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卓レポ名勝負セレクション 
全日本 激闘の記憶 Select.2 平野早矢香 対 王輝

 卓球レポートは国内外のさまざまな大会へ足を運び、およそ半世紀にわたり、あまたの熱戦を映像に収め続けてきた。その膨大な映像ストックの中から、語り継がれるべき名勝負を厳選して紹介する「卓レポ名勝負セレクション」。
 今シリーズは、全日本卓球選手権大会で繰り広げられた記憶に残る名勝負を紹介している。
 今回は、平成20年度(2009年1月)の全日本卓球選手権大会(以下、全日本)女子シングルス決勝、平野早矢香(当時 ミキハウス)対王輝(当時 日立化成)の名勝負をお届けしよう。

■ 観戦ガイド
「最後の1球まで捨てるわけにはいかなかった」
平野早矢香が渾身の粘りで、難攻不落の王輝に立ち向かう

 大会前、平成20年度全日本女子シングルスの優勝予想は一人の選手が独占していた。
 その選手の名前は、王輝。フォア面に裏ソフトラバー、バック面に表ソフトラバーを貼るカット主戦型の王輝は中国からの帰化選手だ。わずか17歳にして「世界チャンピオンになるより難しい」といわれる全中国選手権大会女子シングルスを制し、中国代表として世界で活躍した輝かしい経歴を持つ、本物中の本物である。王輝は中国代表を退き、来日してからも日本のトップ選手たちを寄せ付けない強さを見せていた。
 その王輝が前年(2008年)に日本国籍を取得し、「平成20年度の全日本女子シングルスに出る」というニュースは、衝撃と、彼女に勝つのは無理だという落胆を伴って日本の女子卓球界を駆け巡った。
 
 大会が始まると予想通り、王輝は桁違いの強さを見せつける。
 変化幅の激しいツッツキとカットで、平成17年度全日本優勝の金沢咲希(当時 日本生命)や世界で活躍する福原愛(当時 ANA)ら実力者たちをシャットアウトし、無人の野をゆくがごとく決勝へと勝ち上がった。
 王輝が決勝までの5試合で失ったゲームは、なんと0。これは初出場初優勝どころか、全試合ストレート勝ちでの優勝もあるのではないか。場内が王輝のあまりの強さに舌を巻く中、王輝に敢然と立ち向かったのが、平野早矢香だ。

 当時、全日本女子シングルス二連覇中の平野は、三連覇に加え、5度目の優勝を目指して平成20年度の全日本に挑んでいた。準々決勝で河村茉依(当時 日立化成)との打ち合いを制すと、準決勝では勢いに乗る森薗美咲(当時 青森山田高)をストレートで下し、日本の第一人者としての実力を示して決勝へと勝ち上がった。
 平野の力は誰もが認めるところだが、相手は難攻不落の王輝である。さすがの平野も勝つのは難しいだろうと思われる中で始まった決勝だったが、大方の予想に反して平野が第1ゲームを先取すると、試合はもつれにもつれていく。

 王輝のワンサイドゲームになるかと思いきや、平野が王輝に迫る下地をつくったのは、平野のベンチに入ったミキハウスの大嶋雅盛監督(現 四天王寺・ミキハウス総監督)の戦術だ。王輝に対し、大嶋監督は次のような戦術を平野に授けた。

「まず、ツッツキは絶対に避ける。みんな王にはツッツキから入りたいと思ってそうするけど、それは避ける。必ず大きいボール(ループドライブやドライブ)にする。粘るボールはフォア側ではなく、バック側にする。王はフォアカットの方が下手だからみんなそっちに持っていくけど、それはだめだ。すべてバックにいく。バックに変化をつけて勝負する。王はバックカットがうまいけれど、それは相手のボールを利用しているからだ。バックへはドライブの回転をかければ(王の返球は)ナックル(無回転)だし、回転をかけなければ(王の返球は)少し切れてくる。この2種類しかない。
 決め球でスマッシュを打ってはいけない。王はナックルカットが主体だから、それをスマッシュするとふかして(オーバーミスして)しまう。だから、カットが浮いてきたら強ドライブ。
 ツッツキやストップを混ぜて前後に攻めるとラリーが複雑になって、相手の変化に引っかかってしまう。いかにシンプルに(ドライブ対カットの)試合を進めるかがカギだ(卓球レポート2009年4月号)」

 ツッツキやストップをできる限り使わず、ドライブ対バックカットのシンプルなラリーに徹底して持ち込む。平野は、この大嶋監督の戦術を信じ、王輝のバック側へドライブで粘る迷いのない戦術でペースを握る。一方の王輝も、強攻してこない平野に戸惑いながらも抜群の安定感で離されない。
 ループドライブ対バックカットという、単調ながら緊迫感に満ちたラリーに場内が固唾をのむ中、試合はゲームオールまでもつれるが、平野は最終ゲームの出足で凡ミスと不運なエッジボールが重なり、王輝に1対6と引き離されてしまう。
 平野の粘りもこれまでか。場内の張り詰めた空気が弛緩しかけた時、「協力してくれた監督、コーチ、チームメートのために最後の1球まで捨てるわけにはいきませんでした」と振り返る平野が、常軌を逸した精神力で追い上げを開始する。

 この試合は、ループドライブとそれに対するカットという、一見すると面白みに欠けたラリーが繰り返される。しかし、単調なラリーが続くからこそ、その中で交わされる両者の極限の攻防が胸に迫ってくる名勝負だ。
(文中敬称略)

(文/動画=卓球レポート)

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