卓球レポートは国内外のさまざまな大会へ足を運び、およそ半世紀にわたり、あまたの熱戦を映像に収め続けてきた。その膨大な映像ストックの中から、語り継がれるべき名勝負を厳選して紹介する「卓レポ名勝負セレクション」。
今シリーズは、独自性の高いテクニックと大胆な戦術で世界の頂点をつかんだシュラガー(オーストリア)の名勝負を紹介している。
ラストは、朱世爀(韓国)との2003年世界卓球選手権(以下、世界卓球)パリ大会男子シングルス決勝をお届けしよう。
■ 観戦ガイド
「僕の人生の中で、おそらく最初で最後のチャンス」
決意のシュラガーが、奇跡を成すべく躍動する!
「パリ大会前はベスト8に入ることが目標だった」というシュラガーだったが、男子シングルス4回戦で金擇洙(韓国)に勝利して目標を達成すると、準々決勝では優勝候補の王励勤(中国)に神がかったプレーで逆転勝利を収める。続く準決勝では、中国最後の砦となった孔令輝との大激戦を制し、ついに決勝の舞台へたどり着いた。
世界王者の座をかけ、シュラガーが決勝で激突するのは、朱世爀(韓国)だ。
カット主戦型の朱世爀は、カットの切れ味と安定性に加えて、破格の攻撃力を備えた選手で、カット主戦型でありながら世界の強打者たちと打ち合っても負けない彼のスタイルは、当時、世界に大きなインパクトを与えた。
パリ大会当時、世界ランキング61位(2003年5月1日発表)でノーマークだった朱世爀が、4回戦で荘智淵(中華台北)、準々決勝で馬琳(中国)、準決勝ではクレアンガ(ギリシャ)と、そうそうたる顔ぶれを沈めて決勝まで勝ち上がってきた衝撃は、シュラガーの快進撃を上回るものだった。
シュラガー対朱世爀という、おそらく大会前には誰も当てられなかったカードになった男子シングルス決勝だが、これまでの戦績や世界ランキング(パリ大会当時、シュラガーの世界ランキングは6位)、ヨーロッパの地の利などを総合すればシュラガー有利かという声が多かった。加えて、オーストリアには朱世爀と似たプレースタイルの陳衛星がいたため、シュラガーは朱世爀を苦にしないのではないかと卓球通の間では思われていた。
下馬評ではシュラガー優位だが、しかし、ここまで優勝候補を連破してきた朱世爀も乗っている。勢いに加え、コートを縦横無尽に駆けながらカットと攻撃を駆使する朱世爀のプレーはダイナミックで、会場を埋め尽くしたヨーロッパの大観衆が思わず応援したくなるような華がある。
さらに、朱世爀には、2001年プロツアー(現 ワールドツアー)ジャパンオープンでシュラガーと対戦し、4-1で勝利しているという好材料もあった。
予想外のカードに、会場中がそれぞれ想像をたくましくする中で迎えた決勝だが、試合が始まると、大舞台で臆するどころか、さらに動きが良くなった感のある両者は、序盤から見ごたえのあるラリーを繰り広げる。
「世界選手権パリ大会の男子シングルス決勝は、観客にとって夢のような試合でした。2人の素晴らしい役者が正面からぶつかり合い、存分に技を披露しました。長い見ごたえのあるラリーで満ちていました(卓球レポート2005年7月号)」とは、世界的な名コーチであるマリオ・アミズィッチ氏(クロアチア)が決勝を観戦した感想だが、このアミズィッチ氏の言葉が、この試合の素晴らしさを端的に表している。
シュラガーが朱世爀のカットをフォアハンドドライブだけでなく、バックハンドドライブも使って打ち抜いたかと思えば、朱世爀も守備範囲の広いカットと積極果敢な攻撃で反撃する。卓球の醍醐味が凝縮されたような、攻守がスリリングに入れ替わる素晴らしいラリーの応酬が続くが、「僕の人生の中で、おそらく最初で最後のチャンスだから、絶対に勝たなければいけない試合だと思っていた(卓球レポート2003年11月号)」と、不退転の覚悟で臨んでいたシュラガーが徐々にペースをつかんでいく。
卓球小国オーストリアから突如として現れた異彩のプレーヤーが、先端の技と独特の卓球観に基づく知略によって起こしたパリの奇跡。
そのフィナーレを、しかと見届けてほしい。
(文中敬称略)
(文/動画=卓球レポート)