パーキンソン病とドーパミン
ここで、パーキンソン病の本質について少し説明したい。パーキンソン病になると、脳(中脳の黒質)におけるドーパミンの減少が起こり、そのことが体の動きの障害を引き起こす。そのため、治療はドーパミンの補充療法やドーパミンの濃度を上げる代謝酵素に働く薬物が中心となる。「ドーパミン」が1つのキーといえる。
そして、Nenad Bach氏の主治医Art Dubow氏によると、卓球(運動)をすると、ドーパミンが増えることが確認されたという。「神経学的に難しい活動」が、ドーパミンを生成するニューロンの構築に良く、それによってドーパミンが増えるそうだ。週に2~3回卓球(運動)をすることで効果があるとも言っている。
日本卓球協会スポーツ医・科学委員会にも名を連ねる医師であると同時に、鹿児島県卓球連盟会長を務め、全国の医師による卓球大会に参加するなど、医療と卓球の両方に関わっておられる具志堅隆氏は、「パーキンソン病は、有酸素運動で症状が改善する可能性があると思う」との見解を述べる。
「パーキンソン病の症状の中に、運動機能低下があり、運動することで症状が改善する報告があります。パーキンソン病患者が運動すると、すべての患者で、血液中に脳由来神経栄養因子(ニューロンに作用しサポートするもの)が増えていたという報告もあります。
また、『有酸素運動』はあきらかにパーキンソン病の進行を遅らす良い効果があるという報告もあります。その他、パーキンソン病に運動が良いとの報告は、びっくりするほどたくさんあります」
こうした解説の最後に、具志堅氏からはこんな言葉が添えられた。
「Nenad Bach氏の経験報告は、パーキンソン病の患者に勇気を与える貴重な報告だと思います」
Nenad Bach氏のケースは、端的に言えば、卓球をすることが、パーキンソン病の症状を改善させたと言えるだろう。そして、主治医のArt Dubow氏、そして日本卓球協会スポーツ医・科学委員の具志堅隆氏の話を聞くと、Nenad Bach氏のケースは彼だけに当てはまる特殊なケースではなく、多くのパーキンソン病患者を救う可能性を宿しているように感じる。
卓球をすると、楽しい。疲労も心地よい。その楽しさ、心地よさが病気の改善に寄与するのなら、何と素敵なことだろう。今回、Nenad Bach氏のケースをお伝えしたことで、希望を感じられる人がいれば、うれしく思う。
ピンポン・パーキンソン
最後に、Nenad Bach氏の活動について触れておこう。Nenad Bach氏は自身の経験をもとに「ピンポン・パーキンソン」という活動を始めた。「ピンポン・パーキンソン」の目的は、パーキンソン病への理解を促し、卓球を通じてパーキンソン病患者の健康状態を改善することだという。病気の進行を止め、そして、可能であれば回復させることを目指す。
今年2月14日には、ニューヨークで第1回ピンポン・パーキンソン大会を開催。パーキンソン病患者7名による総当たり戦が行われ、試合の模様は全て録画。ここで得られた情報は、卓球とパーキンソン病との研究のために供されるという。
世界卓球2018ハルムスタッド期間中の、Nenad Bach氏によるプレゼンテーションは、「ピンポン・パーキンソン」への協力をITTFに願うものだった。ITTFは、先だってITTF基金(卓球を通じて主に開発途上国や社会的弱者、少数派、難民などを支援するための基金)を設立したが、この基金で「ピンポン・パーキンソン」へ協力する可能性を検討している。
ニューヨークで第1回ピンポン・パーキンソン大会を開催したNenad Bach氏
第1回ピンポン・パーキンソン大会の様子。パーキンソン病患者7名の総当たり戦が行われた
文=川合綾子
Photographs by Butterfly Croatia