~宮﨑強化本部長に聞く日本の強化策~
日本の最前線ではどのような強化が行われているのか。そのさまざまな方策について、日本卓球界の強化の長である宮﨑義仁強化本部長に聞く強化のフロントライン。
今回は、平野美宇(日本生命)について話していただいた。
勝てない時期を耐え、東京五輪代表候補の座をつかんだ平野美宇
今回は、2020年東京オリンピック女子団体戦代表候補選手に選ばれた平野美宇(日本生命)についてお話ししたいと思います。
平野は2017年1月に行われた全日本卓球選手権大会女子シングルス(以下、全日本)で、16歳9カ月という若さで史上最年少優勝を果たすと、同年4月に行われたアジア卓球選手権無錫大会女子シングルス(以下、アジア選手権大会)では、丁寧、朱雨玲、陳夢と中国の主力選手を連破して優勝し、世界を驚かせました。同年6月に開催された世界卓球2017デュッセルドルフ女子シングルスでも銅メダルを獲得し、その力がトップレベルであることを世界中に知らしめました。
今の女子のトップ選手は、当たり前のようにチキータを使い、両ハンドもスピーディーでパワフルです。プレーポジションこそ前(前陣)ですが、プレーの構成内容は男子と遜色ありません。
この潮流をつくったのは、2017年に「ハリケーン」と称される超攻撃的なプレースタイルでブレイクした平野だと言って差し支えないでしょう。
世界の女子卓球界にとって目指すプレースタイルのモデルになった平野ですが、2018年は各国、特に中国に対策されて勝てない時期が続きました。全日本やアジア選手権大会を制した2017年の平野の力が10だとすると、2018年は2から3しか出し切れていませんでした。
2017年と2018年の極端な成績が物語るように、平野は心身ともに好不調の波にのみこまれてしまいました。しかし、昨年(2019年)になって平野のプレーは安定し、東京オリンピック女子団体戦代表候補選手の座を見事につかみ取りました。
私は、味の素ナショナルトレーニングセンターで平野の練習をよく見ますが、最近の彼女は、うかつに近づくのがはばかられるほど高い集中力でラケットを振っています。
勝てない時期が続いてくじけそうな気持ちをぐっとこらえ、集中力の高い練習をやり込んだことで、平野の地力が上がりました。それに伴って好不調の波が穏やかになり、それが東京オリンピックの切符につながったのだと思います。
中国が平野対策として繰り出してきた戦術とは?
勝てない時期を乗り越えて東京オリンピック女子団体戦代表候補選手の座をつかんだ平野ですが、低迷していた原因はかなり明確に分かっています。
その原因とは、「ツッツキを打たされるケースが多くなった」ことです。
平野と丁寧(中国)の対戦で、2017年に勝った試合と負けた試合を比較したところ、興味深いデータが得られました。
2017年のアジア選手権大会で平野が丁寧に勝った試合では、丁寧が平野に送ったツッツキの回数は一桁でした。ところが、世界卓球2017デュッセルドルフ女子シングルス準決勝で平野が敗れた時は、丁寧は平野に30を越える数のツッツキを送っています。
このデータが物語るように、丁寧、すなわち中国は、平野対策として「平野にツッツキを数多く打たせる戦術」を繰り出してきました。
世界一と言っても過言ではない打球点の速さを持つ平野がひとたび両ハンドを振り始めたら、最強の中国をもってしても止めるのは至難の技です。ならば、ラリーの始めから速いピッチで平野と打ち合うのではなく、平野にツッツキを送り、まずは時間に余裕をつくってから攻略しようというのが、中国が編み出した平野対策でした。
平野にツッツキを打たせる戦術は、世界卓球2017デュッセルドルフの丁寧以降、ほかの中国選手も使うようになりました。このあたりの徹底ぶりはさすが中国というほかありませんが、ツッツキを多く打たされる戦術を使われて以降、平野は中国選手に勝てなくなり、それに伴って調子を落としていきました。
現在、平野はツッツキに対して、強攻だけではなく、ループドライブも効果的に使うようになり、弱点を克服しつつあります。今後は、ツッツキに対して高いドライブや遅いドライブを使う、相手にツッツキをさせない展開を工夫する、あるいはツッツキを攻めた後の展開を強化するなどして、さらに弱点をカバーしてほしいと思います。
先に、平野は好不調の波が激しいと述べましたが、調子の波をつくり出すのは、誰かではなく、ほかならぬ自分です。そのことは、勝てないつらい時期を耐えた平野自身が一番よく分かっているはずです。
平野には、弱点と向き合いつつ、長所をさらに伸ばし、これまでで一番高い波に乗った状態で東京オリンピックを迎えてほしいと思います。
取材=猪瀬健治