待ちに待った6年ぶりの優勝、そう思う余裕もなかったのだろう。
フォアハンド強打を受けた戸上隼輔(明治大)のブロックがオーバーし、最終ゲーム16-14で全日本王者の座に返り咲いた瞬間、張本智和(智和企画)はしばしぼうぜんと立ち尽くし、それから、崩れ落ちるようにして両膝をフロアに着いた。
球史に残る名勝負。会場であれ、画面越しであれ、あの瞬間に立ち会った者なら、その言葉が少しも大げさでないことに賛同してくれるだろう。
それから数日後、張本はあの熱狂の渦中にいたのがうそのような自然なたたずまいで、卓球レポートの取材に応じてくれた。私たちは、静かに、居住まいを正してチャンピオンの言葉に耳を傾けた。
インタビュー第2回は、男子シングルス決勝の様子を詳しく聞いた。
「いきなり流れをつかまれてしまった」
--それでは、決勝の内容について詳しくお聞きしたいと思います。戸上選手にはどのような戦術で臨みましたか?張本 カタールではチキータがすごく効いたので、レシーブはチキータを多めで行こうと思っていました。サービスは何を出してもチキータが来るので、チキータをされるのはしようがないとして、できるだけチキータの威力を出させないように、ラリーにうまくつなげられるようにする。サービス・レシーブはそんなところですね。
でも、出足でいきなり0-6になり、全然通用しなかったので、レシーブでストップを入れたり、サービスも投げ上げでタイミングを変えたり、ロングサービスを入れたり、すぐに戦術を変えました。
--いきなり0-6と離されてどのような心境でしたか?
張本 いきなり流れをつかまれてしまったと思いました。基本的にはこの流れが1対3まで続いていたので、「やっぱり戸上」という流れを作ってしまったのは良くなかったですね。第1ゲームを取られるにしても、ああいう始まり方は良くなかったと思います。
--それでも、8-11と追い上げた中で手応えはありましたか?
張本 戸上さんのあの勢いは出足だけだろうと思いながら、実際点数も取れたので、2ゲーム目以降にそれほど影響はなかったです。
でも、ちょっとはショックを引きずったかな。0-6という展開もなかなか最近はなかったので。「今日は、前回のカタールの時よりも強いな」と思いました。
それに、戸上さんは準決勝で真晴さん(吉村真晴/TEAM MAHARU)とあの試合をしてきていたので。負けかけた選手は失うものがなく思い切りプレーできるので、準決勝の勝ち上がり方の違いという点でも、戸上さんの方が決勝はやりやすかったのかなと思います。
「できることはただ粘るだけ。気づいたら1対3だった」
--2ゲーム目はレシーブでチキータを控えて、ストップからの展開で点数を積み重ねていったように見えましたが、実際はどうでしたか?
張本 そうですね。チキータに対しても全部一撃で決められていたので、ストップから下回転を入れた方が勢いも止まるかなと思って、それがうまくはまりましたね。
--続くゲームも、張本選手はサービス・レシーブを工夫したり、強打に対してもカウンターをしたりしていたと思いますが、それでも2ゲーム連取されてしまいました。
張本 僕たちの試合はいつもラリーで勝ってる方が勝つのですが、今回はラリーで後手でした。カタールの時はミドルを攻めたのが全部効きましたが、今回はミドルをフォアで回り込まれて一撃で打たれたので、ちゃんと対策されているなと感じました。ミドルを攻めても点が取れない中で、あまり新しい戦術が思いつきませんでした。
バック対バックはあまり自信がなかったし、フォアもミスが怖くて行けなくて、とりあえず、粘りながらミドルを突くしかない。それで気づいたら1対3でした。
--ベンチでは董コーチとどのような話をしたのですか?
張本 ただ粘るだけですね。ここから新しい戦術もないし、持っているならとっくに出しているし......。相手もちょっと勝ちを意識すると思うから、なんとしても1球多く取る、1球でも多く粘り切る。それだけでしたね。
--あれだけのラリーをしながらも、冷静さは保てていましたか?
張本 去年も1対3で負けていて、「ああ、ヤバい」と焦っていましたが、今年は「ああ、負けるかぁ」という感じで「これだけ相手が強ければ負けてもしゃあない」という気持ちが半分くらいあったのが逆によかったかもしれないです。あそこで真面目に対応しようとしていたら1対4で負けていたかもしれないです。
だから、どこに打てば勝てるとかではなく、1球でも多く返す、攻める、それしかなかったですね。
--同じ1対3でも去年の全日本とは気持ち的にも違ったということですが、表情とか雰囲気にもそれが表れていたと思います。理由はなんだと思いますか?
張本 ちゃんと戸上さんが強いという覚悟を持てたからだと思います。戸上さんが一昨年優勝した時は、僕は戸上さんには負けていなかったので、ちょっとまだ認めていない中での決勝でしたね。「まだ俺に勝って優勝していないだろ」って。
でも、去年決勝で負けて、選考会でも負けて、本当に互角なんだって受け入れられたからこそ、1対3で負けているという状況を信じられないとは思えなくて、受け入れられました。だから、前回は勝ってるけど、今回は1対4でもおかしくないし、1対3の時は今回は戸上さんの番だったんだなと思っていましたね。
そこは、戸上さんが昨年の1年間、海外でもたくさん強い選手にかっていたからこそ、僕も多少の諦めがついていたんだと思います。
「戸上さんは強い。でも、何のために7ゲームあるのか」
--諦めているようには見えませんでしたが、実際は諦めかけていたのですか?
張本 試合前はめっちゃ勝ちたかったですけど、やっていて、「これじゃ勝つ理由がない」と思いましたね。ラリーでは負けているし、サービス・レシーブも勝てているわけではないし、負けたくはないけど、「じゃあどこで勝ててるの?」と考えたら「確かに今日は勝ってるところがないな」という感じだったので、僕が勝つためには1点でも多く取って、気がついたらゲームを取ってて、逆転するしかないと思っていました。
諦めてはいませんでしたが、「戸上さん、強いなあ」と思いながら......。
--現状をただただ素直に受け入れているという感じでしょうか?
張本 無茶振りして攻めまくってもどうせ入らないし、新しいサービスが効きまくるわけでもないし、やることは別に変わらない。
でも、なんのために7ゲームあるのか。7ゲームあるということは、まだ決まっていないわけで、最後の1ゲームを相手に取らせないための7ゲームなんだろうな、と考えてはいましたね。
だからといって、ここから逆転できるというよりも、ただただプレーするだけだなとは思いました。
--5ゲーム目はリードしましたね。プレーを振り返っていかがですか?
張本 正直、なんで10-5になったのか分からなくて、本当によく覚えてないんですよ。相手のミスがちょっと増えたなと思ったくらいで。ちょっと戸上さんが勝ちを意識したのもありながら、ちょっと僕が力抜けたのもありながら、それでも10-9になった時は、「ああ、これは追い付かれたら終わりだな」と思ったので、タイムアウトを取りました。
--ベンチではどのような話をしましたか?
張本 ここがすごく大事で、フォア前に縦(縦回転サービス)か、バック前に縦。縦回転の短いサービスというのは確定していたんですよ。でも、バック前はチキータが来たら怖いから、とりあえずフォア前に出して、チキータが来たら両ハンドで待つか。
それで、結局フォア側にロングサービスを出したんですよ。篠塚(篠塚大登/愛知工業大)の時も9-10でフォアにロングサービスを出したんですが、勝つ時ってそういうひらめきが必要で、タイムアウトが終わった時に、最後、董さんに「やっぱり、何を出すか分からないです」って言って台に戻りました。
その時は、「フォア前はなんか違うんだよなぁ」と思って「たぶん裏切るよ」というつもりで言いました。
いつもの戸上さんだったら、ロングサービスに対してバランスよく回り込んで一撃とかもありましたが、あの日は、チキータが100%だったのでロングサービスは1球も回り込まれていませんでした。カタールでストップして負けたからか分かりませんが、今回は全部チキータで来ていたので、ロングサービスを出しました。それもフォア側ですね。結果的にあの判断は正解でした。
あそこで追い付かれたら絶対に負けていましたね。
(第3回に続く)
(取材=卓球レポート、文=佐藤孝弘)