近年、伝統的に卓球が強いアジアやヨーロッパの大国以外の国や地域から多くの選手が世界のトップの舞台に登場してきている。インドのグナナセカランもその1人だ。ジュニア時代から日本選手から勝ち星を挙げることがたびたびあり、その名を覚えている卓球ファンも少なくないだろう。
そのグナナセカランがいよいよトップ選手の仲間入りを果たし、その姿とプレーは多くの卓球ファンの知るところとなった。
卓球レポートでは、ジャパンオープンで来日したグナナセカランにインタビューを行い、まだ、多くを知られていないその人物像に迫った。
体を動かすために通い始めた
近所の卓球クラブ
多くの日本の卓球ファンには、インドの選手が卓球を始める経緯をなかなか想像できないのではないだろうか。現在26歳のグナナセカランは、どのような環境で、何を契機に、卓球のトップ選手への道を歩むことになったのだろうか。
「私は5歳の時に卓球を始めたのですが、それは偶然の出来事でした。母は私の健康のために何かしらのスポーツをさせたいと考えていたのですが、ちょうどその頃、たまたま私の家の近くに卓球アカデミーが設立されたのです。
母は、ビデオゲームばかりしているよりは健康にいいだろう、というくらいの気持ちだったと思います。私も最初は楽しいからプレーをしていただけですが、気がついてみれば、とても高いレベルに到達していました」
おそらく、天賦の才と有能な指導者に恵まれたのだろう。卓球選手としての道は自ずと開かれていく。
「まず私はチャンドラセカール先生というコーチの下で卓球を始めました。彼は1998年から2012年(5歳から19歳)まで私のコーチでした。
その後、現在のコーチであり元オリンピアンでもあるラマン氏の下で練習をするようになり、彼の指導のおかけでかなり上達しました。
ジュニアになると、スウェーデンのクラブであるアングビー SKでプレーし、ポーランドリーグで1年プレーした後、現在はドイツ・ブンデスリーガのグリューンヴェッタースバッハでプレーしています。
ですが、今でも多くの時間をインドでの練習に割いていますし、昨年はインドリーグにも参加してダバン・スマッシャーズのメンバーとしてプレーし、優勝も果たしました。2018年にはコモンウェルス大会の団体戦で金メダル、同年のアジア競技大会の団体戦で銅メダルを獲得しています」
2018年のアジア競技大会の団体戦では、1回戦で日本に挑んだインドは、グナナセカランが上田仁と松平健太から2点を挙げ、日本から金星を勝ち取った。当時はまだこの結果には大きな驚きが伴ったが、今となってみれば、十分に有り得ることだったと振り返ることができる。
インド史上最高位の
トップランカーに
グナナセカランの急成長を象徴するひとつが世界ランキングだ。2年前には3桁台だったランキングは24位(2019年6月)にまで上がってきた。その理由を本人はこのように分析する。
「ラマンコーチとの歩みをスタートさせた2013年の時点では、私の世界ランキングは420位でした。今は、24位ですので、この5、6年で大きな飛躍があったと言えます。
私は、より良い結果を求め、スイングやフィジカルや技術的な面において、日々何が向上しているかということに、常に注意を払っています。また、以前は守備的なプレーを好んでいましたが、今はより攻撃的なプレーをするようになりました。その変化によって、強い選手にも勝てるようになってきました。
ですから、常に自分の中で何が向上しているかを見つめるようになったことが、以前とこの2年の主な違いだと思います。プレーに関して言えば、より速く、よりスマートなプレーになってきたと思います。
中期的な目標であった世界ランキング25位以内を達成でき、このレベルにたどり着いた最初のインド選手となったことは非常にうれしいですね。ゆくゆくはトップ10入りを目指したいと思っています」
近年のインド男子ではアチャンタが世界を舞台に活躍するプレーヤーとして印象深いが、彼も世界ランキングの最高位は30位にとどまる。グナナセカランは初めてこれを上回り、インド史上最高位の世界ランキング保持者となった。
プレテア戦がブダペストで最大の勝利
自己最高のベスト32という成績を残した世界卓球2019ブダペストは、グナナセカランにとってどのような大会だったのだろうか。
「とてもよいトーナメントでした。1回戦はベルギーのR.ドボースに4対0で快勝し、自信を得ることができました。
2回戦のプレテア(ルーマニア)戦は、今大会最高の勝利となりました。相手もいいプレーをしましたが、4対1で勝つことができました。
ベスト16決定となる3回戦はカルデラーノ(ブラジル)に敗れましたが、世界トップ10の彼を相手に、自分としては食らいつけたと思います。このパフォーマンスを次の世界卓球でも発揮したいですね。ブダペスト大会での経験を忘れることはないでしょう」
馬龍の豪打をも跳ね返した
卓越したカウンター技術
グナナセカランのプレーを特徴づけているのが、精度の高い前陣でのブロックとカウンターだ。私が驚いたのはアジアカップでの馬龍(中国)戦で、初めて彼のプレーをじっくりと見た時のことだ。
馬龍のショートサービスに対して、ストップレシーブを甘く浮かせてしまったグナナセカランは、フォアミドル気味に突き刺さるような馬龍のフォアハンドドライブ豪打に対して、上半身を器用にかわしてコンパクトなスイングで鋭いカウンターを決めた。トップ選手ともなれば、そのような「偶然」は珍しくない。だが、グナナセカランはこの試合で何本も同様のカウンターを披露し、観客を驚かせた。勝利には至らなかったが、そのポテンシャルを世界に知らしめた一戦となった。
本人は自分のプレーについてどのように分析しているのだろうか。
「私のプレーの特長? それは秘密です......、なんつって(笑)
かつてはコントロールを重視したプレーで、常に相手コートに返すことを重視していました。しかし、今はスタイルをもっと攻撃的に変え、張本智和(木下グループ)のように打球のスピードが速く、打球点の早いプレーになりました。カウンタードライブの技術も私の強みです。
そして、1ゲームごとに対戦相手を研究し、どのようにプレーすべきかを分析して戦術を変えています。これが相手にとっては私の強みとなっているでしょう。
フォア面のラバーを『テナジー05ハード』に変えてから、ボールがよりパワフルになったことも付け加えたいと思います」
カウンターの得意な選手は、高いレベルの技術を持ち、反応速度や俊敏な動きに優れていることはもちろんのことだが、多くの場合、巧みな戦術と高い予測能力で、その精度を高めている。グナナセカランもそうした選手の1人だろう。
相手が決まったと思うようなボールを、グナナセカランは万全の体勢で待ち構えているのだ。
また、グナナセカランのみならず、ブロックやカウンターの得意な選手がインドには多い。その理由を尋ねると、明快な答えが返ってきた。
「インドでは、初心者の時から、コーチからボールを確実に返球するように指導されます。もし相手が10球打ってきたら、こちらは11球返すといった具合です。こうしてプレーに安定性が増してきます。これがインドの選手がブロックの得意な理由だと思います。私もこのような指導を受けていたので、少年時代は安定志向のプレーで、ブロックは得意でした。
しかし、より高いレベルでプレーするようになった今、攻撃の重要性が増してきました。そこで私は、攻撃力を高め、攻撃とブロックのコンビネーションが私のプレーの柱となったのです」
『水谷隼 SUPER ZLC』に変えて
パフォーマンスが向上
グナナセカランの攻守のバランスのよい前陣プレーを支えているひとつが、彼の用具だ。用具も彼のプレーの進化に大きく貢献しているようだ。
「バタフライからのスポンサーシップを得ることができたことを非常にうれしく思っています。バタフライの用具とともに世界で戦うことは夢でした。バタフライと私をサポートしてくれる皆さんに感謝しています。今、使っている用具が信頼できるものであることも、うまくいっている要因の一つです。
私が使っているのは、ラケットが『水谷隼 SUPER ZLC』、ラバーはフォア面に『テナジー05ハード』、バック面に『テナジー05』です。
私のプレーはとても速いため、バタフライの中でも特に弾みがよい速いボールの打てるこのラケットを選びました。ラケットを変えてからは、パフォーマンスが非常によくなりました。
フォア面のラバーを『テナジー05ハード』に変えたことも大きな変化でした。私はこれまで硬いラバーを使ったことはありませんでしたが、攻撃の質を高めるためにこのラバーを使い始めました。
バック面には回転とコントロールの感覚がよい『テナジー05』を使用しています。この組み合わせがとてもしっくりきているので、しばらくは今の用具を使い続けるつもりです」
グナナセカランが使う『水谷隼 SUPER ZLC』は、「スーパーZLカーボン」という非常に反発性能の高い素材を搭載している。「スーパーZLカーボン」は林昀儒(中華台北)が使う『張継科 SUPER ZLC』にも使われているが、前陣でカウンタープレーを主軸に戦う、比較的パワーのない選手は、この「スーパーZLカーボン」という素材を搭載したラケットにトライしてみる価値がありそうだ。
世界ランキング15位以内に
入る日はそう遠くない
インド選手としては史上最高レベルに達したグナナセカランだが、もちろんそこがゴールではない。彼の次なる目標はどこにあるのか?
「中期的な目標としては、世界ランキングトップ15に入ることです。そのために着実にランキングを上げることを心掛けています。中国オープン、香港オープンでは良い試合ができましたし、ジャパンオープンでも良いプレーをしたいですね。世界ランキング15位以内に入る日はそう遠くないと思います。
最大の目標はオリンピックでのメダルです。2020年の東京オリンピックに出場し、ベストを尽くしてメダルを獲得すること、そして世界ランキングトップ10に入ることが私の目標です」
グナナセカランは、これまでは世界的には知る人ぞ知る選手だったが、多くの卓球ファンにその活躍が知られるにつれ、熱烈なファンも増え始めているようだ。
インタビューの最後にファンへの思いを聞いた。
「まず世界中のファンの皆さんに感謝したいです。特に、日本のファンはとても熱心に応援してくれます。
今年のアジアカップで日本を訪れた時、あるファンの方が私のプレー写真をもとに描いたイラストをくださいました。とてもうれしかったです。今や日本は中国と並んで世界の卓球をリードする国ですね。
そして、幼少の頃から支えてくれ、今もなお応援し続けて、私をより高いレベルへと引き上げてくれたインドのファンの皆さんにも、心からの感謝をお伝えしたいです」
ひとつひとつの質問に対して、間をおくことなく、時に冗談を交えながら、明確に言葉を紡いでいく様は、休むことなく考え、矢継ぎ早に意外なボールを繰り出す彼のプレーそのもののようだった。
一般的なトップアスリート像からはやや離れたところにいるかもしれないが、グナナセカランのような選手がさらに強くなることで、卓球というスポーツの持つ多様性も広がりを見せていくことだろう。