~宮﨑強化本部長に聞く日本の強化策~
日本の最前線ではどのような強化が行われているのか。そのさまざまな方策について、日本卓球界の強化の長である宮﨑義仁強化本部長に聞く本企画。
今回も、世界卓球2019ブダペスト(個人戦)の男子シングルスについて宮﨑強化本部長が振り返ってくれる。前回に引き続き、男子シングルスを制した馬龍(中国)の強さについて分析していただいた。
プレーの軸が確立されている。それが馬龍の強さ
前回は、世界卓球2019ブダペスト(以下、世界卓球)の男子シングルスを制した馬龍(中国)の強さについて、中国の組織力の観点からお話ししました。
今回は、馬龍のプレー面での強さについて、私なりに分析してみたいと思います。
今大会の馬龍は圧勝と言っていいほど素晴らしいプレー内容でしたが、過去に優勝した2回の世界卓球と比べて何かが変わったのかというと、特段の変化は見受けられませんでした。もちろん、チキータやYGサービスなど今の流行技術への対応力は高まっていましたが、馬龍自身のサービスやレシーブの組み立てと、そこからの展開の根本は、最初に世界卓球を制した2015年の蘇州大会の時とほぼ同じでした。
馬龍のサービスは、その大半を相手のフォア前かミドル前に出します。そして、競った時や流れを変えたい時に、バック前へのサービスとロングサービスを使います。この二系統のサービスを試合の流れを見ながら出し分け、これ以外のサービスの組み立てはほとんどしません。
そして、馬龍はレシーブもチキータやフリックをあまり使わず、ストップをメインにしてラリーを進めていきます。
つまり、あれこれ仕掛けずに「サービスやレシーブをシンプルにして相手のプレーに応じる」のが馬龍のプレーの進め方であり、ここに彼の強さが集約されています。
馬龍のプレーがシンプルなのは、「プレーの軸がしっかりしている」からにほかなりません。プレーの軸とは抽象的な表現ですが、具体的には「自分の得点パターン」または「自分のセオリー(定石)」と置き換えられるでしょう。
馬龍には、自分が繰り出す技に対し、相手がどう切り返してきてもそれを上回るだけのパターンの精度やバリエーションがあります。それらのパターンを実行できるのは確かな技術力や豊富な経験があることは言うまでもありませんが、それに加えて、先に述べたようにサービスとレシーブからシンプルにラリーを始めていることが大きいでしょう。プレーをシンプルに絞っているからこそ、パターンが明確になり、相手をそこに引き込むことができます。馬龍は自分のパターン、すなわち軸を崩さないために、あえてプレーをシンプルに絞っているとも言い換えられるでしょう。
この自分の得点パターンをシンプルに実行する軸が、馬龍が世界の頂点をキープし続けられる大きな理由だと私は見ています。
トップ選手は総じて確かな軸があるものですが、その中でも馬龍のプレーの軸はひと回り大きいと言えるでしょう。
ダイナミックさよりも、プレーの進め方に注目してほしい
馬龍のプレーは我々にとって見習うべき点が多いですが、トップレベルだけでなく、強さを求める全ての選手や指導者にとっても示唆に富んでいると思います。
サービスを例に挙げてお話ししましょう。
あるサービスが相手に効かなかったらすぐに次のサービスを練習する、というステップでは、サービスが効かない相手に勝つことは難しくなります。また、相手のレシーブへの対応を磨かずに、次から次へとサービスだけを変えるようでは、自分なりのセオリーや得点パターンは身に付かないでしょう。
馬龍のようにサービスをシンプルに絞り、相手のいろいろなレシーブへの対応を磨く方が、試合で勝つために必要な身のこなしや判断力が身に付きます。そして、それが確かな軸を形づくっていくのです。
馬龍のプレーは、思わず見とれてしまうほどフットワークやスイングがダイナミックです。しかし、それらだけに目を奪われるのではなく、ぜひ馬龍のラリーの始め方、進め方に注目してみてください。そこからは、強くなるためのヒントがたくさん見つかると思います。
(取材=猪瀬健治)