためにはどうしたらよいのか?勝負強い選手になるため、S君の例を参考に考えてみよう。
油断は禁物
19-16というのは危険なカウントである。
レシーブ番であれば「全く互角」、サービス番であっても「やや有利」という程度。本試合ではいっそうひきしめなくてはいけないカウントである。
ところがS君は「あと2本」と思いホッとしてしまっている。これでは逆転負けするのが当然とさえいえる。
19-16に限らず、逆転負けしやすい選手というのは、カウントによって気持ちが動揺し、消極的になったり、その逆に自信がないためムチャ打ちしてしまうケースが多い。
勝負強い選手というのはその逆である。相手のプレーをよく分析し、自分のペースを崩さない。カウントによって攻め方を変えることはあっても、精神面はいつも安定した状態にある。
では、19-16でリードしている時、S君はどんな気持ちでプレーすればよかったのだろうか?
勝ちを意識しない
「勝ちたい」とか「あと2本取りたい」と強く思いすぎると、気持ちばかりが先にいって体とプレーがそれについていかない。
得点するためには良いプレーをすることが大切なのであり、いくら念じても気持ちばかりではどうにもならない。逆に体が固くなり、プレーが消極的になる。
16-19というようなカウントでは、負けている選手は「このままではダメだ。思い切ってやろう」と自然に開き直りやすい。そこにリードしている方が「勝ちたい」と意識し、相手のミスを期待する消極的なプレーになるから、練習どおりに打たれてしまう。追いつかれてからあわてても、もう遅い。勢いが違うから止められない。こうして、思わぬ逆転劇が生まれるのである。
そこでリードしている選手としては、カウントを気にせず「1本」、「また1本」と、その状況で一番良い手を考え、無心でプレーすることが大切である。競ってもカウントを気にしないようになれば、逆転負けを喫する確率はグッと低くなる。
相手に向かっていく
しかし、かなり場数を踏んでいる選手でも、やはり人間。「カウントを気にしないようにしよう」と思ってもやはり気になり、固くなることもたまにはあるだろう。
そんな時にはどうしたらよいのだろうか?
「カウントを気にするな」と思えば思うほど気になる、そんな勝ちを意識してしまった場面では「相手に卓球を教えてもらおう。思いきって向かっていけ!」と気持ちを切り換えてプレーするのが良い。それも競ってしまってからでなく、リードの大きいうちに早めに積極的なプレーをすることである。ムチャ打ちさえしなければ、たとえそれで積極的なミスが出たとしても最後には必ず入る。勝負強い選手は確率を考え、勝負どころでは必ず積極的なプレーをするものである。
効いているプレーで押す
さて次に、作戦面、技術面を考えてみよう。
心構えがしっかりし、肩の力が抜ければ8割方は成功だが、レベルが上がるにつれ、それだけでは勝てなくなる。勝負強くなるには頭を使わなくてはならない。
19-16。「あと2本」といような場面では"それまで一番効いているプレー"を積極的に使うのが良い。
選手の中には「それまで効いているプレーは相手も待っているので効かないのでは?」と考える選手もいることだろう。しかし、効いている技術―例えばループドライブとか、ナックル性のロングサービスとか―は、待っていても効く可能性が高い。相手がうまく処理できないので得点に結びついているのである。どの技術を使うか相手には悟られないようにし、自分としては「待たれている」ことを前提に効いている技術で思いきって攻める。そうすれば予想以上にうまくいくものである。
ところが、試合であれこれ考えすぎ、迷ったままプレーする時は結果が良くない。中途半端なプレーになりやすい。強い選手というのは、大切な場面では効いているプレーをドンドン使ってしまうものである。
試合のやり方を決めておく
「試合運びがうまいな―」と感心する選手がいる。こういった選手は試合前に"試合のやり方を決めている"ケースが多い。
「出足はこのサービスで」「20オールはこの攻めで」等序盤、中盤、終盤の戦い方、リードした時とされた時のプレー、ヤマ場での新しいサービスと攻め...等を日頃から研究・練習しているのでプレーに迷いがない。
たとえば19-16でリードしているケースなら、まず相手は思い切って攻めようとしている。そこで、例えば筆者の場合は「強気で攻めよう」とする相手の動きの逆をつくストレート攻撃や、体を使っての逆モーション打法を多くするようにしていた。「攻めよう」とする相手は単調な待ちになるため、このプレーは良く効いた。
ただし、こういったストレート攻撃や逆モーション打法はミスもでやすい。19-16のようにリードし、余裕をもって思いきって使える時に使うのがよく、19オールのように緊張しやすい場面では、よほど自信のある選手以外は使わないほうがよい。また、初心者の場合は19-16でも安全策を優先させるべきである。
基本に忠実に打つ
19-16のような終盤で逆転されないためには"基本に忠実に打つ"ことが大切である。これは追い上げる時にも言えることだが、リードしているとつい雑にプレーしやすい。そこから逆転負けが始まる。
リードしていても油断せず「ボールの回転を良く見る」「正しいラケット角度を出す」「しっかり動く」「正確にスイングする」「打った後は素早くニュートラル(ラリー中の基本位置・姿勢)にもどり次球に備える」...等、基本に忠実なプレーを心がけなくてはならない。集中力を欠いて台についたり、作戦ばかりに頭がいっていると思わぬ凡ミスがでることがある。積極的なミスはプラスに働くが、終盤での凡ミスは絶対に禁物。基本に忠実なプレーを心がけよう。
緊張して練習する
今まであげたように、終盤になって逆転負けしないためにコツは数多くある。精神面、作戦面、技術面...。さらに細かいチェックポイントはまだまだある。
こういったことを試合できっちりやり、「勝負強い」と人から言われるためには何といっても日頃の練習、心構えが大切である。
普段やっていないことは試合でもできない。試合でやる何倍も練習して初めて試合でできるのである。
基本に忠実に打つこと。リードした時の作戦を立てておくこと。競った時に油断せず、自分のプレーを思いきってやること...等。これらは普段から試合のつもりで緊張した練習をしていなくてはマスターできない。
しっかり練習し、勝負強い選手になろう。
筆者紹介 長谷川信彦
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960~70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
1947年3月5日-2005年11月7日
1965年に史上最年少の18歳9カ月で全日本選手権大会男子シングルス優勝。1967年世界選手権ストックホルム大会では初出場で3冠(男子団体・男子 シングルス・混合ダブルス)に輝いた。男子団体に3回連続優勝。伊藤繁雄、河野満とともに1960~70年代の日本の黄金時代を支えた。
運動能力が決して優れていたわけではなかった長谷川は、そのコンプレックスをバネに想像を絶する猛練習を行って世界一になった「努力の天才」である。
人差し指がバック面の中央付近にくる「1本差し」と呼ばれる独特のグリップから放つ"ジェットドライブ"や、ロビングからのカウンターバックハンドスマッシュなど、絵に描いたようなスーパープレーで観衆を魅了した。
本稿は卓球レポート1988年3月号に掲載されたものです。