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インタビュー 坪井勇磨 
①サッカー少年だった小学校時代

 高校3年生でインターハイ三冠王という輝かしいタイトルを手にした翌年の2015年から、バタフライ・アドバイザリースタッフに名を連ねている坪井勇磨に、卓球レポートでは初となるインタビューを行った。
 坪井の経歴を簡単に紹介すると、青森山田中学校3年生の時に平成23年度全国中学校大会で男子団体、男子シングルスを制覇、青森山田高校3年生の時には平成26年度インターハイで男子学校対抗、男子ダブルス、男子シングルスの三冠を獲得。筑波大学に入学し、1年生、2年生と2年連続で全日本卓球選手権大会男子シングルスでランキング入り、3年生で全日本学生選抜卓球選手権大会優勝と着実にトップ選手の道を歩んできた。社会人となった現在は、東京アートで主力選手の1人として奮闘している。
 巧みなサービス、レシーブからのクレバーな組み立てを軸にした前陣プレーで活躍する坪井だが、近年ではスポットライトを浴びる機会が少なかったことも事実だ。このインタビューでは坪井の幼少期から現在までを振り返り、その卓球人生に迫りたい。

きっかけは父の勤務先の高校の卓球部

--卓球を始めたきっかけは?

 僕の父が川越東高校という高校の教員をやっていて、卓球部の顧問だったんですね。父は卓球経験者ではなかったのですが、顧問をやっていた関係で、僕が小学校1年生の時にその高校の卓球部の練習に見学に行くようになって、ボールを拾ったり、遊びで打たせてもらったりするようになったのが卓球を始めたきっかけです。

 川越東高校はインターハイや全国高校選抜大会にも何度か出場したことがあるくらい強い卓球部で、しかも進学校でみんな真面目だったので、小学生の僕のことも結構ちゃんと相手にしてくれました。
 ただ、その頃はまだ教わるということはなく、見よう見まねでやっていただけでした。卓球は楽しかったのですが、それまでもやっていたサッカーに結構本気で取り組んでいたので、卓球はまだ遊びという感覚でした。

 そんな感じでサッカーをメインに、卓球も続けてはいたのですが、小学校4年生の頃にもうちょっと本格的に卓球をやってみたいと思って、TTC平屋に入って基本から習うようになったら、その年のカブ(全日本卓球選手権大会カブの部)でベスト4に入って、サッカーよりも卓球の方が自分に向いているかもしれないと薄々気づき始めました。

小学校4年生で全国大会に初出場。3位の好成績が卓球に打ち込むきっかけに

--サッカーへの思い入れは結構強かったんですね。

 サッカーも本当にそこそこうまかったんですよ(笑) 右フォワードをやっていて、センタリングの精度には自信がありましたね。友だちもサッカーをやっている友だちが多かったですしね。
 でも、小学校高学年になってくると、身長が大きくなかったというのもあって、同年代の選手に足の速さで負けたり、体格のいい選手に当たり負けするようになってきて、ちょっと挫折感を味わうようになってきたのと、卓球で勝てることの喜びが大きくなってきた時期が重なったんです。
 それでもまだサッカーは続けていたんですが、卓球をやる時間が増えてきて、5年生の時はホープス(全日本卓球選手権大会ホープスの部)でベスト8、6年生ではベスト4に入って、中学校では卓球を頑張ろうという気持ちになりました。

 ちなみに、6年生の時のホープスの優勝が村松(雄斗/東京アート)、2位が和弘(吉村和弘/岡山リベッツ)だったんですが、社会人になってその2人と東京アートで一緒になった時はちょっと感動しましたね。

6年生の時のホープスの部表彰台。右端が坪井。同級生との交流は今も続いている


 本格的に卓球クラブに通うようになったのが小学4年生と決してスタートは早くない坪井。サッカーに打ち込んでいた少年が卓球の才能に目覚めると、同年代では瞬く間に頭角を表した。
 次回はエリート集団、青森山田中学校に入学してからの話を聞いた。

(取材=卓球レポート)

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