待ちに待った6年ぶりの優勝、そう思う余裕もなかったのだろう。
フォアハンド強打を受けた戸上隼輔(明治大)のブロックがオーバーし、最終ゲーム16-14で全日本王者の座に返り咲いた瞬間、張本智和(智和企画)はしばしぼうぜんと立ち尽くし、それから、崩れ落ちるようにして両膝をフロアに着いた。
球史に残る名勝負。会場であれ、画面越しであれ、あの瞬間に立ち会った者なら、その言葉が少しも大げさでないことに賛同してくれるだろう。
それから数日後、張本はあの熱狂の渦中にいたのがうそのような自然なたたずまいで、卓球レポートの取材に応じてくれた。私たちは、静かに、居住まいを正してチャンピオンの言葉に耳を傾けた。
インタビュー第3回は、男子シングルス決勝の終盤、8本のチャンピオンシップポイントをしのいだ裏側に迫った。
「結局自分のメンタルに勝てるかどうか」
--6ゲーム目はシーソーゲームで、8-9からいいカウンターが決まって9-9になりましたが、戸上選手にチャンピオンシップポイントを取られました。その時の心境は?
張本 去年、マッチポイントを取られた時は6-10だったので、「ここから4点は取れないでしょう」という思いがありましたが、今回は9-10だったので、1点取れば同点だし、3点取ればこのゲームが取れるし、それほど不安はありませんでした。
その前の8-9の時に僕のカウンターが決まりましたが、その時、戸上選手がちょっと下がっていたので、ちょっと勝ちを意識していたんだと思います。戸上さんは3、4ゲーム目はめっちゃ前陣にいましたが、9-10の時はちょっと距離を取って安全に行きたいっていうプレーでしたね。だから、今まで決まらなかった僕のカウンターが決まった。
そこはやっぱり、勝ちそうになった人間の心理じゃないでしょうか。僕が先週WTTでボル(ドイツ)に負けた時も、8-3で明らかに入れに行ってしまって逆転された。結局、自分のメンタルに勝てるかどうかなんですよ。自分もそういう負け方をたくさんしてきたからこそ、9-10でもそれほど怖くなかったんだと思います。
--勝ちが見えてきた選手が台から下がるというのはどういう心理ですか?
張本 ミスしたくない、とりあえず台に入れたい、相手にミスしてほしいという心理ですね。少なくとも、僕の場合はそうです。
前でプレーしてリードしているのに、下がっちゃったら、それは追い付かれるよねって分かってはいるんだけど、「相手はリードされて焦っているんだから1本くらい凡ミスしてくれるでしょう」って思ってしまうんですね。
でも、このレベルになると、ボルもそうだし、僕もそうだけど、そういう場面で凡ミスはしないですよね。1回戦、2回戦だったら、ツッツいてブロックしておけばミスしてくれるかもしれないけど、世界のトップ10、トップ20の人はミスはしないですね。
終わってからこの試合の動画を見返しましたが、マッチポイントの時の戸上さんは少し雑でしたね。それまでは完璧に動けていたのが、ちょっと回り込みが遅れていたり、バックハンドもどこに打ちたいのか定まってなさそうだったり、やっぱりプレッシャーでしょうね。
僕もボルの試合でそうだったので、鮮明に覚えていますが、リードした者の方がいろいろな考えがちらついてしまう。負けている方は、「もうやるしかない!」と思えますが、勝っている方がいろいろちらついてしまうのは仕方がないし、これは全卓球選手の永遠の課題だと思います。
--そのあと、11-12でチャンピオンシップポイントを取られている状態で、戸上選手のフォア側に鮮やかなチキータでエースを決めましたね。
張本 その前に9-10と10-11で2本チャンピオンシップポイントをしのいだ時は、僕はレシーブでバックミドルにチキータしていて、いつもの戸上さんだったら10-11で回り込んでいたと思うんですよ。でも、2本連続で回り込まなかった。
それで、さすがに次は回り込んでくるなと思って、(11-12で)フォア側にチキータしたんですけど、戸上さんは僕が打つ前から回り込んでいたので、ミスしないようにゆっくり入れました。
10-11で回り込まれていたら、たぶん僕は負けていたでしょうね。
--12-12でストップ対ストップから戸上選手のミドルを突いたツッツキが見事でしたね。戸上選手はバックハンドドライブをネットにかけました。
張本 ストップするにはちょっとタイミングが遅くなってしまったので、ツッツキにしました。浮いたらチキータされるのは分かっていたので、ドライブミスしてくれたらラッキーだし、打ってきたらそこからラリーにするつもりだったので、「これで決まれ」と思って打ったわけではなくて、ストップでもフリックでもなくツッツキしかなかったですね。
それまでのラリーはずっと上回転から始まっていたので、いきなり下回転のボールは難しかったと思います。
--そして、13-12で、張本選手のチキータレシーブからフォアの打ち合いを制して、久々のハリバウアー。
張本 あれ以上やったら腰がいっちゃてましたね(笑)
13-13になって、「きたきた、追い付いちゃったよ!」と思いました。1対3って離れているように見えても、1ゲーム取ったら2対3で、もう1ゲーム取ったら追い付きますから、それほど離されているという気はしません。
逆に、勝っているときの3対1は余裕がなくて、僕も篠塚に3対1の10-10の時に「これ取られたら3対2じゃん」っていう怖さがありました。同じ怖さが戸上さんにもあったと思うので、ちょっと動きが硬くなっていたと感じました。13-12のラリーも、戸上さんのボールがいつもより少しだけ遅かったから、僕が強く行けただけで、いつもの戸上さんだったら僕が押されていたでしょうね。あの遅れも、12-12の下回転打ちのミスから来ているのかなと思いました。
「最終ゲームの8-10はさすがに終わったと思った」
--運命の第7ゲームもギリギリの攻防でした。
張本 最初の1本で3球目がエッジで入って、申し訳ないですけど「来た!」と思いました。次も戸上さんがドライブを簡単にミスして2-0になりましたが、今度は僕が勝ちを意識してしまって、ラリーでちょっと入れにいってしまって、あの1点が取れていればもっと楽に勝てていたと思います。そこはさすが戸上さんで、トップ20くらいの選手になると、どれだけ流れが悪くてもあの程度のボールはミスしないですね。で、やっぱり追い付かれて。
5-4でチェンジエンドで、7-5で2点離して、そこから一気に行きたかったんですけど、ちょっと緩いチキータをミドルに打ったのが一撃で狙われました。僕のプレーは変わっていなかったつもりですが、向こうが逆転されたことでちょっと吹っ切れたのかもしれません。この日の試合はお互いにリードされた方が冷静で、リードしている方が置きにいっていました。リードした瞬間おかしくなって、リードされた瞬間肩の力が抜けて、その繰り返しでしたね。
その後、8-10はさすがに「終わった」と思いましたね。さっきまでは7-5でリードしていたのに、とちょっと後悔がありました。
--8-10からのラリーで、戸上選手のフォアクロスをブロックできたのはこの試合のポイントになったのではないでしょうか。
張本 それまではビタビタに止まっていた戸上さんのストップが浮いて、僕がチキータに行ったんですよ。ストップが浮いてなかったら、僕がダブルストップして、出たボールを相手がドライブして、詰まったところを決められていたと思います。あれは結構ポイントでしたね。チキータの次のボールを僕が回り込みましたが、普段あまり回り込みをしない僕が回り込んだということは相当時間があったということだと思うので。戸上さんが勝ちを意識して下がっていたんだと思います。
あの戸上さんのフォアクロスが取れたのも、体重を落として動けるようになったからというのはあると思いますね。回り込んだ後も、自然と戸上さんだったら入ってくると思って、体が動いていました。
9-10のときは6ゲーム目の9-10の時と同じで、あと1点取ればいい、この1球をとればチャラという感覚でした。
--ロングサービスからバック対バックで耐えて、戸上選手がミスで10-10に追い付きました。
張本 僕も硬かったからあんまり振れていなかったんですよ。それでゆるくなったボールを戸上さんがミスしてくれました。2対3の9-10もそうでしたが、僕のボールがちょっと緩いんですよ。いつもの戸上さんなら一撃で決めていたボールだと思いますが、競った場面ではそれが緩急になって効いたんだと思います。いつもだったら甘いだけのボールが、ちょっと思っていたより来るのが遅くてミスしてくれました。
こういう逆転のときって自分の力だけじゃなくて、相手が勝ちを意識したから逆転できたというところがありますね。林高遠に逆転した時(2022年7月WTTチャンピオンズ)も、自分がどうこうで逆転できる点差ではありませんでしたから。
「プレーじゃない。雰囲気だと思い会場をあおった」
--戸上選手のバックハンドエッジインで11-10に続いて、バック対バックのラリーから、張本選手が一撃で決めて、指さしガッツポーズしていましたが、あれは誰に向けてのものだったのですか?
張本 観客席の僕の右手のところに、青いセーターかパーカーを着ている20代くらいの男の人がいて、めっちゃ目立っていたんですよ。その人が僕に向かって立ち上がりかけて応援してくれていたんですよ。その人が気になっていて、その人を指さしてガッツポーズしたら、向こうも「おお、こっち見てくれたよ!おー!」みたいな感じで応えてくれて、そこからちょっと集中しましたね。
ちょうどフォアサイドで得点が続いて、「マッチポイント取られて、追い付いたらその人に向けてガッツポーズ」というのを2、3回くらい繰り返して、試合終わったら何かあげたいと思っていたんですが、久しぶりの優勝でゼッケンもウイニングボールも僕がほしかったので(笑)、何かあげられる物ないかなと考えていたら帰ってしまっていました。あの青い人、探してほしいですね。
--12-13から戸上選手の強烈なフォアクロスへのチキータをカウンターして13-13の時に両手を挙げて会場をあおっていましたね。
張本 ずっとマッチポイント取られていて、プレーはもうやること変わらないから、「プレーじゃない。雰囲気だ!」と思ってやりましたけど、「見て気づいたら盛り上がって」みたいな控えめにやったつもりでしたが、意外に会場が「おお〜!」という感じで盛り上がりましたね。そろそろ1回こっちにもマッチポイントがほしいなと思ってやりました。
--チキータからのバックハンドで念願のマッチポイントを取りました。
張本 戸上さんが珍しく凡ミスしましたね。無理な体勢からミドルを狙って、「あ、簡単にミスしてくれた。盛り上げて良かった」と思いました。
こういう時って、1回のマッチポイントで決めるのが普通というか、耐えて耐えて耐え抜いた方が一発で決めるものじゃないですか。だから、「何しても決まるでしょ」と思っていたら、決まらなくて、「わーヤバい、俺も戸上さんみたいな何回も決まらないゾーンに入っちゃうわ」と思いましたね。決まるときは決まるけど、決まらないときは何をしても決まらないので。
--14-14で戸上選手のサービスを張本選手がツッツキで返して、戸上選手がバックハンドドライブをネットにかけて15-14になりました。
張本 戸上さんのサービスがめっちゃ切れてたんですよ。たぶん、チキータされたくなかったから切ったんでしょうね。チキータしたら絶対に入らない、入ってもすごい高くなってしまうからと思ってのツッツキでした。それでミスさせようとかではなく、ツッツキしかなかったですね。
それで回転も残ってめっちゃ切れて返ったのを戸上さんが一撃で行こうとしてミスしてくれました。あれは一撃じゃなくてループドライブだったら、僕の手が硬くなっていたので、オーバーミスしていたでしょうね。でも、あそこでループドライブしないで、一撃で狙うのが戸上さんの良さだし、その姿勢が僕にとってずっとプレッシャーでした。
--2度目のチャンピオンシップポイントを握った時の心境は?
張本 根拠も何もないけどなんか決まりそうだなと思っていました。決めたくて緊張しているわけでもなく、とりあえず次のプレーをしようというだけでしたね。
あの時の戸上さんのフリックはめっちゃスローに見えました。実際にちょっとゆっくりのボールで、カウンターしようと思っていたので、「ここで、決ーまーれ!」と思って強く打ったので、あの場面はよく覚えています。
--それで、戸上選手のブロックがオーバーして、ようやく勝負が決まりました。ぼうぜんとしていましたね。
張本 僕がリードしていた時間が最終ゲームの7-5とマッチポイントの2本しかなかったので、勝った気はしなかったですね。あとで動画を見返したら自分が「終わった」みたいなことをつぶやいていて、ああ、そんなこと言っていたんだと思いました。長かったなと。
「勝った」よりも「終わった」という感じでしたね。勝ち負けじゃなくて、「試合が終わった」という感覚ですね。しばらくして「あ、チャンピオンになった」って気づきました。
本当に僕がリードしていた時間は何秒間しかなかったという感覚でしたね。相手の方が99%リードしていたので、優勝パフォーマンスを考えるどころではなかったですね。
(最終回に続く)
(取材=卓球レポート、文=佐藤孝弘)