平成19年度、20年度全日本卓球選手権大会ジュニアの部2連覇から始まり、高校生にして一般の部でも表彰台に上り、大学3年生のときには全日学優勝、協和発酵キリンに入社してからは全日本社会人3連覇など、抜群の安定感を誇る前陣両ハンドで日本リーガーのトップを走って来た上田が、協和発酵キリンを退社してプロに転向。その意外な決断は周囲を驚かせた。学生時代以来、再びタマスとバタフライ・アドバイザリースタッフ契約を結んだ上田に、新たな決意とプロに転向した決断の背景を語ってもらった。
「学生の頃からお世話になっていたタマスさんと、また改めて契約させていただくことになって、すごく感謝しています。ただ、社会人を経験してプロになったということで、自分の気持ちだけではなく、卓球をもっと盛り上げていきたい使命感もあります。
大きな目標としては東京オリンピックがありますが、今は、世界ランキングも上がってきて、これからワールドツアーにもどんどん参戦していくので、遠くを見過ぎずに、1大会1大会で結果を残していきたいという思いが強いですね。学生の頃は漠然とただ卓球をやっていて、何も考えていなかったけど、今は卓球ができるということ自体にもいろいろな思いがあります。会社を辞めて、今度は卓球だけでお金を稼いでいかなくてはいけない。僕が卓球をやるからこそ、そこにお金を出してくれる人がいてくれるんだということを忘れないで、一卓球選手としてだけではなく、一人の人間としてしっかり生きていきたいと思っています」
さらに今年の秋から始まるTリーグにも参戦予定の上田に展望を聞いてみた。
「創設時にスタートメンバーとしてプレーできるということにはすごい意味があると思っています。トップ選手として世界で戦うための場として、そこで力を付けられるということを大前提に、最初の1年だけではなく、10年、20年先まで続いていくようなリーグにしていかなければ意味がないので、リーグ自体を盛り上げていくことに貢献していきたいですね。Tリーグを通して、これから卓球を始める子どもたちが夢を持てるスポーツにしていきたいという思いもあります」
そんな上田も最初から迷いがなかったわけではない。
「僕も最初は慎重派でした。ただ、今後も卓球に携わって生きていくという決意をしたので、記憶にも残るし、他のスポーツでもプレーヤーとして生き残っている人が多いスターティングメンバーに加わりたいと思いました。僕の年齢で1、2年様子を見てからでは、実力でチームに入れるかどうか分かりません。今の実力だからこそ、声をかけていただけたと思うので、決断に踏み切りました。東京オリンピックを2年後にひかえて様子を見る時間もありませんでしたし。でも、僕がもう2,3歳若かったらこの決断はできていなかったと思います」
慎重派の上田が思い切ったのだから、その決断には勝算があるに違いない。だが、上田は自分の後を追ってプロ化に踏み切るフォロワーが増えていくことには期待していないと語る。
「並大抵の気持ちでは会社員からプロにはなれません。中途半端な気持ちや興味本位で、上田がそうしたからという理由で僕の後をついてきてほしいとは思いません。僕はそこで育ってきた人間なので、日本リーグも盛り上げてほしいですし、そこでしかできないこともあると思います。でも、もし自分もプロでやっていきたいという覚悟がある人がいたら、一緒に頑張りたいと思います。人に背中を押されてくるんじゃなくて、自分で決めて選んで来てほしいですね。ただ、2年後、3年後に僕のような道が選手にとって選択肢の1つになってほしいとは思っています」
さらに上田の話は卓球人のセカンドキャリアという問題にも及んだ。
「選手としてすごく実績を残しても、気づいたら卓球界からいなくなっている人というのが日本にはたくさんいて、それはとても卓球界にとってはもったいないことだと思います。卓球界がもっと活性化して、環境が整っていけば卓球でご飯を食べていける人が増えていくかもしれない。それで、卓球人口が増えて、メジャーにも近づいていける。今そういう役割というかチャンスが自分に与えられているっていうことにはすごくやりがいを感じますね」
プライベートでは、妻(加藤充恵、元卓球選手)との間にもうすぐ新しい家族を迎えるという上田。決断には妻の支えもあった。
「妻も僕と同じように、やらないで後悔するよりは、失敗してもいいからやりたいことに挑戦する方がいいと考えてくれる人なので、彼女の精神的な支えもありました。家族のためにも頑張りたいですね」
そうした言葉の端々から垣間見えるのは、自身のキャリアのことだけではなく、卓球界を、卓球というスポーツを盛り上げていきたいという思いだ。そこには、社会人としての卓球選手という経験から獲得してきた広い視野がある。だが、どんな思いよりも大きな存在として不退転の決意の裏側にあるのは、卓球選手として頂点を目指すチャンスを逃したくないというアスリート魂だ。かつてないほどに日本男子のレベルが向上している中、それが厳しい戦いになることは元より承知の上だ。
「だからこそ僕がやらなくちゃいけないと思うんです」
冷静な上田の熱い言葉に期待は高まらざるを得ない。
(写真・文=佐藤孝弘)