3月2日に行われた世界卓球2019ブダペストの女子シングルス代表、最後の1枠を決める最終選考会で優勝を飾った加藤美優(日本ペイントホールディングス)。選考会から約一週間が過ぎたある日、加藤の練習拠点である吉祥寺卓球倶楽部でインタビューを行った。
父親である加藤功二氏の指導の下、男子大学生のトレーナーを相手に汗を流していた加藤は、午前の練習を終えると笑顔で取材に応じてくれた。
最後まで自分を失わないで
プレーできた
最終選考会の準決勝では、優勝候補に挙げられていた早田ひな(日本生命)に劇的な逆転勝利を収め、決勝では1月の全日本卓球選手権大会で敗れていた森さくら(日本生命)に早くも大舞台でのリベンジを果たし、優勝を決めた加藤。
全日本での悔しさをバネに新たな課題を見つけ、練習を重ねてきたのだろうが、勝負を分けたのは何だったのか?
「技術レベルはみんな高くて、誰と対戦しても同じくらい、それほど差はないと思うんですけど、メンタル面で最後まで自分を失わないでプレーできたので、そこはよかったと思います。
準決勝では最終ゲームで5対10で負けていましたが、そこからいつも通りの思い切ったプレーができて、決勝まですごくいい内容だったと思います」
準決勝の早田戦での逆転劇は多くの観客を驚かせた。加藤本人も「もう負けたと思った」という最終ゲーム5対10から、思い切りのいいチキータレシーブを皮切りに、6点連取。1度はジュースをしのがれたが、しゃがみ込みサービスと粘り強い両ハンドのラリーで逆転勝利をもぎ取った。
中でも特筆すべきはしゃがみ込みサービスの威力だ。高い精度と大きな変化のサービスは最終盤までその効果を落とさなかった。
「この日は、すごく回転もかかったし、きっちり台から出ずに止まっていて、珍しいくらいよかったですね。最後はしゃがみ込みサービス一本に絞って、そこで変化をつけるようにしました」
その言葉通り、この日の加藤のしゃがみ込みサービスはラケットからボールが離れた瞬間から、独特の弧線を描いて、きっちりとフォア前にコントロールされていた。
決勝の相手は全日本の準々決勝で敗れていた森だ。決して分の悪い相手ではなかったが、直前の試合で敗れているだけに、意識しないわけにはいかない。そんな相手と加藤はどのように戦ったのか。
「森選手は波に乗せるとすごい強い選手なので、全日本で負けたことは、気にしている部分ではありましたが、そこは試合の直前まで考えないように自分をコントロールしました。メンタル面では最初から自分のペースでプレーできたんじゃないかと思います」
とはいえ、全日本では得意のバック対バックでも優位に立てず、力負けを余儀なくされた相手に、どうメンタルを切り替えられたのだろうか。
「全日本のときは、組み合わせ的にも"上に行かなきゃいけない"と思い詰めすぎたんだと思います。そういうプレッシャーもあって、準決勝ではバックハンドの威力がいつもよりも全然落ちていて、どんどん押されてしまいました。
でも、今回は、焦りもなく自分の位置でプレーできたので、勝つことができました」
普段通りのプレーができれば、私は負けない。加藤は、決して自信を露骨に口にするタイプの選手ではないが、この時の加藤は今までにない自信に満ちているように見えた。
目標をベスト16よりも
下げることは絶対に許されない
加藤が選考会で優勝し、自力で世界卓球出場の切符を勝ち取ったのはこれで2度目だ。2年前の世界卓球2017デュッセルドルフで、加藤は呉穎嵐(香港)、梁夏銀(韓国)ら実力者を破り、初出場にしてベスト16入りを果たしている。2度目の世界卓球への切符を自力で手にした今の心境は、どのようなものだろうか。
「選考会で勝つまでは、正直、ちょっとあきらめた方がいいのかなと思っていましたが、今回いい結果が出せたので、また頑張りたいと思っています。
目標は......、前回(デュッセルドルフ大会)がベスト16だったので、それより下げることは絶対に許されないと思っていて、絶対にベスト8には入りたいです。もちろん、準決勝、決勝も勝てれば一番いいとは思いますが、最低の目標として、まずはベスト8ですね」
昨年から参戦しているTリーグも加藤の成長をアシストした一因と言っていいだろう。加藤本人はTリーグの存在をどのように捉えているのだろうか。
「Tリーグではお客さんの数も千人を超えたりする時があって、結果だけじゃなくて『見せる』ということもすごい意識しています。勝負どころでも思い切って振り切るようなプレーを心掛けているので、それが今回の選考会みたいな緊張した場面でも生きたんだと思います」
世界卓球に向けて、強化、改善していきたい点についても聞いた。
「まずはフォアハンドをもっと固めていって、安定感も出していきたいと思っています。そのために、フォームのことはすごく考えて練習しています。スマッシュでもドライブでも、戻りが早くないと間に合わないので、しっかり戻って体勢を崩さないようにすることを意識していますね。
あとは、3球目攻撃ですね。ぽろっとミスしてしまうことがあるので、そういうのは絶対になくしていかなくちゃならない」
もともとフォアハンドスマッシュの決定力は高かったが、プラスチックボールになってからは、その頻度が以前にもまして増えてきているように見える。フォアハンド、バックハンドともに叩く技術があるのは現代卓球においては大きな強みと言えるだろう。
どうして私の対戦相手がミスしたのか
それを見てほしい
また、加藤のプレーを特徴づけている得点源の一つに緩急の使い分けがある。トップ選手ならば誰もが意識するテクニックだとは思うが、加藤のそれは見る者を驚かせるほどに大胆だ。ピッチの速いラリーの途中で急に山なりのゆっくりのボールを混ぜる。一見、相手にとってのチャンスボールになると思うが、そのボールは絶妙なタイミングとコースで相手コートに運ばれているのだろう。速いボールを待っていた相手は十分な体制で攻撃できず、逆にミスを誘われたり、棒球を返してしまう。そこに加藤の両ハンドスマッシュが襲いかかるのだ。
このようなプレーには天性のものを感じるが、本人はどこまで意図的なのか。
「自分より大きい選手、パワーがある選手と力勝負で打ち合ったら負けるかもしれませんが、緩急をつけることで相手にミスをさせることができるし、自分のチャンスボールも増えてくるので、かなり意識はしています」
さらに、話は加藤のプレーの本質ともいえる得点術に及んだ。
「私にはスマッシュはありますが、豪快に決める点がそれほどないので、どうやって自分で点を取るかというのはいつも考えています。
それで、見ている人には何気なくやって1点取っているように見えることがあるんだと思います。私が意図的に相手のミスを誘うようなプレーをしても、テレビやネットの解説で、相手の調子が悪いせいで失点していることにされたりすることがあるんですけど、『そんなことないよ~、ちゃんと自分で点を取っているんですよ~』っていうのは言いたいです(笑)
加藤はどうやって点を取っているのかな、なんで相手はミスしたのかなって、じっくりラリーを見て考えてもらえたら意外に面白いかもしれませんね」
もちろん、多彩なバックハンド技術、威力のあるフォアハンドスマッシュなど、そのプレーには観客を沸かせるような見せ場も多いが、時には加藤の対戦相手ですら、自分の失点の原因が分からないとでも言うように、自分のラケットを見つめながら首をかしげていることがある。その原因を観客が探ることは簡単ではないかもしれないが、そうした玄人好みの楽しみも与えてくれるのが加藤美優という選手の懐の深さでもあるだろう。
加藤がどのように相手のミスを誘っているのか、その意図や手法を見いだすことは、観戦の深みを増すばかりでなく、上達を望む選手にとっては、大きな成長のヒントを発見することにもつながるかもしれない。
早く加藤美優の試合を見てみたい、そんな感慨に駆られたのは筆者だけではないだろう。
加藤美優:https://www.butterfly.co.jp/players/detail/kato-miyu.html
(取材/文=佐藤孝弘)