顔の前で左右の腕を交差し、深くしゃがみ込んだ独特の構えから繰り出すバックハンドサービスで、日本の卓球ファンにもおなじみのディミトリ・オフチャロフ(ドイツ)。長らくドイツの主力選手として活躍し、男子シングルスで2度のオリンピック銅メダルを獲得するまでのトップクラスの選手に成長したオフチャロフに、卓球レポートは初めてのロングインタビューを行った。
卓球を始めたきっかけから、彼がなぜトップ選手へと成長することができたのか、また、ユニークなプレースタイルの源泉はどこにあるのかなど、多岐にわたる質問をぶつけてみた。
第2回は、主に10代の選手生活、卓球におけるメンタルの重要性について話してもらった。
隼は私の人生の一部
ともに成長し、楽しい時間を過ごした
--練習場所、練習環境はどのように変化していきましたか?
ディミトリ・オフチャロフ(以下、DO) 私が育ったのはドイツの北の方にあるテュンダーンという、ハノーファーから大体1時間ぐらいのところにある人口2000人ぐらいの小さな町です。1992年にその町のクラブで卓球を始めたので、そこが最初の所属クラブということになります。クラブにはシニアチームの1軍、2軍と子どものチームがありました。そのクラブでブンデスリーガの4部に出場するようになりました。
2005年に1部に上がって、ティモ(ボル/ドイツ)やロスコフ(ドイツ)と戦うようになりました。18歳まで毎日練習していた小さな村のクラブで、ドイツで最高のチームと戦えたわけです。両親は幼い私をナショナルチームなどの中心部に送り込まずに、自分たちの村で、環境の整ったところでよい練習ができるように配慮してくれました。
その後、2006年にテュンダーンのチームが1部リーグに移り、同じタイミングでナショナルチームに入りました。2007年にはドイツで一番有名なボルシア・デュッセルドルフに入りました。デュッセルドルフではチャンピオンズリーグの優勝も経験しました。同年、ヨーロッパ選手権大会にも初出場して、ドイツ男子として初めてタイトルを獲得しました。次の年には北京オリンピックに出て、男子団体で銀メダルを獲得しました。
デュッセルドルフでは、ティモや隼(水谷隼/木下グループ)やたくさんの強い選手がいて、彼らから多くのことを学びました。デュッセルドルフに2年所属した後、チームのナンバーワンの選手として責任を持ってプレーをしたいという思いがあったので、オレンブルク(ロシア)に移りました。オレンブルクではチームのエースとして12年にわたりプレーして、数多くのタイトルを取りました。自分の肩にいろいろな責任を感じてプレーしたおかげで、ドイツNTでも活躍できて、ナンバーワンプレーヤーになる重要なきっかけにもなったと思っています。
オレンブルクでは、その後、隼がチームメートとしてオレンブルクに来てくれました。デュセルドルフとオレンブルクの2つの違うチームで、隼とチームメートになったということは、すごく興味深いことでした。若い時、多分、最初に会ったのが11歳の時で、最後に会ったのが2021年の東京オリンピックの時なので、彼との縁は20年以上も続いていることになります。
--水谷隼や岸川聖也ら、ジュニア時代からずっと対戦してきた同世代のライバル選手の存在はキャリアの上ではどのようなものでしたか?
DO そうですね、隼、聖也と卓(高木和卓/ファースト)とは一緒に多くの時間を過ごしました。特に、17歳から22歳までの5年間くらいは、一緒にたくさん練習しました。練習の後も一緒に日本食レストランに行って、おいしい食事を楽しんだり、卓球台の外でもたくさん過ごした思い出があります。特に隼とはスヌーカー(ビリヤードの1種目)をよくやりましたね。彼らとはデュッセルドルフで一緒に練習し、隼とは後にオレンブルクでもチームメートになり、より頻繁に会うようになりました。彼は私の人生の大きな一部になり、私たちは一緒に成長し、楽しい時間を過ごしました。
彼らにとって家を離れて長い間卓球に打ち込むことは大変だったと思いますが、私たちは練習場で本当に良い雰囲気でしたし、一緒に良い練習ができました。隼にとっても私にとっても、同年代の競争相手がいることは素晴らしいことだったと思います。
私たちが一緒に成長してきたことは興味深いことです。シニアに入ってすぐの頃、ジュンに当たった時は、5、6回連続で負けていましたが、ある時、突然、潮目が変わって勝てるようになってきました。その後、お互いに勝ったり負けたりを繰り返しながらキャリアを積んできたので、私たちは遠くに離れていながらもお互いを刺激し合える存在だったと思います。卓球選手としてはもちろん、コートの外でも、とても彼を尊敬をしています。
技術よりもメンタルを重視している
--今のオフチャロフ選手のプレーの独自性は強さに直結してると思いますが、若い頃はお手本がないという難しさがあったと思います。どうやって自分のプレースタイルを作り上げてきたのでしょうか?
DO これまでのことを振り返ると、私は技術面はそれほど重要視してきませんでした。そのかわりに、メンタルに集中してやってきたと考えています。卓球はある意味では技術的なスポーツで、正確なショットが必要ですが、正確なショットを打つためにも、やはり、メンタルがより重要だと考えています。ですから、私はこれまで練習の時に高いレベルで集中することに注目してやってきました。自分の通常の状態の感情と大会の時の感情を、同じぐらいのレベルに保つことを心掛けてきました。
これまで、いろいろな練習会場に行く機会があり、いろんな選手を見てきましたが、朝、会場に来て雑談をして、練習をして、また別のことを話して、というような選手がすごく多いんですね。
私はある時に気づいたのですが、やはり、試合会場に行くと、そんな話をする余裕はなくて、集中をして試合に臨まなければなりません。そうすると、その試合会場でのメンタリティは練習の時とは違ってくると思います。
私はそういう状態に常に備えているので、試合の時でもプレッシャーを感じずにリラックスして入れていると思います。もちろん、技術面ではすごくユニークだと言われますが、試合前日には準備もしっかりしますし、その時々に応じて、その時の局面をどう乗り越えるかもよく考えますし、心を強く保つということも心掛けています。
--メンタルの重要性は、誰かに教られたものですか、それとも自分で見いだしたものですか?
DO 父はとても元々強い選手でしたが、21ポイント制の時に、例えば、19-19のような局面でサービスあるいはレシーブをミスしてどうしていいのかわからない時があったそうです。その時も、もちろん技術コーチはいましたが、そのコーチのアドバイスは「もっと練習すればできるようになる」というものでした。ただ、プレッシャーでうまくできないということに関しては、誰も助言をくれる人がいなかったので、父はメンタル関係の本を読んで勉強したそうです。当時は、卓球のメンタルに関する本は全然なかったので、卓球と同じくラケットスポーツで主流だったテニスの本なら役に立つだろうと思い、テニスのメンタル関連の本を読んで、卓球に生かせるものがあるのではないかと調べたそうです。
卓球というのはやはり精神面が大きく影響するユニークなスポーツなので、例えば、サッカーの精神論を使えるかというと、使えない。その代わり、ラケットスポーツのテニスやバドミントンなどから学んで、その知識を仕入れて私に教えてくれた、ということです。今でもメンタルに関してはいろいろと話をしてくれますが、卓球に特化したメンタルの本はまだないと思っています。
例えば、試合中に集中が途切れたら、また集中をしなければいけません。そうしたときに、どうやって再び集中するかテクニックが重要です。特に、強いストレスの中で集中し直すためのテクニックを身に付けることが重要なのです。単に「今は緊張していない」と言うだけでは安易すぎるのです。再集中するためには想像力を使うのもよいでしょう。様々な種類のイマジネーションが活用できます。また、特定の動きなども有効でしょう。スポーツですからね。
--他のスポーツと違って卓球ならではのメンタル面での難しさはありますか?
DO それは、卓球がボディーコンタクトなしに1対1で競技が行われるところです。他にも同様のスポーツはありますが、卓球が特に難しいのは、ボールに非常に強いスピンをかける必要があるからです。テニスやバドミントンは(卓球に比べて)非常に身体的なスポーツで、ボール(シャトル)の回転はほぼゼロか、あっても卓球とは比べものにならないくらい少ないでしょう。
そのため、卓球をプレーする上では非常に繊細なタッチが必要であり、さらに、プレッシャーの中でプレーすることは非常に困難です。そのため、卓球をプレーする際には、適切な心理的姿勢を維持することが重要です。そうしなければ、経験豊富なプレーヤーであっても、急にパフォーマンスが落ちることがあります。
また、卓球は比較的短い時間で行われます。試合は1ゲームは11ポイントで5ゲーム制が一般的ですので、集中力を欠いているとゲームが短時間で終わってしまうことがあります。一方、バドミントンは1ゲームが21点、テニスは多くのセットを行うことができるため、時間に余裕があり、プレッシャーは緩和されます。しかし、卓球では、試合の流れが一瞬で変わることがあり、集中力が欠けることでゲームに敗北することがあります。
また、試合にはさまざまな心理的な試練があります。例えば、チームのためにプレーする、責任の重さを感じる、長い大会後に疲れを感じる、大会の初めにストレスを感じるなどです。これらの試練に対処するには、それぞれに異なるテクニックが必要です。私自身も意識を自分のコアに置いて、集中力を維持するためには、多くの努力と練習が必要だと感じています。
--メンタルの大切さ、また、難しさをどのような局面で感じますか?
DO 例えば、私が東京オリンピックの男子シングルス準々決勝でカルデラーノ(ブラジル)と対戦しましたが、この試合で最初の2ゲームを簡単に落とし、3ゲーム目でも負けていました。
もし、そこで「負けてしまう」とか「これまでの努力が水の泡になる」といった考えが頭に浮かんでいたら、集中力を失って試合に敗れていたでしょう。しかし、実際には、ポイントごとに集中し、ネガティブな考えが入り込まないようにしました。その結果、流れが変わり、逆転することができました。自分がコントロールできる機会に集中し、将来の結果にコントロールされないようにすることが重要だと思います。
--カルデラーノ戦は激戦でしたね。絶好調だったカルデラーノの方が途中で崩れたように感じましたが、実際はいかがでしたか?
DO 最初のうちはもうこんなに出来のいいカルデラーノは初めてだというぐらい素晴らしい出来で、ものすごくいいプレーをしていました。ただ、その中でも私は次の1点を取ることに集中していました。卓球というスポーツは1、2本のミスで流れが変わることがあります。0対2で3ゲーム目に入っても、私はリードされていましたが、彼が1、2本ミスをして、その時に彼の顔を見ると、心ここにあらずといった感じで不安そうでした。
そこで、私は全力で今に集中するように努めました。すると、突然試合の流れが変わり、技術的にだけでなく精神的にも試合を支配することができると感じました。私は強気でしたが、彼は不安で落ち込んでいるようでした。私は強気で攻め続け、彼が勢いを取り戻せないところまで追い込むことができたと感じました。3ゲーム目を取って、私はまだ1対2とリードされていましたが、勝てると確信したのです。
馬龍と互角の試合ができたのは
メンタルの努力の証し
DO また、メンタルの重要性の例としては、私は中国選手との試合において、樊振東や張継科に勝ったことはありますが、馬龍には何度も何度も負けていていました。そこで、東京オリンピック前に馬龍と樊振東のような馬龍に勝ったことのある選手の対戦の分析をして、馬龍の弱点はどこにあるのか、なんで私はこのように負けてしまうのかをすごく研究しました。技術面でもそうですが、負け続けると、心理的にも厳しい状況になってしまいます。そこで、準決勝で馬龍に当たってコートに入る時、この瞬間を1年半待ちわびていた、待ちに待った瞬間だから今日こそ勝つぞと自分を奮い立たせて、強い気持ちで臨みました。
結局、すごく長い試合で、最終的にはゲームオール9-11で負けてしまったんですけれども、この9-11で終わる瞬間まで自分が勝つぞ、今日は勝つんだ、という思いでずっと自分を奮い立たせて頑張っていました。そして、試合が終わった瞬間に現実に戻ったと感じました。最終的には負けてしまいましたが、私は馬龍と五分五分に近い試合をできたことをすごく誇りに思いましたし、これほど競り合いになった試合は初めてでした。
これは技術より、メンタルの努力です。これまでと違うことができる、変化を起こすことができることの証しにもなったと思います。そして、みんなにあらゆることは実現可能だと証明できた試合だったと思います。
もう1つ思い出したのは、2019年のスウェーデンオープンのことだったと思うのですが、10月ぐらい、その時にすでに隼(水谷隼)はオリンピックのシングルスは出られないことが決まっていたのだと思います。ただし、混合ダブルスには出るということが決まっていて、この時に「どうやって混合ダブルスで勝つのか見せてやる。金メダルを取って見せてやる」と言っていました。彼は自分が発言したことで、それを強く信じられる、言葉が力になるタイプなので、言ったことをやってのけてくれましたね。
それをオリンピックの2年も前に言っていたことが面白くて、オリンピック後に隼に「覚えてるよ」と言ったら、彼も覚えていました。昨日のことのように思い出します。
--メンタルの強化のために取り組んでいることはありますか?
DO 先ほども述べましたが、練習中に大きな大会と同じぐらい自分にプレッシャーをかけることを心掛けています。サービスからオールの練習の時もポイントを数えて、1点1点全部取るぞというつもりでやります。また、練習試合がすごく好きなのですが、それを練習と思わずに、その試合に勝つように心がけています。私は練習試合をただの練習ではなく、精神力を強化するためのものだと捉えています。練習で厳しくやればやるほど、本番の大会は容易になるでしょう。
練習では試合で行うのと同じように、自分の技術を練習する必要があります。それが後に大会で機能するようにするためです。練習試合で負けている場合でも、大会でやるのと同じように、精神的なルーティンに従わなければいけません。練習でそれができなければ、本番の試合ではできません。本番でどうすべきかを知っているだけでは不十分で、それが自然にできるようにしておかなければならないのです。
--水谷隼さんは過去のインタビューで「戦術以外には何もない」と言っていましたが、オフチャロフ選手はメンタルの重要性を強調しています。あえて、順位をつけるなら、最も重要なのはメンタルですか?
DO 私はメンタルが一番重要だと思います。例えば、オリンピックのような大会の場合はメンタルが一番重要です。なぜなら、精神的に良い状態であれば、戦術を完璧に実行できるからです。精神的に悪い状態であれば、良い戦略でも実行できなくなってしまいます。
もちろん、隼が言うように戦術は極めて重要で、「愚かな」戦術では勝てません。しかし、精神的に状態が良く、よい戦術を知っている場合、プロ選手ならばそれを正しく実行する能力はあるでしょう。
フィジカルと技術に関して言えば、オリンピックに出場するような選手は全員が、体力的にも十分な備えがあり、フォアハンドもバックハンドも振れて、プレーする方法を知っています。彼らは皆非常に優れたプレーヤーなのです。私は精神的に最も強い選手こそが、技術や戦略、戦術を最もうまく表現できると考えています。
メンタル、フィジカル、技術、戦術などのおのおのの要素は、それぞれが遠くにあるように思えますが、それぞれの関係は複雑に見えても、全部がつながっていて実際には近くにあるのです。
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(まとめ=卓球レポート、取材協力=寺本能理子)