~宮﨑強化本部長に聞く日本の強化策~
日本の最前線ではどのような強化が行われているのか。そのさまざまな方策について、日本卓球界の強化の長である宮﨑義仁強化本部長に聞く強化のフロントライン。
今回は、2020年全日本卓球選手権大会男子シングルスで優勝した宇田幸矢(JOCエリートアカデミー/大原学園)について話していただいた。
自主性を磨いて一気に飛躍した宇田幸矢
今回から、2020年全日本卓球選手権大会(以下、全日本)の評価や所感を述べていきます。
初めに、男子シングルスで優勝した宇田幸矢(JOCエリートアカデミー/大原学園)についてお話ししましょう。
私は、普段からエリートアカデミーで宇田のプレーに接していたので、彼の能力の高さはよく分かっていました。そのため、今大会の男子シングルスのドロー(組み合わせ)を見た時、「宇田は、自分の力を普段通りに出せば決勝まで行くだろう」と予想を立てていました。
さすがに、張本智和(木下グループ)を倒すとまでは思っていませんでしたが、今回の全日本における宇田の優勝は、決してフロック(まぐれ)ではなく、順当な結果だったと捉えています。
宇田が優勝した要因として、私が真っ先に挙げたいのが、「自主性が磨かれた」ことです。
宇田が所属するJOCエリートアカデミー(以下、エリートアカデミー)では、基本的に「この日はフットワークを中心に練習します」「この日はカットマンと練習したいです」「この日は休息に当てます」などのように、一週間の予定を選手たちができる限り自分で立て、それに基づいて練習が行われます。選手たちに練習計画を考え、決めさせることで、彼らの自主性を養うことが強化に欠かせないと考えているからです。
もちろん、単に放任するのではなく、提出された練習計画はしっかりチェックし、その練習効果が高まるようサポートしたり、計画に改善点が見られた場合は指導やアドバイスを行ったりしますが、原則として「練習計画は選手たちが自分で決める」ことが、エリートアカデミーの基本方針です。
宇田もこの方針に沿ってエリートアカデミーで練習を行ってきましたが、昨年の春、彼が高校3年生になった時点で「エリートアカデミーにとどまらず、外で自由に練習してもよい」と宇田が自由に使うことができる時間や場所を大きく広げました。
この方針により、宇田は大学や実業団など、さまざまなところへ自分で出掛け、武者修行を行いました。宇田にとっては、自分がやりたい練習が好きなだけやれた一年だったと思います。
そうして、自分で自分をしっかりコントロールするための自主性に磨きをかけたことで、宇田はひと回り大きく成長しました。
このことが、今回の宇田の優勝を支えた土台になっていたことを、まず述べておきたいと思います。
能動的に自ら強くなろうとすることの重要性を再認識
選手自身が自由に練習を計画する方針は、自主性を養うメリットがある半面、選手によっては集中を欠いたり、練習を休んだりしてマイナス面に働いてしまうリスクも、もちろんあります。
しかし、宇田は全日本の結果で明らかなように「自由に練習する」という意味を履き違えずに正しく理解し、成長に結び付けてくれました。
宇田に対して、自由に練習する方針を採用したのは、彼が日本の将来を担うポテンシャルを備えた選手であることが大きな理由です。
強化本部が選手たちの将来性を図る大会の一つに、世界ジュニア卓球選手権大会(以下、世界ジュニア)があります。
宇田は、その世界ジュニア(2018年ベンディゴ大会)の男子シングルスで準優勝しました。
世界ジュニアにおける日本勢の男子シングルスのこれまでを振り返ると、水谷隼(木下グループ/2005年リンツ大会2位)、松平健太(T.T彩たま/2006年カイロ大会優勝)、丹羽孝希(スヴェンソン/2011年マナーマ大会優勝)、張本智和(木下グループ/2016年ケープタウン大会優勝)らそうそうたるメンバーが好成績を残しており、みな日本を担う選手へと成長しました。
これらの歴史を踏まえると、世界ジュニアで準優勝した宇田にも、水谷や張本らと並ぶポテンシャルが備わっていると評価することができます。
世界ジュニアで2位に入り、トップレベルまでもう少しで手が届く位置まで来ていた宇田が、その少しの差をどう埋めるのか。その方策を考えた時、「自分で埋めるしかない」という結論に至り、宇田に自らの強化を託しました。そして、彼は見事にやり遂げてくれました。
宇田にとって、勝敗は全て自己責任という覚悟で挑んだ今回の全日本は、「自分の手で勝ち取った」という手応えを強く感じた優勝だったのではないかと思います。
宇田の優勝は、本人のみならず、日本の強化に携わる私にも確かな手応えを与えてくれました。
選手が強くなるためには、周囲のサポートはもちろん欠かせませんが、何より重要なのは自分自身です。どれほど優秀なコーチに師事したり、周囲の手厚いサポートを受けたりしたとしても、それらを生かせるかどうかは、結局のところ自分次第なのです。
今回の全日本までの一年間の宇田は、自ら能動的に動き、成長しました。もちろん、それを狙っての強化策でしたが、宇田の優勝を目の当たりにし、あらためて「自分で自分を強くする」ことに目覚めた選手の成長の早さと、選手をそのように導く強化策の正しさや重要性を再認識しました。
次回は、より具体的な宇田の勝因について述べたいと思います。
取材=猪瀬健治