~宮﨑強化本部長に聞く日本の強化策~
日本の最前線ではどのような強化が行われているのか。そのさまざまな方策について、日本卓球界の強化の長である宮﨑義仁強化本部長に聞く本企画。
今回も、伊藤美誠(スターツ)に対する評価を紹介しよう。
伊藤美誠の存在は、中国の選手選考に影響を及ぼす可能性がある
前々回、前回と伊藤美誠の技術的な強さについて、私見を述べました。今回は、伊藤の存在が中国に与える影響について述べたいと思います。
伊藤は、11月に行われたワールドツアー・オーストリアオープンで優勝、T2ダイヤモンドで準優勝と、世界のトップ選手たちがそろったビッグマッチで立て続けに好成績を挙げました。これらの国際大会は、「伊藤が勝てない選手はいない」ことを世界にあらためてアピールした大会になったと思います。
最近の国際大会での好成績により、日本女子の中での世界ランキング首位を確定させた伊藤は、来夏に行われる東京オリンピック女子シングルス日本代表の座を早々に射止めました。
強化に携わる身として、過度な期待は抑えなければなりませんが、客観的に見ても「伊藤は東京オリンピック女子シングルスで金メダルに近い本命の一人」と断じて異論はないと思います。
伊藤の成長は日本にとって頼もしい限りですが、その一方で他国、特に中国は相当な脅威と感じているでしょう。
ひと昔前まで、中国女子は競り合うことすら難しい高くて険しい山でした。ところが、最近の伊藤は中国の主力選手たちに対し、競り合うどころか互角以上の成績を収めています。常勝を義務付けられている中国は、伊藤対策に躍起になっていることでしょう。
伊藤の存在は、中国に対策を迫るだけにとどまらず、中国の東京オリンピックに向けた選手選考にも影響を及ぼす可能性があると私は見ています。
中国のオリンピックの選手選考は、伝統的に経験を重んじる傾向があります。「そのコートに立てば誰もが震える」といわれるオリンピックの大舞台では、その時に勢いのある若手ではなく、ある程度経験を積んだ選手でなければ任せられないと考えているからだと思います。
この傾向に照らし合わせると、東京オリンピックに向けては丁寧、劉詩雯の経験豊富なベテランが軸になり、この二人とダブルスが組める陳夢を3番手に据えるオーダーが順当でしょう。
従来のように、中国とそれ以外の国との差が開いていれば、勢いのある若手を出して足元をすくわれるリスクを避け、このような手堅いオーダーで十分かもしれません。
しかし、伊藤は挙げた三人の誰に対しても勝つ可能性があります。そのため、中国は伊藤対策の一環として、丁寧、劉詩雯、陳夢の中から誰かを外し、世界卓球2019ブダペストや卓球ワールドカップ団体戦、T2ダイヤモンドなどの大舞台で伊藤に勝っている若手の孫穎莎を選んでくるかもしれません。
特に、今の中国卓球協会会長である劉国梁(アトランタ五輪男子シングルス金メダリスト・元中国ナショナルチーム総監督)は、大胆な手腕で知られる人物です。伊藤対策に重きを置き、これまでの経験や慣例、中国の世論にとらわれず、孫穎莎を大抜擢してくる可能性はゼロではないでしょう。
中国代表メンバーの察知は、馬琳が鍵
中国が東京オリンピックに誰を選んでくるのかをいち早く察知することは、対策を進める上で必要です。
中国の代表メンバーを察知するヒントとして私が注目しているのは、中国女子のコーチである馬琳(北京五輪男子シングルス金メダリスト)です。現在、馬琳は中国女子の指導陣の中心人物になりつつあり、彼がベンチに入る選手は有望だと考えられます。そのため、今後のワールドツアーなどで「馬琳がどの選手のベンチに入るのか」を見ることにより、代表メンバーの見当がつくと思っています。
今回は、伊藤の存在が中国女子の代表選考に与える影響について推測を述べました。
日本女子が金メダルという悲願を達成するための最大の障壁は、言うまでもなく中国です。したがって、中国が誰を選ぶかは気になるところではありますが、中国が誰を抜擢してこようと、日本は伊藤を筆頭に最高の代表メンバーを選び、自信を持って送り出すことに変わりはありません。
取材=猪瀬健治