パーキンソン病。それは脳の異常によって、体の動きなどに障害があらわれる病気だ。初期には手足が震える、動作が小さくなるなどの症状があらわれ、適切な治療をせずにいると、やがては一人で立つことができなくなり、介助なしでは生活できない状態へと進行する。
ただし、適切な治療を行えば、症状の進行を抑え、生活にそれほど支障がない状態を保つことができる。パーキンソン病では、できるだけ早い時期に治療を開始することが重要だ。
なぜ、卓球専門サイトで、パーキンソン病の話をするのか。それは、あるパーキンソン病患者が、卓球とのかかわりの中で、症状が軽くなったというケースを紹介したいからだ。これから紹介するケースによって、卓球の生涯スポーツとしての素晴らしさがあらためて認識されれば、そして、現在パーキンソン病を患っている方やそのご家族にとって希望になればと願い、記事を書こうと思う。
Nenad Bach氏
世界卓球でのギター演奏
世界卓球2018ハルムスタッドの期間中に、Nenad Bach氏から国際卓球連盟(ITTF)に対するプレゼンテーションがあった。Nenad Bach氏は、自身が推進する活動への協力を求めて、ITTF関係者の面前でギターの弾き語りを披露した。
Nenad Bach氏はクロアチアのザグレブ出身。ニューヨークに住み、ミュージシャンとして活動していた。しかし、2010年にパーキンソン病にかかったことで、その音楽生活は暗転した。指先の動きに障害があらわれ、ギターは弾けなくなっていった。また、まっすぐ立つことも困難になってしまった。加えて、声を出すことすら難しくなってしまった。
だが、その後、転機が訪れる。
2016年、Nenad Bach氏は卓球を始めた。子どもの頃に遊びでやっていた卓球を、再びやってみる気になったのだ。すると、歓迎すべき変化があらわれた。卓球をするようになってから、症状が改善する気配を感じたのだ。そこで、卓球をする頻度を増やしていったところ、症状は明らかに改善し、なんとギターが弾けるまでに回復。まっすぐ立てるようにもなった。声も出せるようになった。
一時は音楽活動が全く不可能だったNenad Bach氏は、なんと、新たにアルバムを制作するまでに回復した。
ITTF関係者の前でギターの弾き語りを披露するNenad Bach氏
世界卓球2018ハルムスタッド期間中のギター演奏(弾き語り)は、その回復ぶりを実地に披露したものだった。演奏を聴いたのは、ITTFのヴァイカート会長、デイントンCEOなど数名。その場にいた人物によると、その演奏は素晴らしかったという。ギターを操る指先は、パーキンソン病の影響を感じさせるものではなかったそうだ。
ところで、Nenad Bach氏の回復と卓球との間には、どんなメカニズムがあったのだろう。
文=川合綾子
Photographs by Butterfly Croatia