平成30年度全日本卓球選手権大会で、王座を奪還し、ついに自身の持つ優勝記録を10に伸ばした水谷隼(木下グループ)。卓球レポートでは2回に分けて、日本卓球界のキングとして帰還した水谷のインタビューを掲載する(第1回はこちら)。
第2回は多くのファンに衝撃を与える内容となるかもしれない。卓球選手水谷隼はどこへ向かうのか、彼は今、岐路に立たされていると言っていいだろう。
「優勝を期待されて出ることはもうないと思いますが、誰からも注目されない別人としてなら出てみたいですね。新たな自分として一から出たいという気持ちはあります」
「全日本卒業」の真意を尋ねるとこんな言葉が返ってきた。「水谷隼」という自らが作り上げた看板の重さは、それを背負っている本人にしかわからない。だから、私たちは水谷の決断を尊重するしかない。
だが、水谷隼が本心では出場したいと望んでいながら、出場できない理由があるとすれば話は別だ。
私は、以前から思わしくないと聞いていた水谷の目の状態について尋ねてみた。全日本で優勝したのだから、そう悪くはないのだろうという安直な気持ちで。だが、水谷の答えは、私の期待を裏切るものだった。
「よくないですね......。今も視界の全体がぼやけてて、車のヘッドライトに照らされてパッと見えなくなる、あれがずっと続いてる感じですね。ぼやけているというか霞んでいる感じです」
そんな状態でも全日本で優勝できたのはなぜなのか。
「本当は他の選手にもっと頑張って欲しいですよ(笑)
全日本で勝てたのは、強いて言うなら、会場が明るかったからですね。暗いと、きついので、明るかったからまだ戦えたというのはあります。でも、パフォーマンス的には30%くらいですかね。全然よくはなかったです。
大島との決勝でも、1ゲーム目を見たら、6本か7本は、ちゃんとラケットに当たっていません。大会通して、角とか変なところに当たってるミスがめちゃくちゃ多いです。一瞬反応が遅れて、相手コートに入れるだけになって(相手に)打たれたりというパターンも多かったですね。ただ、この1年くらいずっとそうなので、たくさん負けますし、あまり気にはしていません。もうしようがないと思って。
プレーは、ほぼ勘です。どっちにボールが来るのか、全部賭けです。そうなる前に、アグレッシブに攻めて、相手の打てるコースを限定させるしかない。最初に自分から仕掛けて、相手の打てるコースを絞らせて、そこで勝負を賭けるという。だから前陣でプレーしているんです」
卓球レポートでも全日本で水谷が披露した前陣カウンタープレーを、彼の進化と評したが、そうした無邪気な称賛が今となっては恨めしくすらある。
落胆を隠せない取材陣を気遣うかのように水谷は淡々と言葉を続けた。
「全日本が終わってから、治療のためにアメリカに行きましたし、改善することを最優先で努力はしています。完治すれば一気に強くなると思うんですよ。目以外の状態は全然悪くないので。
ただ、今は、練習でやっていることをまったく試合で出せていないので、それがちょっと歯がゆいですね」
ひょっとしたら、もう全日本に出ないという一因もそこにあるのではと尋ねると、水谷は素直にこう答えてくれた。
「治ったら出る可能性はあると思います。大きな理由はそこにあるので。自分がベストな状態じゃないのに出て負けるのは悔しいし、自分の納得のいっていない状態では出たくないという気持ちが強いですね。応援してくれる人に申し訳ないので。
ファンの方には、治るまで待っていてほしいですね。治れば、その時のパフォーマンスは、本当に今の比じゃないです。とにかく今は、最優先に治そうと取り組んでいるので待っていてください」
深刻さを払拭しようと、視力の回復した水谷を「大リーグボール養成ギプスを外した星飛雄馬」や「重い修行着を脱いだ孫悟空」に喩えた取材陣に笑顔を見せてくれた水谷。その視線の向こうには何が映っているのか。
今はまだ霞んでいる未来のビジョンがくっきりと姿を現した時、私たちは卓球史の新たな1ページを目撃することになるだろう。
水谷隼:https://www.butterfly.co.jp/players/detail/mizutani-jun.html
(写真=猪瀬健治 写真・文=佐藤孝弘 ※文中敬称略)