~宮﨑強化本部長に聞く日本の強化策~
日本の最前線ではどのような強化が行われているのか。そのさまざまな方策について、日本卓球界の強化の長である宮﨑義仁強化本部長に聞く本企画。
今回も、前回に引き続いて伊藤美誠(スターツ)に対する評価を語っていただいた。
伊藤美誠のサービスの多彩さや質の高さは世界ナンバーワン
11月上旬の卓球ワールドカップ団体戦ではエースとして日本を準優勝へと導き、その直後に行われたワールドツアー・オーストリアオープンで優勝、さらにT2ダイヤモンドでは準優勝と、ここに来て、伊藤美誠の強さはさらに加速しています。
前回は伊藤の強さとして、打球点が早いツッツキを取り上げましたが、今回は、ツッツキ以上に伊藤の大きな武器である「サービス」にスポットを当てたいと思います。
読者の皆さんもご存じの通り、伊藤のサービスはとても多彩です。回転や長さのバリエーションが豊富なのはもちろんですが、伊藤はそれらのサービスをバック側からだけでなく、フォア側やセンターライン付近からなど、いろいろな位置から出し分けます。
加えて、伊藤のサービスは、単に種類がたくさんあるだけにとどまらず、一つ一つの完成度が抜群です。世界ナンバーワンとも言える多彩で質の高いサービスは、伊藤の強さの軸と言っていいでしょう。
「捨てサービス」の得点率の高さが示す伊藤美誠のすごさ
伊藤のサービスを見ていて強く感じるのは、「捨てサービスが多い上に、それらが得点につながる」ことです。
「捨てサービス」とは、いわゆる伏線に使うサービスです。多くの選手は「軸になるサービス」と、それを生かすための「伏線のサービス(捨てサービス)」の二つでサービスを組み立てます。例えば、フォア前へのサービスが得意だという選手は、そのサービスを生かすためにバック側へのロングサービスを伏線のサービス、つまり捨てサービスで使う組み立てが一般的です。
捨てサービスの目的は、得点することではなく、「軸になるサービスの効果を高める」ことなので、使う頻度が少ない上に、得点できるかどうかはあまり問題ではありません。
ところが、伊藤は、捨てサービスのように見えるサービスが多い上に、それらのサービスが得点に結び付いてしまうケースがとても多いように見受けられます。
この私の所感は、「伊藤のサービスは、どれが軸か分からないほど多彩でありながら、どのサービスも軸になり得るほど質が高い」と言い換えることができると思います。
最近の伊藤のサービスはますます磨きがかかっていますが、その転機は4月に行われた世界卓球2019ブダペスト(以下、世界卓球)でしょう。
伊藤は世界卓球の女子シングルス3回戦で孫穎莎(中国)に敗れましたが、あの試合は、伊藤が孫穎莎に対してサービスを散らしすぎ、それによって3球目以降の戦い方がまとまりきらなかったことが敗因の一つだと私は分析しています。
しかし、この敗戦を機に、伊藤が一つ一つのサービスの質と、それらのサービスからの3球目の精度をさらにブラッシュアップしたことは、彼女の最近の成績を見れば一目瞭然です。
組み立てのバリエーションを増やすことが鍵
伊藤のサービス力は世界でも追随を許さないほど突出していますが、彼女がさらに上を目指すためには「組み立てのバリエーションを増やす」ことが鍵になると思います。
現在、伊藤のサービスの組み立ては、相手のフォア前に短いサービスとバック側への長いサービスが中心です。
このサービスの組み立ては、劉詩雯や王曼昱(ともに中国)のようにチキータや両ハンド攻撃が得意な選手に対して有効で、今の女子卓球界ではサービスの組み立てのセオリーとも言えるでしょう。その一方で、フォア前へのサービスとバック側へのロングサービスの組み立ては、孫穎莎のように足が速くてフォアハンドで回り込む率の高い選手に対しては、バック側への長いサービスを狙い打たれる可能性が高くなり、今ひとつ効果を発揮しません。
そこで、伊藤には、フォア前へのサービスとバック側へのロングサービスの組み立てに加え、「バック前へのサービスとフォア側へのロングサービスの組み立て」も取り入れてほしいと思います。
このサービスの組み立てを自分の物にできた時、伊藤はさらに隙のない選手になるでしょう。
次回は、伊藤の存在が最強の中国に与える影響について、推論を述べたいと思います。
取材=猪瀬健治
写真提供=ITTF(国際卓球連盟)