卓球レポートは国内外のさまざまな大会へ足を運び、およそ半世紀にわたり、あまたの熱戦を映像に収め続けてきた。その膨大な映像ストックの中から、語り継がれるべき名勝負を厳選して紹介する「卓レポ名勝負セレクション」。
今回は、2021年世界卓球選手権ヒューストン大会を目前に控えた日本代表へのエールを込めて、過去の日本代表が世界卓球でメダルをつかみ取った名勝負を取り上げていく。
初回は、1997年世界卓球選手権マンチェスター大会男子ダブルス準々決勝、渋谷浩(当時 日産自動車)/松下浩二(当時 ミキハウス)対 王涛/馬琳(中国)の名勝負をお届けしよう。
※当時の男子ダブルス準々決勝のルールは1ゲーム21ポイント制の5ゲームスマッチ。サービスは5本交替
■ 観戦ガイド
渋谷/松下のカットマンペアが、
14年ぶりのメダルを懸けて中国ペアと激突!
今夏の東京オリンピックのメダルラッシュが示すように、日本は世界の強豪国として確固たる地位を築いている。しかし、いうまでもなく、日本が強豪として認知されるまでの道程には、先人たちが積み重ねてきた激闘の歴史がある。
1950〜1970年代は世界卓球で数々のメダルを獲得し、「卓球ニッポン」として世界から畏怖された日本だったが、その後は中国や欧州の台頭に押され、試練の時代が続く。
1997年マンチェスター大会当時も、国際大会で劣勢を強いられていた日本男子は、1983年東京大会男子ダブルスで小野誠治/阿部博幸が銅メダルを獲得して以来となるメダルを目指していた。
14年ぶりのメダルを日本男子にもたらすべく、男子ダブルスで準々決勝へと勝ち上がったのが、渋谷浩/松下浩二のカット主戦型同士のペアだ。
渋谷と松下という、当時、世界でも警戒されていたカット主戦型の二人が組むダブルスは抜群のコンビネーションを誇り、全日本卓球選手権大会男子ダブルスではマンチェスター大会までに5回の優勝を果たしていた(その後、優勝記録を7回まで伸ばす)。渋谷と松下は、直前に行われたカタールオープン男子ダブルスでも並み居る強豪を抑えて優勝しており、勢いに乗っていた。
このマンチェスター大会でも二人の芸術的なカットと機を見た攻撃の連係は冴えており、男子ダブルス6回戦では強敵のシーラ/レグー(フランス)を逆転で下し、ベスト8に勝ち上がった。
渋谷/松下がメダルを懸けて準々決勝で対峙するのは、王涛/馬琳(中国)だ。
王涛は、前年の1996年アトランタオリンピック男子シングルスで銀メダルを獲得するなど実績十分の選手で、強豪中国の主軸だ。サウスポーのシェーク異質型で、表ソフトラバーを貼ったバックハンドからの速攻を得意とする。
一方、中国式ペンドライブ型の馬琳は、後に2008年北京オリンピック男子シングルスで金メダルを獲得するなど卓球史に輝く実績を残すが、当時は17歳の新鋭である。
試合が始まると、中国ペアが日本ペアのカットを打ちあぐみ、第1ゲームから渋谷/松下がペースを握る。
「王涛はこれまでの実績もあるし、試合経験も十分。だから、あの試合は馬琳を崩していくような作戦を立てました。王涛の打ったボールにしっかり変化を付けて返球することを心がけてた。それで馬琳のミスを誘おうと。/渋谷」「馬琳はスマッシュを打たないし、ドライブもそれほど威力がなかったから、とにかく王涛のボールだけ気をつけて、なるべく馬琳に回そうと思ってました/松下」(ともに卓球レポート1997年7月号より)と明確に、そしてしたたかに戦術を立てていた二人が息の合ったプレーでメダルを着実にたぐり寄せていく。
(文中敬称略)
(文/動画=卓球レポート)