ついにその才能が開花した。
方博(中国)、オフチャロフ(ドイツ)、黄鎮廷(香港)、ファルク(スウェーデン)、李尚洙(韓国)、張本智和(日本)。2018年以降、弱冠17歳の林昀儒(リンユンジュ)が勝ち星を挙げてきた強豪たちの名前を並べただけでも彼の強さがわかっていただけるだろう。中華台北では幼少期からそのセンスを高く評価され、弱冠14歳から中華台北代表になるなどして注目を浴びてきた林昀儒が、今回のジャパンオープンでついに世界にその実力を知らしめた。
17歳という若さと華奢とも言える細い手足で、林高遠(中国)、カルデラーノ(ブラジル)らを破り、決勝では許昕(中国)にも善戦したそのプレーは多くの卓球ファンを魅了した。強さもさることながら、特筆すべきはその優雅なプレーぶりだ。巧みなサービス、大胆なチキータ、高速ラリー中でもまったく力みのないカウンター、激しいラリーを制しても声もあげずに、時折見せるガッツポーズすら拳を軽く握るのみと控えめだ。
そんな中華台北の神童、林昀儒に卓球レポートでは初となるインタビューを行った。
(このインタビューは2019年6月12日に行ったものです)
この1年で最も成長したのはメンタル
2年前の6月には241位だった世界ランキングは、2年間で20位まで上昇。この急成長を林昀儒本人はどのように受け止めているのだろうか。
「試合が終わったら、必ず自己分析を行って問題点を洗い出すようにしています。この1年で一番成長したのはメンタルです。それが強い選手にも勝てるようになった理由だと思います」
技術は既に十分なものが備わっている。それにメンタルが追いついてきたということなのだろう。得点しても失点しても、感情を高ぶらせることなく、常に淡々とプレーする林昀儒。外からその様子を見て、1年前との変化を見つけることは難しいが、本人はメンタル面に確実な成長の手応えを感じているようだ。
2回戦敗退に終わったブダペスト
世界卓球2019ブダペストが林昀儒の世界的な「デビュー」の場になると期待していたファンは少なくないだろう。4回目となる世界卓球、初戦となった決勝トーナメント1回戦では予選で2勝を挙げて勢いに乗るドイツの若手ペンホルダーのD.チウをストレートでくだし、好スタートを切った。だが、2回戦でカット主戦型のジオニス(ギリシャ)に足をすくわれた。無論、簡単に勝てる相手ではなかったと思うが、一度は試合の流れを支配していただけに悔やまれる敗戦となった。
「普段あまりカット主戦型の選手と試合をすることがないので、序盤はやりにくさを感じました。中盤になって慣れてきたので、戦術の調整もでき、試合の流れをつかむことができましたが、終盤で少し精神的なすきが生じてしまいました。相手も経験豊富なのでいくつもの戦術を使ってきて、勝ち切ることができませんでした」
林昀儒は1ゲーム目を5対11で落とした。ジオニスの切れたバックカットを打ち抜くにはパワー不足の感は否めなかったが、2ゲーム目からは緩急をつけたカット攻略で3ゲームを連取し、そのまま押し切るかに思われた。しかし、ベテランの意地を見せたジオニスの粘り強い守備と思い切った攻撃に流れを奪われ、勝利には至らなかった。林昀儒がその名を世界に轟かせるにはまだ機が熟していなかったということなのだろう。
中華台北の真のエースへ
世界ランキングではこの5月についに中華台北のエースを担ってきた大ベテランの荘智淵を抜いて、中華台北トップの座に躍り出た。それが林昀儒に何か変化をもたらしたろうか。
「中華台北でトップにはなりましたが、気持ちの大きな変化はありません。ただ、目の前の1試合1試合にベストの状態で臨み、全力でぶつかっていくことは忘れないようにしています。
荘智淵からは、技術的にもメンタル的にもまだまだ学ぶことはたくさんあると思っています」
東京オリンピックを最後に引退を表明している荘智淵だが、長年、中華台北のエースの重責を一身に背負ってきた彼にしてみれば、やっと安心して後を任せられる選手が現れたというところではないだろうか。ともに戦うことのできる残りの1年は荘智淵と林昀儒の2人にとってとても濃密な時間となることだろう。
林昀儒が中華台北の真のエースになる日はそう遠くない。
Tリーグでは日本選手から
苦労を惜しまない姿勢を学んだ
林昀儒にとって、Tリーグ岡山リベッツへの加入は大きな意味を持つ挑戦となったようだ。成績は3勝3敗ながら、荘智淵、アポロニア(ポルトガル)、張本智和から勝利を挙げ、チームのプレーオフ進出にも貢献した。
「Tリーグは僕にとって初のプロリーグへの参戦となりました。このような大きなプロリーグに参戦することで、たくさんの選手と練習や試合ができて、多くのものを得ることができました。特に、日本選手の練習に対する取り組み方、真面目で苦労を惜しまない姿勢は見習いたいと思いました」
岡山リベッツのチームメートたちは年下の林昀儒にも貪欲にその技術について教えを請うたという。Tリーグ元年が、そして、日本選手の真剣さが林昀儒の成長を促した一因だとすれば、その一事をもってTリーグは成功していると言っていいだろう。
アグレッシブなプレーを支える
『張継科 SUPER ZLC』と『ディグニクス05』
林昀儒が他に類を見ない個性的な卓球選手であることの一つの証左として、彼の使う用具が挙げられる。
それは『張継科 SUPER ZLC』だ。このラケットに搭載されている『スーパーZLカーボン』という特殊素材は、反発弾性が非常に高いため、ボールの威力が出る半面、正確にコントロールするためには繊細な打球感覚が必要とされるのだ。このラケットを林昀儒は台上プレーでも、カウンターでも完全に自分のものにしている。実際の使用感を本人に聞いてみた。
「プラスチックボールが導入されてから、それに対応できるように、ラケットはそれまで使っていた『ティモボル ALC』から『張継科 SUPER ZLC』に変えました。プラスチックボールで威力をあるボールを打つには、以前よりもパワーが必要になったので、弾みの強い『スーパーZLカーボン』を搭載したラケットに変えたのが大きな理由です。
ラバーは、フォア面には『テナジー05ハード』を使っています。バック面には『テナジー64』を使用していましたが、『ディグニクス05』に変えました。『テナジー64』は下回転のボールに対してはいいボールが打てましたが、上回転のボールに対しては少し課題を感じていました。『ディグニクス05』は、下回転のボールに対しても、上回転のボールに対しても、バランスよく対応できるので、使いやすいと感じています」
林昀儒の鋭いチキータや目の覚めるようなカウンターが、類まれなボールタッチとこの用具から生み出されていることは間違いない。
これまで応援してくれた方々に感謝
林昀儒がこれからトップへの道を頂まで登り進めようとしているのは誰の目にも明らかなように見えるが、本人はどのようなビジョンを持っているのだろうか。
「一歩一歩、地に足をつけて全力でプレーして世界ランキングを上げていきたいと思っています。
今まで応援してくれた方々に、まず感謝を述べたいと思います。これからも努力していきますので、引き続きご支援よろしくお願いします」
はにかみながら答える横顔は、根っからの育ちのよさと人の好さに満ちている。トップ選手に特有の自信や負けん気の強さを微塵もにじませない様子は、この先のさらに険しさを増すであろう競技者の道を進んでいくことが危ぶまれるほどだ。
日に日に増していく周囲の期待と、世界の頂を目指す厳しい戦いの中、ひとり物静かに佇(たたず)まうかに見える17歳が、この静けさをどこまで連れて行くことができるのか。誰もが決まったと思うような相手のフルスイングの強打を、ただ1人、林昀儒だけが優雅に待ち構えている瞬間の時が止まったかのような静けさを。
林昀儒:https://www.butterfly.co.jp/players/detail/lin-yunju.html
(写真=岡本啓史、佐藤孝弘、Tリーグ、文=佐藤孝弘)