前回はチキータがすごい選手を聞いたが、今度は打法をチキータに限定せず、レシーブ全般において最もすごいと思う選手を水谷隼選手に挙げてもらった。水谷選手が挙げたのは馬龍(中国)。ちなみに、「水谷隼が選ぶ世界のベストサーバー」という企画で、サービスの名手ナンバーワンとして水谷が挙げた選手も馬龍だった。
馬龍は2015年世界卓球選手権蘇州大会男子シングルス優勝、2016年リオデジャネイロ五輪男子シングルス金メダル、2017年世界卓球選手権デュッセルドルフ大会男子シングルス優勝と、近年のビッグタイトルをすべて獲得している。
そんな馬龍のレシーブのすごさが表れている例として、2017年世界卓球選手権デュッセルドルフ大会の男子シングルス決勝(馬龍vs樊振東)のワンシーンを紹介したい。2017年に卓球レポートでは、この試合の解説を坂本竜介さん(現・T.T彩たま執行役員監督)に依頼したが、その時に坂本さんは馬龍について次のように語っていた。
『攻めはパワフルで守りも堅い上に、非常にクレバーな(賢い)プレーをします。皆がこぞってチキータする風潮の中、馬龍はほとんどチキータを使いませんが、そのあたりに彼のクレバーさがよく表れています。馬龍はチキータが苦手なのではなく、あえて使わないのですが、その方が「自分の持ち味であるラリー戦の強さが発揮できる」ことを知っているのです』
『馬龍の台上からのパターンとして際立っていたのが、「フォア前に来た逆横回転サービスに対するフォア前へのストップレシーブ」です。 一般に、フォア前に来た逆横回転サービスに対してストップするときは、回転の影響を受けにくいように打球面を開いて(右利きの相手の)バック前を狙います。ところが、馬龍は打球面をあまり開かずにボールの外側を打ち、樊振東のフォア前にストップするレシーブを多用しました。このストップは回転の影響をもろに受けるので、ボールを正確に短く止めることが難しく、2バウンド目がほんの少し台から出てしまうことが多いのですが、これこそが馬龍の狙いでした。
樊振東からすると、2バウンド目が台からぎりぎり出てくるような長さのボールに対しては体勢が詰まってチキータしにくいので、ループドライブせざるを得ません。加えて、馬龍のこのストップはフォア側のサイドラインを切るような厳しいコースに来る上に、逆横回転サービスの影響を受けてバウンドした後、左(樊振東にとってバック側)に少し曲がるように弾む特徴があります。そのため、ループドライブのコースは安全にクロス(馬龍のフォア側)を狙わざるを得ません。
馬龍としては、フォア前に来た逆横回転サービスを樊振東のバック前にストップしてしまうと、チキータで攻められてしまいます。そこで、フォア前へのストップで樊振東にループドライブを使わせ、それを得意のカウンタードライブで狙い打つ戦術で得点を稼ぎました。戦術には「自分の強みを生かしつつ、相手の強みを封じる」というセオリーがありますが、そのセオリー通りの馬龍の見事な戦術と、その戦術を行うための技術だったと思います』
下の連続写真は2017年世界卓球選手権デュッセルドルフ大会男子シングルス決勝の第3ゲーム10対3(馬龍のゲームポイント)の場面だ。馬龍(右側)はフォア前に来た逆横回転サービスを樊振東のフォア前にストップレシーブ。樊振東はループドライブで応じようとしたが返球に失敗した。
取材=猪瀬健治 文=川合綾子
※文中敬称略