世界卓球2022成都は、多くの人にとってそうであるように、張本智和本人にとっても忘れることができない大会となった。
このインタビューでは、男子日本代表メンバーとしては最年少ながらも、予選リーグから準決勝まで6試合全試合にエースとして起用され、また、世界卓球2018ハルムスタッドでメダル獲得を逃した唯一の当事者として今大会に臨んだ張本に、メダルを取り戻すまでの道のり、そして、中国から2得点を奪うという快挙について振り返ってもらった。
インタビュー前編では、大会前から決勝トーナメント準々決勝に勝利しメダル獲得を決めるまでについて詳しく聞いた。
いつも以上にプレッシャーは感じていた
--世界卓球2022成都は、張本選手が日本男子のエースとして臨んだ初めての世界卓球になりました。どのような心構えで臨みましたか?
張本 やはり今までよりもちょっとプレッシャーは多めに感じていました。東京オリンピックには水谷さん(水谷隼/木下グループ)がいましたし、ワールドカップ団体戦(2019年)も丹羽さん(丹羽孝希/スヴェンソンホールディングス)や真晴さん(吉村真晴/個人)とか先輩方がいましたが、今回は丹羽さんも直前で棄権となり、経験ある先輩がいない中で、いつも以上にプレッシャーは感じていました。
--丹羽選手の欠場の情報はいつ聞きましたか?
張本 丹羽さんの棄権が決まってすぐに、田㔟監督(田㔟邦史男子ナショナルチーム監督)から、僕たち選手にも伝えてもらって、「今いるメンバーで頑張るしかない」と言われました。
丹羽さんがいたとしても、自分がチームを引っ張るという気持ちは持っていましたが、きっとレギュラーで試合に出るはずだった選手なので、その選手がいないっていうのは、海外にもプレッシャーの与え方が全然違うので、そういったところで悔しい気持ちがありました。
それ以前に、シンプルに代表に選ばれた選手が出られないっていうことが非常に残念なことなので、丹羽さんの気持ちが分かるというか、本当につらかっただろうなっていうのは、僕だけではなく、他の選手も思っていたと思います。誰より本人が一番つらかったと思います。
--そういうマイナス要因もあった中で、どのようにモチベーションを高めて、どのような準備をしましたか?
張本 やっぱり、楽しむというよりも責任というか、「自分が毎回2点取るんだ」というプレッシャーをあえてかけながら、それができなきゃメダルはないという気持ちで、メンタルは厳しめに保っていました。
ただ、直前までTリーグがあったので、(世界卓球で使用される)ボールを打ったのは現地に行ってからでした。(世界卓球で使用された)卓球台は、ボールがちょっと止まりやすい台だったので、サービスが出る(2バウンドで台から出る)心配はそれほどありませんでした。調整が難しいということはありませんでしたね。
ルーマニア戦は団体戦特有の流れがあった
--それでは、試合の内容を振り返っていただきたいと思います。初戦のイラン戦はNi.アラミアンとの対戦でした。
張本 初めて対戦しましたが、YGサービス(フォアハンドの逆横回転系サービス)が本当にうまくて、チキータに入りづらくて、1ゲーム目を落として、2ゲーム目も9-10で負けていたので、そこを取られていたら本当に危なかったと思います。
ただ、そのゲームを取れたのが、よかったのか悪かったのか分からないですが、その日は「ちょっと危なかったかな」くらいの感覚で、そんなに危機感を持たずに終わってしまいました。ですが、次の試合のことを考えたら、あまりよくなかったかなというのも、今考えるとありますね。
--もっと苦戦した方がよかったということですか?
張本 そうですね。プレーがあまりよくない中で、結局勝ててしまったので、そこで「なんとかなるかな」と思ってしまったところはあったと思います。
--とはいえ、次のルーマニア戦の1番では、E.イオネスクにいい内容でストレートで勝ちましたね。
張本 そうですね。ユースの選手で多少の実力差はあったので、普段通りのプレーをして勝つことができました。2番でも戸上さん(戸上隼輔/明治大学)が本当にいい試合をしてくれて、追い込まれながらも1点取って、チームも3対0で勝てると思いましたが、及川さん(及川瑞基/木下グループ)が負けてしまって、その負けに引っ張られてはいけないと思いながらも、ルーマニアは3番のH.スッチがいい試合をして、O.イオネスクのやる気にも火がついてしまったという団体戦特有の流れがあったと思います。
だからこそ勝たなければいけない試合でしたが、O.イオネスクのフリックや、サービスの配球もほとんど完璧だったのに、そこで僕がチキータに固執して、ストップが使えなかったり、いろいろと噛み合わずに、最悪の出来で5番に回してしまったという思いはありました。
5番の戸上さんとE.イオネスクは、実力差が結構あったので、それほど不安はありませんでしたが、エースが負けるというのは、団体戦の戦い方においては、他のチームに与える影響も違ってくるので、大きな失敗をしてしまったという気持ちでした。
--ルーマニア戦後、メンタルはどのように立て直しましたか?
張本 こんな序盤で負けると思っていなかったので、気持ちの引き締めが足りなかったかもしれないと思いました。団体戦は2本出るので、そこで2本目に出る時のメンタルの作り方が不十分だったという後悔はありました。
やはり、前半で勝っている選手は後半も勝って終わりたいですし、逆に、前半で負けている選手は、なんとかリベンジしたいと思って試合に挑んできます。ルーマニア戦では、自分の勝った後の安心感と、O.イオネスクの必死さが悪い意味で噛み合って、ああいう試合になってしまったと思っています。
それで、試合が終わってすぐ、ストレッチをしている時に田㔟監督が、「明日からは集中して、取り返して」と声をかけてくれて、それが怒っている感じではなく、普段の会話みたいな感じで自分の中にスッと落とし込んでいってくれたので、自分の責任は感じながらも「監督がそう言ってくれるなら、そんなに考えすぎずに、次を取ればいい」と思うことができました。
--次の香港戦でも4番に回ってきましたが、香港戦の2試合は見事な内容でしたね。
張本 2番で対戦した林兆恒は、東京オリンピックでも対戦していて、その時は結構粘られたのですが、その時の課題や、悪かった点を把握して、試合前に準備していたので、結果もほぼ完璧だったと思います。
負けた後の試合は、自分は必死にプレーできているので、「1回負けないとダメなのか」とは思いますが、自分の中でも「いい試合ができるだろう」となんとなくは思っていました。
4番の黄鎮廷戦は、昨日の4番で負けたリベンジのつもりで、戸上さんに助けてもらった分もあったので、取り返さないといけないという気持ちがありましたし、「ここで決めないと予選グループ1位通過はない」くらいの強い気持ちでプレーしました。
黄鎮廷も強い選手ですが、比較的おとなしい卓球なので、自分が落ち着いて1つ1つ処理すれば大丈夫だと思って、冷静に試合ができました。
--予選リーグ最終戦はハンガリー戦でした。
張本 ハンガリー戦の前日に、田㔟監督が、自分で代表権を獲得した横谷さん(横谷晟/愛知工業大学)を起用すると僕たちに伝えてくれました。横谷さんは選考会で丹羽さんに勝っていますし、頑張ってほしいと思って応援しました。
横谷さんは敗れはしましたが、デビュー戦ですごくいいプレーをしてくれたので、自分も4番にいつも通りの調子で入ることができました。ただ、もし日本が負けたら、ルーマニアの結果次第では日本が3位抜けになる可能性もあったので、僕と戸上さんが前半で2点取った時点で、あとは4番に回ってきても自分が取って1位抜けを決めようという心構えでいました。
--予選グループリーグの1位通過を決めた時の心境はいかがでしたか?
張本 1位通過は最低限の目標だったので、シード通りに上がれてよかったという思いと、メダル決定までに中国に当たらなくて済むようになってよかったという思いだけですね。まずはメダルが目標だったので、中国に準決勝で当たるか、決勝で当たるかは大きな問題ではありませんでした。
メダルを取ることが、こんなに難しいことなのかと改めて感じた
--決勝トーナメントのドローを見てどのように思いましたか?
張本 準決勝まで中国には当たりませんし、ブラジルもカルデラーノには僕的には怖さを感じませんでした。怖かったのはポルトガルですね。スロベニアだったら、最悪ヨルジッチに2点取られても3点取り返せますが、ポルトガルは選手が3人そろっていて、3対0で勝つのは難しいと思っていたので、ポルトガル戦が決勝トーナメントのヤマになると思いました。
--1回戦のブラジル戦は前半で戸上選手がカルデラーノから1点を挙げました。
張本 戸上さんがカルデラーノに勝ってくれたのは大きかったですね。0対1の7-10で黄鎮廷戦の時みたいにキツい流れになるかなと思いましたが、そこからラリーで、あのラリー戦に強いカルデラーノに逆転できたのは、本当に戸上さんのいいところが発揮できた試合だったと思います。いいところが出せれば、これだけ強い選手にも勝てるんだというのを僕も間近で見ることができて、本当にすごい試合でした。
戸上さんが勝った時点で、相手のチームも意気消沈したと思いますし、0対1でジョウチと対戦する準備もしっかりしていたので、1対0で回ってきたらああいう(一方的な)試合になるかなとは思っていました。
--2回戦はヤマ場になると思っていたポルトガル戦ですね。
張本 この2試合で、戸上さんが相手チームのエースのカルデラーノとフレイタスに勝ったのは本当にすごかったし、メダル獲得の原動力の1つとして戸上さんの活躍は大きいと思います。ブラジル戦同様、1番で勝ってくれたことで、自分はジェラルド戦では気持ちも楽に入ることができました。ただ、ジェラルドも1回戦でヨルジッチ(スロベニア)に勝ってきているし、パワーもあって動ける選手ですが、自分のサービス・レシーブがよく効いたので、ストレートで勝つことができました。
3番は及川さんが惜しくも敗れましたが、僕もフレイタスと対戦する準備はしていたので、怖さはありませんでした。フレイタスは黄鎮廷同様、安定感はありますが、それほど派手なプレーはないので、しっかりプレーすることを心がけました。1ゲーム目はちょっと焦って打ちミスが多くなって落としてしまいましたが、2ゲーム目以降は自分から攻めることができたので、こういうプレーができれば勝てるという自信はありました。
--この張本選手の勝利でメダル獲得が決まりましたね。
張本 今回は丹羽さんが出られなかったので、前回メダルを逃したハルムスタッドの場を経験したのが、選手では僕だけでした。だから、田㔟監督と僕があの時の悔しさを一番覚えていたと思いますが、今回の状況でメダルを取れたことはとても意味のあることだと思いました。
自分がルーマニア戦の負けからリベンジする気持ちで戦えたことと、何より戸上さんが黄鎮廷以外、相手のエースに勝ってくれたこと、この2点が大きかったと思います。
以前の日本男子は当たり前のようにメダルを取っていたと思いますが、自分にとっては初めての団体戦のメダルなので、「メダルを取るってこんなに難しいことなんだ」と改めて感じたので、感慨深かったですね。
インタビュー後編
「中国戦の2試合は、 今までのどの試合よりも 『仕事をした』感覚が あった」
(まとめ=卓球レポート)