今や日本の卓球ファンには、香港のエースとしてよりも、T.T彩たまの黄鎮廷(ウォン・チュンティン)と言った方が馴染みがあるだろうか。
2年前に取材した時には、気のいい好青年といった印象だったが、2018年以降、世界ランキング10位以内をキープし続け、ペンホルダーの代表格、そして、押しも押されもせぬ香港のエースとなった今、そのたたずまいにはトップ選手としての風格が漂い始めている。
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ドイツやポーランドなど、海外リーグでの豊富な経験を持つ黄鎮廷にとっても、Tリーグでの体験は貴重なものになっているようだ。
日本卓球史における新たな1ページとなった両国国技館での開幕戦にも出場した黄鎮廷にTリーグの印象を聞いた。
「開幕戦はすごくいい雰囲気で、観客も多く、開会式も立派でした。自分の中でも特別な思い出になりました。
私は木下マイスター東京との第3マッチで、張本智和(JOCエリートアカデミー)と対戦しました。張本選手とは、これまで国際試合で何度も対戦したことがありましたが、彼との試合では私が相手の特徴を出させてしまうパターンが多くなってしまい、この試合でも自分のペースをつかむことが難しく0対3で敗れてしまいました。
今は、Tリーグの雰囲気や最終ゲーム6対6から始まる特別ルールなどにも少しずつ慣れてきて、一つ一つの試合がとてもいい経験になっています」
T.T彩たまの中のトップランカーとして、シングルスでの活躍を期待されている黄鎮廷だが、ペンホルダーで巧みに両ハンドを操る黄鎮廷には、香港のお家芸でもあるダブルスでもポイントゲッターとしての役割が課せられている。初めてペアを組んだ岸川聖也(ファースト)と鄭榮植(韓国)とのダブルスについて聞いてみた。
「岸川さんとは昔、対戦したことがあったので、彼のプレーを少しは知っていました。ダブルスの練習時間はあまりありませんでしたが、意外とすぐにお互いに慣れて、これだったら行けそうだという雰囲気はありました。
鄭榮植(韓国)とも、シングルス、ダブルスで何度か対戦していて、コース取りなども含めて、彼のプレースタイルをよく知っています。私たちはお互いのスタイルが近いと思っていて、試合になってもお互いのやりたいことが分かるので、とてもやりやすいですね。彼個人も実力を持っているので、相手にプレッシャーを与えられるペアになっていると思います」
チームワークの良さには定評のあるT.T彩たま。SNS上にはリラックスした様子の選手たちのオフショットがしばしば流れてくるが、黄鎮廷にとってはどんなチームなのだろうか。
「チームはとても雰囲気がよく、練習の時もみんな気合が入っています。
坂本竜介監督は、知り合ってまだ間もないですが、いろいろとプレーの上でのアドバイスをしてくれますし、選手たちの気持ちも盛り上げてくれます。
また、チームメートだけでなくスタッフの方たちにも普段からすごく助けてもらっていて、彼らのおかげで何の心配もなく整った環境の中でプレーできる上、日本でも不自由なく過ごせていることがとてもありがたいですね」
2年前のインタビューでは、すでに世界ランキングでは香港でトップながらも「実力でも経験でも、自分にはまだ香港のエースとしての能力は備わっていません」と、エースと目されることを固辞していた黄鎮廷だが、それから状況はどのように変わっただろうか。
長く香港を牽引してきた唐鵬が代表を退き、世界卓球2018ハルムスタッドでは、黄鎮廷はエースとして香港チームを率い奮闘。だが、香港は予選リーグでドイツとスウェーデンに2敗し、決勝トーナメント1回戦で日本にストレートで敗れた。厳しい洗礼を受けた若きエースに、今の心境を聞いた。
「今はとても大きな責任を感じています。2年前はまだ唐鵬が選手でしたし、すべての責任が自分に降りかかってくるということはありませんでした。
でも今はチームの勝敗はエースである私の責任だと感じるようになりました。プレッシャーはありますが、それは私にとっては悪いことではありません。最大限に努力して香港の卓球界に貢献したいし、その責任を全うできるようにしたいと考えています」
実質的な黄鎮廷の指導者で、黄鎮廷が公私ともに兄のように慕っている唐鵬は、この取材にも同行した。唐鵬は、休憩時間には自らラケットを握って練習相手をし、黄鎮廷に繰り返し技術的アドバイスをしていた。その唐鵬が代表を退いたことが、黄鎮廷を精神的に大きく成長させたのだろう。
メンタル面で大きな成長を感じさせた黄鎮廷が、卓球選手としてさらなるレベルアップを図るために、何が必要なのだろうか。本人の考えを聞いてみた。
「ラリーには自信があるので、短いボールの処理、台上プレーを強化したいですね。ストップ、フリック、チキータなど、いろいろなテクニックに磨きをかけて、先手を取って自分から攻められるようにしたいです。あとは、バックハンドの安定性をもっと高めたいですね」
4月21日から4月28日にかけて世界卓球2019ブダペスト(個人戦)が開催される。黄鎮廷にとっては、4度目の世界卓球個人戦となる。
「前回の世界卓球個人戦、世界卓球2017デュッセルドルフでは、杜凱琹とペアを組んだ混合ダブルスで3位になりましたが、準決勝では陳建安/鄭怡静(中華台北)に勝つチャンスがあったので、悔しさが残る銅メダルとなりました。
何鈞傑と組んだ男子ダブルスでは、準々決勝で樊振東/許昕(中国)に3対2とリードしながら逆転負けしてしまいました。勝っていれば優勝のチャンスがあっただけに、この負けもとても悔しかったです。
シングルスは、ドローに恵まれ中国選手と当たらない組み合わせでしたが、準々決勝で好調の李尚洙(韓国)に敗れて、残念ながらチャンスをつかめませんでした。
今度の世界卓球2019ブダペストでは、前回の無念を晴らすべく、男子シングルスと男子ダブルスでもメダルを目指して頑張りたいと思います」
2年前、黄鎮廷は「実力でも経験でも、自分にはまだ香港のエースとしての能力は備わっていません」と、謙虚とも弱気ともいえる発言をしていた。そんな黄鎮廷について、取りこぼしが少ない分、格上にも勝ちにくい、そんな印象を抱く卓球ファンは少なくないだろう。
だが、現在の黄鎮廷は、自分が香港のエースであることを自覚し、その責任を感じながら、メダルを目指している。自分が世界のトップランカーであることを受け入れた黄鎮廷は、アスリートとしてさらに化けていくのか。ブダペストでは、爆発力のあるプレーを見せてほしい。
黄鎮廷:https://www.butterfly.co.jp/players/detail/wong-chun-ting.html
(文=佐藤孝弘 写真=Tリーグ、卓球レポート)