このインタビューでは、世界卓球2023ダーバンにどう臨み、どのように戦い、その結果をどのように受け入れ、そして、今何を思うのか。張本智和(智和企画)の今に迫る。
第3回は、引き続き、男子シングルスの準々決勝、梁靖崑(中国)戦について詳しく聞いた。
(※このインタビューは2023年6月9日に行われたものです)
爆発力はもう要らない
--先ほどの話に戻りますが、若い頃の爆発力がなくなってきて、お互いの技術の差がそのまま試合の結果に反映されてしまうということでしたが、試合の中でその差を覆すための工夫とか努力の可能性というのは何かありませんか?
張本智和(以下、張本) 勝つためには、もう爆発力は要らないと思います。
樊振東(中国)を見ても、王楚欽(中国)を見ても、勢いがすごいとかはなく、すごく順当な結果でただ勝つ試合に勝っているだけです。樊振東は王楚欽より強いし、その王楚欽より馬龍(中国)や梁靖崑(中国)は少し劣っている。その下に僕たちがいて、今回の世界卓球は全部が当たり前のように進んだ大会だと思うので、やっぱり必要なのは爆発力よりも練習ですね。
大きく言えば練習だけど、どう練習をするか、ストップの安定感が足りなければ、もっともっとストップをやるし、バックハンドが足りなければもっとバックハンドをやるし、梁靖崑より足りない5、6年分が数時間で埋められるとは思いませんが、それでも練習するしかない。
しかも、これだけ力の差があって、年が離れていて、経験の差があってもここまでいけたんだから、あともう5分練習していたら勝てたかもしれないし、あと10分、1時間、休みだった日に練習をしていたらという思いもあります。
あれだけの差があったら、普通の人なら0対4だけど、自分なら2ゲーム取れたし、3ゲーム取れたかもしれない。「自分ならできる」と思って、意味のある練習をもっとやる。質と量です。質と量のある練習をもっとやるしかないと思います。
--ここから先は練習量や経験が全部プラスになっていくというイメージですか?
張本 そうですね。今まで練習があまりできていなかった去年とか一昨年は自分の中では良くない時期だったし、その時期も普通に練習ができていたら、もしかしたら今ごろメダルが取れていたかもしれないです。
あとは、試合でしか得られないメンタルの経験ですね。9-8でミスした悔しさはたぶん引退するまで覚えていますし、あの場で負けた人にしか得られないものがあるので、その経験はあの場で積むことができたと思います。会場や動画で試合を見るだけでは得られない、そこで対戦して負けないと得られないものは、もうあそこで得ることができたので、あとはもう返済するだけじゃないですか?(笑)
この経験を19歳で得られたら、あとはもう20代は取り返すだけです。梁靖崑は僕よりも早くそれを経験したから、ブダペストから3大会メダルを取って、樊振東も4年前(世界卓球2019ブダペスト)に梁靖崑に負けてから2大会優勝できているし、失敗しないともっと上には行けませんからね。
今回も自分の中では失敗したので、あとは上に行くだけかなと思います。
梁靖崑だから、あの場面でナックルサービスを出せた
--もう少し試合の話を聞かせてください。先ほどの5ゲーム目のミスの直後ですが、9-9から張本選手が2本連続でチキータをミスしましたが、あの場面では何が起きたのでしょうか?
張本 2本ともオーバーミスでしたが、あそこで初めて梁靖崑がナックル(無回転)サービスを出したんです。そこも納得できてしまうんですよね。「そこでナックル出せるんだ⁉」っていう。隠していたのかひらめいたのかは分かりませんが、理由はどうあれ、梁靖崑はナックルサービスを出した。なので、腑(ふ)に落ちるんですよね。
他の選手も、僕にナックルを出せば勝てていたかもしれないけど、出す技術がないのか、メンタルがないのか分かりませんが、誰も出さなかった。何はともあれ、梁靖崑はそれを出した。それまで、あれだけ下回転の切れている低いサービスを出していたのに、ちょっと長いナックルサービスを出されたら、それは今の自分だったらミスするよなって振り返っても思うので、納得できるんです。
1ゲーム目の10-9でも、ロングサービスを出されて僕が普通にバックハンドドライブでバック側に返しただけなのに、それをパンって強く打たれた。「僕のゲームポイントなのにそれができるのか」っていう納得感ですね。(技術的には)同じことが荘智淵にもできるかもしれないけど、やらなかった。ボボチカもやらなかった。でも梁靖崑はやった。
ナックルサービスを急に出されても、僕に対応する技術があれば、勝てていたかもしれない。でも、あの時点での僕にはできなかった。だから、サービスを変える勇気があった彼が1枚上手だったんだと思います。
でも、次同じような場面で急にサービスを相手が変えてきても準備ができるかもしれない。そこは、練習して養えるものではないですね。ナックルサービスに対するチキータ練習は、もちろん普段からしていますが、あの場面まで1球も出されていなかったからこそ、ミスしてしまった。そこは技術面の問題ではないですね。相手の判断が良かったんだと思います。
--サービスを変えられたことは分かりませんでしたか?
張本 1球目はあまり分かりませんでした。フォームも下回転と似ていて、軌道もあまり変わらなかったので、打ってみたら、めっちゃ飛んじゃったという感じでした。
ただ、2球目のナックルもなんとなく想像していましたが、まだ1球しかナックルサービスを受けていなかったので、2球目で抑えるのは難しかったですね。2球目はストップが正解だったかなとも思いますが、ストップをしていたらしていたで、また別の課題があったはずなので、難しいですね。
--梁靖崑があの場面でサービスを変えるというのは彼にとってもリスクのあることだったと思いますか?
張本 絶対そうですね。下回転を出した方が、次の待ち方も分かっているし、もしかしたら、僕がナックルに対してめちゃくちゃ速いチキータをするかもしれない。でも、僕はそれをできない、してこないと読んだ結果、一番得点できる確率が高いのがナックルだったんだと思います。
それまで2対2の9-9で、完全に互角だったので、普通の下回転だったら、50:50(フィフティー・フィフティー)。7-9から追いついたとは言え、彼も焦っていたと思うので、なんでナックルを出したのか聞いてみたいですね。絶対教えてくれないでしょうし、もしかしたら、何も考えずに出したかもしれない。あの場面でナックルサービスを出したという事実だけが残るので、そこを自分がどう考えるのか、たまたまと考えるのか、どんな理由があったかを分析するのか、そこはまた深いところだと思います。
ロングサービスくらい出さないと、この山は動かない
--張本選手はかなり積極的にロングサービスを使っていましたね。
張本 WTTスターコンテンダー バンコクでアントン(ケルベリ/スウェーデン)が梁靖崑に勝った時の動画を見ると、全部ロングサービスを出して、回り込んでいて、自分はそういう戦術は取りませんが、ロングサービスは参考にできると思いました。
あと、梁靖崑は自分から回り込んで強打とか、バックハンドで強打というパターンはなくて、全部まずしっかり台に入れてからラリーにするタイプなので、チキータをされるくらいならロングサービスを打たせた方がいいと思いました。試合前は、なんとなく、いつもよりも(1ゲームで)1、2球増やす程度の考えでしたが、ラブオールで僕がサービスを出す時に、梁靖崑の体格も威圧感もすごく大きく感じて、「これはもうロングサービスくらい出さないと、この山は動かない、この岩は動かない」と感じたので、とっさにロングサービスにしました。
また、いつも通りフォア前から初めて、しっかりストップされたり、チキータされたりしてまた同じ負けになってしまうと思ったので、一気にプランを変えましたね。負けはしましたが、あれはいい戦術だったし、思い切ってロングサービス主体に変えたから1ゲーム目は10-8までリードできたんだと思います。唯一悔やまれるのはあれだけ戦術を変えたのに、1ゲーム目を取れなかったのは敗因の一つです。相手がびっくりしているうちに、2対0くらいにできればよかったですね。戦術を変えたのは正解だったし、変えたからこそあそこまでいけたけど、もう一歩でした。
そういう要素が、下剋上するためには一つあると思います。ロングサービスをたくさん出すみたいに、普段しない要素がもう1つ2つあったら勝てたかもしれないですね。
--その場のインスピレーションで戦術を変えたのですね?
張本 調子がいい時はそういうことができます。馬龍に勝てた時も同じような感覚がありましたね。これだけ攻めている自分っていうのは中国戦だけです。梁靖崑戦は出足でロングサービスで2本取って、「これはある!」と思ったので、入りはすごく良かったです。
ただ、その分レシーブで取れていませんでした。「2本取って、2本取られて」が続いていたので、レシーブで1本でも取っていれば11-7で取れていたのにとは思います。
--結局、3種目で中国の壁を越えられなかったという結果についてはどのように捉えていますか?
張本 やっぱり、一番最初に出てくる気持ちは「悔しい」ですね。目標の3種目のメダルも達成できなかったし、金メダルも1個も取れなかったのは悔しいという思いが半分以上です。半分以上が悔しいですけど、中国だけにしか負けなかった大会も自分の中ではあまりないので、こういう結果を残すことができれば、次は打倒中国と胸を張って言えます。これまでは韓国に負けちゃったとか、ドイツに負けちゃったとかはあるので、次は中国に向かってやれると思います。
今までは、安宰賢(韓国)に負けた後に「打倒中国」って言うのもなあ、と思ったり、そう言うことが本当にふさわしいのかなと思っていました。最近は自分の実力と結果、目標が本当に同じラインにある気がするので、今はすごく心技体が整って次に向かっていけるという感じがしています。充実もあり、悔しさもあり、すごく濃い大会だったと思います。
(まとめ=卓球レポート)