卓球レポートは国内外のさまざまな大会へ足を運び、およそ半世紀にわたり、あまたの熱戦を映像に収め続けてきた。その膨大な映像ストックの中から、語り継がれるべき名勝負を厳選して紹介する「卓レポ名勝負セレクション」。
今シリーズでは、2月に韓国の釜山で開催された第57回世界卓球選手権大会団体戦(以下、世界卓球2024釜山)で繰り広げられた激闘の軌跡をたどる。
初回は、女子団体グループリーグ中国対インドの1番、A.ムカジー(インド)対孫穎莎(中国)の名勝負をお届けしよう。
■ 観戦ガイド
オープニングマッチで世界中に走った衝撃!
世界ランク155位が世界女王を追い詰める
世界卓球の団体戦は2年に1度開催される、卓球界における最高権威のチーム世界一決定戦だ。毎回、チーム(国)の期待と威信を背負ったトップ選手たちによる名勝負が生まれるが、今回は「ベスト8以上は夏のパリオリンピックへの出場資格が得られる」というレギュレーションが加わったことにより、さらに熱のこもった試合が随所で見られた。
世界卓球2024釜山で繰り広げられた熱戦の数々から、初回は女子グループリーグの中国対インドの1番、A.ムカジー(インド)対孫穎莎(中国)をお届けしよう。
大会のオープニングマッチとなったこの一戦は、今大会で6連覇を目指す中国がすんなり勝利を収めるかと思われたが、出場選手全員がシェーク異質型というインドの奮闘によって予想外にもつれることとなる。
中国のトップに抜擢(ばってき)されたのは、孫穎莎だ。世界卓球2023ダーバン女子シングルスを制し、世界ランキングナンバーワンとして圧倒的なプレーを続けている孫穎莎は、今や最強中国の絶対エースである。
対するインドの1番に起用されたA.ムカジーは、フォア面に表ソフトラバー、バック面にはアンチラバー(摩擦力が少なく、相手の回転の影響を受けにくいラバー)を貼るというシェーク異質型の中でも極めて珍しい組み合わせの用具を使う選手だ。世界ランキングは155位(大会時)と高くないものの、アンチラバーでの変化から表ソフトラバーでのスマッシュにつなげるプレースタイルは唯一無二といってよく、昨年9月に行われた2023アジア卓球選手権平昌大会女子シングルスでは中国の主力である陳幸同をあと一歩まで追い詰めている。
とはいえ、孫穎莎が持ち前のパワープレーでA.ムカジーの変化を圧倒するだろう。そんな見立ては大きく裏切られることになる。
第1ゲームの出足はA.ムカジーの変化に落ち着いて対応していたかに見えた孫穎莎だったが、ポイント3-2リードの場面でA.ムカジーがバックカットのようなスイングで送ってきたツッツキに対し、初級者のように返球を浮かしてスマッシュを決められてから、試合は不穏な空気を帯びていく。A.ムカジーのアンチラバーによる想定外の変化に、まるで白昼に幽霊にでも出会ったかのような表情を見せた孫穎莎は、以降、世界女王のプライドで果敢に攻めるも、回転量が読めずにラケットが前に振れなくなる。
一方のA.ムカジーは、アンチラバーによる球質が軽そうでスピードが速いツッツキと、ドライブに対する球質の重そうなブロックで幻惑し、機を見てフォアハンドスマッシュを突き刺す独創的なプレーで世界女王を追い詰めていく。
世界ランキング155位の選手が、世界ランキングナンバーワンをのみ込む。初日のオープニングマッチで世界中の卓球ファンに大きな衝撃を与えた一戦から、卓球の奥深さ、多様性を感じてほしい。
(文中敬称略)
↓動画はこちら
(文/動画=卓球レポート)