男子団体で銀、男子シングルスで銅と2つのメダルを獲得したリオオリンピック以降、最も取材が難しい選手になってしまった水谷隼(木下グループ)にようやく時間を取ってもらうことができた。長年苦しんでいた鼻炎の手術のため、しばらく試合から離れていた水谷が、1週間後に開幕戦を控えたTリーグのための練習を開始した10月18日、私は木下グループの練習場に足を運んだ。
調整不足に泣いたハルムスタッド
今後は日本でじっくり調整していきたい
大会から半年近くたったが、水谷にまだこの話を聞いていなかったことを思い返し、5月に行われた世界卓球2018ハルムスタッドでの水谷自身のパフォーマンス、そして、チームの敗戦についての話からインタビューはスタートした。
「今年の世界卓球は、あっという間に始まって、あっという間に終わってしまったという感じでした。僕自身のプレーは良くはありませんでしたね。大会直前まで試合も続いていて、十分な調整ができませんでした。ハルムスタッドに限らず、この1年間、試合が多くてなかなか調整がうまくいっていなかったというのはありますね」
団体戦初出場の張本智和(JOCエリートアカデミー)がチームに加わり、歴代最強の呼び声も高かった日本男子だが、歯車が噛み合わずにメダルを逃すという結果に終わった。
「僕がイングランド戦でも韓国戦でも1点落としてしまったので、自分が負けたらチームが勝てないという点は、張本がチームに入った今も変わっていないと思います。けがもしていて、初戦に出られなかったり、状態はかなり悪かったので、正直に言えば、他の選手に頑張ってほしかったというのはありました。
今年はロシアリーグをやめてTリーグでプレーするので、調整不足は解消していけるんじゃないかと思っています。世界卓球では良い準備ができなくて、結果が残せなかったからこそ、これからは日本でじっくり調整していって、大きな大会にはベストコンディションで臨めるようにしたいですね。
Tリーグの開幕が目前まで迫ってきて、周りの方も『木下が一番強いんじゃないか』という声が多いので、その期待に応えられるように、初代チャンピオンを目指して、頑張りたいと思っています。
もちろん自分が出る試合は全勝を目指します。また、会場に来てくださった方にいいプレーを見せたいという気持ちはすごく強く持っています」
現在(12月26日)、水谷を擁する木下マイスター東京は9勝3敗で断トツの1位。水谷の個人成績は7勝4敗で出場選手中3位につけている。
「何が何でも優勝」という思いはないが
自分を追い込んで最高の状態でプレーしたい
水谷がV10を狙う2度目の全日本卓球選手権大会の開幕まで1カ月を切った。張本の史上最年少初優勝という劇的な結末を迎えた平成29年度の全日本から1年。次の全日本を水谷はどのような心境で迎えるのだろうか。
「今はすごくいい状態で練習もできているので、自信を持って臨みたいですね。オリンピックが終わってから、ボールや用具などいろいろな変化があって、そこに対応できていませんでした。けれど、今は落ち着いて練習できるようになって、自分の中でかなり手応えを感じてきているので、必ずよい結果を残せるんじゃないかなという自信はあります。
ただ、『何が何でも優勝するんだ』という感じではありません。勝負の世界なので、対戦相手はみんな『打倒水谷』という気持ちで向かってくるし、すべての試合に勝つことは簡単ではないと思います。もちろん、優勝を目指して頑張りますが、やはり、自分がいいパフォーマンスをすれば必ず結果はついてくると思っているので、自分自身を追い込んでいって最高の状態でプレーしたいという気持ちが一番ですね。
全日本で10回目の優勝は特別なことだと思うので、10回優勝できたら結構満足かなと思いますね」
水谷の「満足」という言葉に少し物寂しさを覚えたが、裏を返せば、9回「しか」優勝していない今は、まだ満足していないということだ。最高の状態でプレーする水谷の姿を全日本で見せてほしい。
リオ五輪後はボーナスステージ
自分の限界をもっと広げたい
全日本のさらに向こうには世界卓球2019ブダペスト(個人戦)、そして、2020年には東京オリンピックとビッグイベントが待ち構えている。どちらも水谷をも含んだ代表争いが熾烈をきわめることが予想されるが、水谷は落ち着いた口調を変えることなくこう続けた。
「手応えは本当にあるし、リオの時よりもパフォーマンスは向上していると思うので、今のまま続けていけば自信はありますね。リオまでは自分のすべてをかけて『絶対にメダルを獲りたい』という気持ちで臨みました。たとえそこで勝てなかったとしても、東京(オリンピック)を自分の集大成としてメダルを獲って終わりたいという気持ちがありました。
だから、リオで目標として掲げていた団体とシングルスのメダルを獲ることができて、そこから先の自分の競技人生というのは、ゲームで言えばボーナスステージみたいなものなんです(笑)。やるべきことをやりきった後のボーナスですから、絶対に何かを成し遂げなきゃいけないというプレッシャーよりも、自分の限界をもっともっと広げようという前向きな気持ちだけで、気楽にプレーできているので卓球が楽しいですね」
さらに、今の水谷の進んでいる方向が正しいことを裏付けるように、盟友オフチャロフ(ドイツ)についてのエピソードを紹介してくれた。
「オフチャロフが2012年のロンドンオリンピックで銅メダルを獲った後に、すごい成長したなと思ったんですよ。プレーを見ていても生き生きとしていたし、以前よりもさらに強くもなってきたのですが、僕も今、当時のオフチャロフと同じような感覚を感じています。『絶対に勝たなければ』という変なプレッシャーがないので、試合でも練習みたいに伸び伸びとプレーできて、本来の自分の力を常に発揮できるんじゃないかと思います」
十分な調整を経て、「本来の強さを常に発揮する水谷隼」にどのような結果がついてくるのか。それがどのようなものであっても、全日本、そして、世界の大舞台で伸び伸びとプレーする水谷隼を見られるという体験を多くの卓球ファンと共有できることを、今から心待ちにしている。
水谷隼:https://www.butterfly.co.jp/players/detail/mizutani-jun.html
(取材/文=佐藤孝弘 ※文中敬称略)
[選手インタビュー]
水谷隼インタビュー「自分の限界をもっと広げたい」
2018.12.27
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