林高遠と聞いて思い出されるのは世界ジュニア選手権大会だ。2009年カルタヘナ大会(スペイン)では準々決勝で丹羽孝希(日本)を破り、14歳にして4強入り。翌年のブラチスラバ大会(スロバキア)では決勝進出を果たし、宋鴻遠(中国)との同士打ちに敗れ2位。いよいよ本命かと思われた2011年のマナーマ大会(バーレーン)では決勝で丹羽に敗れ2位。2012年ハイデラバード大会(インド)では、急激に頭角を現してきた年下の樊振東(中国)に、3度目の決勝で敗れ、ついに世界ジュニアで優勝を手にすることはなかった。
取材者として林高遠の3度の銀メダルを目の当たりにして、テクニックとフィジカルを兼ね備えていながらもなぜか頂点に立つことを阻まれ続けたこの選手が、この先、層の厚い中国で真のトップを目指していくことができるのかという一抹の不安を感じたことは事実だ。
それから、シニアではなかなか目立った成績を残せずに、もう一度その名を聞くことはないのではないかと思われる年月が続いた。しかし、世界卓球2017デュッセルドルフの中国代表を決める国内選考会、"直通デュッセルドルフ"でその才能は一気に開花した。代表入りが確実視されていた樊振東と許昕を破る金星を挙げて、見事中国代表の座を勝ち取ったのだ。
特に強い思い入れを持っていた選手ではなかったにもかかわらず、このニュースは私の心を躍らせた。ジュニア時代に「シルバーコレクター」という不名誉な異名を取った若武者が、長い雌伏の時を経て中国のトップにまで上り詰めてきたのだ。そこにどれだけの困難があったのか、私には想像もできない。
初の世界卓球出場となった世界卓球2017デュッセルドルフでは、国内選考会で2度土を付けた許昕にゲームオールジュースで手痛い逆転負け喫し、ベスト16に終わった。だが、その後、2017年9月に行われたアジアカップ(アメーダバード/インド)では決勝で樊振東を破り、ついに頂点の座を手に入れた。
そして、今年9月にバタフライとアドバイザリー契約を締結。世界の頂点を狙う1人の選手としての足取りをより確かなものとした。
このインタビューは9月に行ったものだが、日本ではあまりそのパーソナリティーが知られることのなかった、林高遠の人物像に迫ってみたい。
卓球を始めたきっかけは何ですか?
父の影響です。父も卓球をやっていたので、私にも同じ道を歩んでほしかったのだと思います。私が小さい頃、父は卓球場を経営していて、遊び場がなかった私は、卓球場でボール遊びをしたり、卓球をしている人を見ることがよくありました。それで、だんだんと卓球に興味が湧いてきたのだと思います。
お父さんは今でも卓球場を続けられているのですか?
今はもう卓球場の経営はしていません。当時、私に卓球をやらせるために卓球場を営んでいたので、私がナショナルチームに入り、卓球の道を歩み始めてからは、卓球場を続ける必要がなくなってしまったのです(笑)
父は私に卓球に興味を持たせることが目的だったので、特に指導してくれるということはありませんでした。少しはフォームや打ち方を教えてもらいましたが、それ以上教えられるレベルではありませんでした。
それから2009年に、14歳で国家チームの2軍に入りました。国内の大会の成績で選ばれたのだと思いますが、同年代の選手に比べて比較的遅い方でした。
これからどんな選手になっていきたいですか?
目標にしている選手は馬龍です。彼は大満貫(世界卓球、オリンピック、ワールドカップで優勝)を獲得しているし、彼の「十年一剣を磨く」の精神は見習うべきところが大きいと感じています。
今も彼からは、卓球の技術以外にもいろいろなことを教わっています。非常に責任感が強く、努力を惜しまず、プロ意識も高い。卓球に対する熱心さもあり、馬龍からはまだまだたくさんのことを学びたいと思っています
プライベートはどのように過ごしているのですか?
休みはあまりありません。月曜日から土曜日までは毎日練習。日曜日や休日は映画を見に行ったり、買い物に出かけたりします。2軍時代はいろいろな趣味があって、ストリートダンスを習ったり、バスケットボールをしていたこともあります。ダンスは体のバランスを良くするし、バスケットはフィジカルの強さが求められる激しいスポーツです。
今は毎日の練習でくたくたになりますし、時間もないのでやっていません。ただ、卓球は相手との間にネットがあって、技術や戦術の勝負になるので、体を使って勝負するスポーツにも興味があります。
今使っている用具についてはいかがですか?
これまでさまざまな種類のラケットを試したことがありますが、このラケット(バタフライ特注/アリレート カーボンシェーク)は性能が高く、バランスもいいと思います。スピン、スピード、弾みのどれをとっても自分に合っています。
ラバーは『テナジー』を使っており、スピードとボールの質に満足しています。他のラバーでは、この2点で『テナジー』に及びません。以前は『テナジー05』を使っていましたが、『テナジー05ハード』に変えてからは、さらに感覚がよくなりました。以前にも増して、スピードもボールの質も向上したと感じています。
私のグリップはバックハンドが打ちやすいグリップです。得意のバックハンドを打つときに最大限に力が発揮できるグリップにしています。バックハンドのボールの質、スピンとスピードを全部引き出してくれるのがこのグリップです。
今後の目標をお聞かせください。
個人戦のタイトルを獲りたいです。(2017年アジアカップを除き)これまでのタイトルはすべて団体戦です。今年のアジア競技大会ではシングルス、ダブルスとも2位で、悔しい思いをしました。今は、個人戦のタイトルが欲しいですね。
私の特長はバックハンドの技術だと思うので、この特長をさらに強化していきたいと思います。また、私がさらに強くなるために必要なのはメンタルの強さだと考えています。私はこれまであまり試練を受けたことがないので、試練を乗り越える力が不足しています。今後、練習や試合の中でプレッシャーに耐えられるように、緊張した場面でも力を発揮できるように、メンタルの爆発力を高めていく必要があります。
大きな大会でプレーしていても、他の選手と技術面での差はないと思っているので、やはり、差はメンタル面にあるのでしょう。特に、競り合った場面や自分が劣勢の場面では、耐える能力とそれを乗り越える能力が必要になってきます。私にはこの能力がまだ十分にありません。
最近は少しずつ大きな大会に出場する機会が増えてきて、初めて世界卓球に出た時と比べて、ずいぶんよくなってきたとは思いますが、タイトルを獲るにはまだまだ足りません。今後、さらに練習の中でメンタル面の強化を図っていきたいと思います。
【劉恒コーチから見た林高遠】
林高遠はとても努力して、ここまで強くなりました。彼の成長は速い方ではありませんし、長い間には多くの紆余曲折がありました。昨年の世界卓球の選考会では選出されましたが、この1、2年の間にもたくさんの挫折を経験しています。世界卓球の許昕戦や、ワールドカップのボル(ドイツ)戦では、ともにゲームオールで逆転負けしました。経験の差といえばそれまでですが、これは若手選手が必ず通る道です。
もちろん、それ以前にも挫折はありましたが、一生懸命取り組み、努力を続けてきました。敗れはしましたが、許昕戦やボル戦でも、あきらめない気持ちを持って戦うことができました。さまざまな困難を乗り越え、反省し、一つ一つクリアして、今日の林高遠にまで成長したのだと思います。彼には引き続き、今までの経験や教訓を生かし、成長に役立ててほしいです。
また、普段の会話からも、彼が卓球が大好きで、よく研究している選手だということがわかります。彼の卓球に対する探求心、独特な物の見方は大切にしてほしいですね。
林高遠
(取材/写真=岡本啓史、小松賢 文=佐藤孝弘)